日本とASEANが「脱炭素」で連携するメリット エネルギー面での知られざる補完関係とは…?

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脱炭素に舵を切るASEAN。日本との知られざる補完関係とは(写真イメージはシンガポール)
サステイナブルな社会づくりへの機運が高まる中、脱炭素化を取り巻く世界の情勢は「笛吹けど踊らぬ」様相を呈している。グローバルサウスの台頭やロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー市場の混乱などのあおりを受け、脱炭素化に向けた動きは必ずしも順調とはいえない。そこで注目されているのが、日本の直接投資額が対中国の約2倍を誇る、ASEAN(東南アジア諸国連合)との連携だ。脱炭素文脈での連携がもたらす、日本とASEANのWin-Winの関係性とは?
※日本銀行「国際収支関連統計」

先進国と新興国の利害対立が脱炭素の新たな障壁に

2023年7月、世界気象機関(WMO)は「今後5年で世界の平均気温は、観測史上最高を更新する可能性が極めて高い」と発表した。これを受けて国連は、「地球温暖化の時代は終わり、地球が沸騰する時代がきた」と強調し、熱波や洪水など「異常気象がニューノーマルになっている」と警告した。

地球温暖化による危機が顕在化している今、世界規模で脱炭素化への関心はますます高まっている。太陽光発電や風力発電などグリーンエネルギーは進展の一途をたどっているが、発電コストや安定的な発電量の確保など乗り越えるべき課題は少なくない。さらに懸念するべきは、CO2排出のルール設定などで、国際的な合意形成を行う難度が以前にも増して上がっていることだ。

「2022年にエジプトで開催された気候変動対策の国連の会議『COP27』では、具体的な計画をめぐり、新興国にもCO2削減強化を求める先進国と、削減強化に必要な資金支援を強調する新興国の対立の構図が鮮明になりました。これまで温室効果ガス排出量の大部分を占めていた先進国側に対して、新興国側は補償を要求するなど、国際的な合意形成の難しさが改めて浮き彫りになったのです」(MRI研究員)

新興国にCO2削減強化を求める先進国と削減強化に必要な資金支援を強調する新興国

揺れ動く国際秩序の中、長期的に取り組むべき温暖化対策とは別に、足元ではロシアのウクライナ侵攻でエネルギーリスクへの懸念が増している。2022年には、ロシアからの天然ガスの供給量減少を受けて、「脱炭素の優等生」として知られたドイツが石炭火力発電の稼働を増やすなど、厳しい局面を迎えた。グリーンエネルギー戦略の本格化に動き出した日本としても、経済安全保障の観点から留意すべきことは多い。

「現在、日本で使われる電力の約70%は、石炭・石油・天然ガスなど化石燃料に由来する火力発電で占められています。脱炭素化は、この割合を大きく変えていくことになるので、エネルギー供給構造も当然ながら変わります。従来のエネルギー安全保障は、海上交易路の防衛や化石燃料の調達先の安定的な確保が大きな焦点でした。一方、再生可能エネルギーは素材や部品製造など、幅広い原料が必要になることから、より広範なエネルギー・経済安全保障の枠組みを検討しなければなりません」(同)

日本はASEANへの投資リターンで潤っている?

日本がより広範なエネルギー・経済安全保障の枠組みを検討するうえで、いくつかの有効な打ち手は存在する。その1つが、世界全体の排出の大きな部分を占めるASEANとの連携だ。

ASEANへの直接投資を加速させ、そこからリターンを得ている日本

近年、日本の経常収支黒字の主因は貿易収支から、海外投資で得た利子・配当を含む収支へと変化している。とくにASEANへの直接投資は加速しており、足元の投資残高はなんと対中国の約2倍だ。

「日本は自動車や家電製品など、ものづくりの中間加工貿易で外貨を稼いでいるイメージが強いですが、昨今の対外収支統計を見てみると、投資リターンからより多く稼いでおり、『貿易立国から投資立国』へと変化してきていることが読み取れます」(同)

ただ、投資してリターンを得るだけでは、日本よりも資金力のある国に取って代わられてしまう。そこで注目されているのが、脱炭素化技術など、日本ならではの強みを併せて提供していくアプローチだ。経済成長が著しく、中長期的に温室効果ガス排出量が増加傾向にあるASEANの脱炭素移行に対して、日本は現実的な解決策を提供できる可能性がある。

