三菱電機が約15万人で「パーパス」に取り組む理由 約15万人の「自己実現」で組織風土改革を推進

個々の志を見つめれば会社のパーパスと重なる
パーパスは、英語で「目的」「目標」の意味。ビジネスシーンでは「存在意義」と訳されることも多いが、かみ砕けば「こうありたい」という志を言語化したものといえる。
現在、市場では環境への配慮や人への投資など、非財務情報の開示が進んでいるが、こうした動きも、売り上げや利益といった財務的な数字だけでなく「こうありたい」という志(=パーパス)も企業の重要な評価軸となってきていることを示している。
しかし、これを従業員一人ひとりが自分ごととして理解するのは決して簡単ではないだろう。三菱電機でパーパスプロジェクトを推進する椎野友広氏も、「実はパーパスと言われてもピンとこなかった」と明かす。その思いが変わったきっかけは、社長の漆間啓氏が、「マイパーパス」を社内に公開したことだった。

「トップの熱い思いに触発され、私自身も、自分の『ありたい志』を言葉にしてアウトプットしてみました。すると、従来は漠然と頑張ろうと思っていたのが、取り組むべきことが明確となり、迷うことが少なくなりました。日々の業務にあたる姿勢にも、一本芯が通ったように感じます」
そう「マイパーパス」の効果を語る椎野氏は、会社のパーパスもより身近に感じられるようになったと話す。
「三菱電機グループは、『たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献します』を企業理念、会社のパーパスに掲げています。これまでほとんど意識してこなかったのですが、マイパーパスを明確にすることで、会社のパーパスとの重なりや結び付きがあることに、改めて気づくことができました」

社長がまず「マイパーパス」を公開した効果は
とはいえ、三菱電機グループの従業員数は、グローバルで約15万人にも上る。「一人ひとり」と言葉にするのは簡単だが、全員にパーパスへの理解を促し、内発的な「マイパーパス」の策定を進めていくのは容易ではない。
困難な道をあえて歩むのは、2021年6月に発覚した一連の品質不適切行為問題への反省の深さを示している。再発防止を含む信頼回復に向け、品質風土、組織風土、ガバナンスの「3つの改革」を断行。とりわけ組織風土改革では、最優先課題として「上にものが言える風土」「失敗を許容する風土」「共に課題を解決する風土」の醸成を掲げている。パーパスプロジェクトは、組織風土改革に向けた具体的な取り組みの1つだ。
「もともと当社には、職人気質でコツコツと日々の業務に取り組む人が多く、技能の習得・共有に際しては『背中を見て学ぶ』スタイルがありました。一方で、私が参画している変革プロジェクトで行ったヒアリングや分析では、そのことが意見の言いづらさや失敗の明かしにくさにつながっていたのではという気づきもありました。そこで三菱電機で働く一人ひとりがオープンマインドで、働き方に対する考えや大切にしている思いを共有していくことにしたのです」(椎野氏)
2023年2月から約半年間で、漆間社長をはじめとする執行役や上席執行役員、所長、リーダー層を含む150名超(編注:本取材は2023年8月末に実施)が、マイパーパスをグループのインナー向け情報発信サイトに掲載。徐々に従業員の反応も変わってきているという。
「品質不適切行為問