「ASEANはエネルギーに占める石炭火力の比率が高く、比較的新しい火力発電設備を持つ国が多いです。再エネ導入のポテンシャルは大きいものの、火力発電設備は一度建てたら40〜50年は使えるため、10〜20年で取り壊して再エネに投資するという選択肢はファイナンス的に取りづらい。日本は石炭火力をアンモニアに移行するなど、既存の設備を使いながら徐々に脱炭素化する技術に着目し、開発を進めています。そうしたエネルギーソリューションを適用することで、ASEAN諸国にも取り組みやすい脱炭素化を推進できると考えています」(同)

火力発電設備を使いつつも徐々に脱炭素化を進める日本の技術で、ASEANの脱炭素化に貢献

また、ASEANには日本と共通した課題を持つ国が少なくない。例えば、インドネシアは石炭の依存度の高さ、国土面積の狭さ、人口密度の高さなどの点で、日本によく似ている。

「国土面積の狭さというところで言いますと、日本発の技術であるペロブスカイト太陽電池(PSC)には、従来型の太陽光電池のようにパネル型にする必要がなく、場所を問わず置けるという利点があります。屋外だけでなく屋内に置いて、窓ガラスを通して入ってくる光からも発電できるため、太陽光パネルを置くスペースに悩む国に、こうしたソリューションを提供することも、脱炭素化に貢献する一つの道ではないでしょうか」(同)

こうした結び付きは、単にASEANの脱炭素化を推進するだけにとどまらない。冒頭にあった、日本のエネルギー・経済安全保障や、エネルギーコストの最適化にも大きなメリットをもたらす。

「例えば、太陽光や風力発電などの再エネでつくったグリーン水素は、コストが高いため国内では大量生産が困難です。海外で生産した水素を安価に輸入する選択肢も考える必要があります。その際に、地理的な近さをはじめ、すでに経済的な結び付きが確立されていることなどを踏まえると、ASEANの脱炭素化に投資することのメリットは大きいでしょう」(同)

太陽光・風力発電領域の投資も、国内では生産コストが高くつく日本にメリットをもたらす

ASEANとの連携強化で、日本に足りない視点

ここまで、日本とASEANが連携する意義やメリットについて考察してきたが、脱炭素化のためのエネルギー転換を構想するために、両者は共にどのようなビジョンを描くことが望ましいのだろうか。それを構想するには、まずASEANの課題を理解しなければならない。

「ASEANは未電化地域も抱えており、増加するエネルギー需要に対応する安価・安定的なエネルギー供給が喫緊の課題です。脱炭素化だけに投資を振り向ける余裕は限られています。一方で、いつかは取り組まなければならない問題であることに変わりはなく、脱炭素化の対応の遅れは、将来的なリスクにつながってしまいます。足元の課題は重要ですが、長期的なビジョンの共有が重要です。ビジョンを描くには理想論や啓蒙主義ではなく、目線を合わせて共創するパートナーシップの強化が望ましいでしょう」(同)

具体的には、現実的な貿易上のリスク低減や、住民の暮らしの向上などを目標にするなど、その国固有のエネルギー供給構造を踏まえたうえでの脱炭素化の提案が必要になる。

「欧州もASEANに対しての投資を進めていますが、政府に対しての脱炭素化業務の支援や人材育成に注力している印象があります。最終的な狙いは脱炭素化ソリューションのマーケットを取っていくところにありつつも、その土台となる部分からアプローチしているのです。日本も、脱炭素分野でどういう政策があるべきかなど、さらにハイレイヤーでコミットできると、ASEANとよりよい関係性を築いていけるのではないでしょうか」(同)

脱炭素分野でどういう政策があるべきかなど、さらにハイレイヤーでコミットしていくことが期待される

産業活動の血脈とも表現されるエネルギーの戦略転換は、産業競争力や経済安全保障にも波及する。日本がその難題を乗り越えるには、ASEANへの投資や連携が1つの有効な策になることは間違いない。対等なパートナーとして相互にメリットのある補完関係を構築し、ASEANの多様性や個別性を細かく理解したうえで、共に発展する道筋を描くことが求められている。

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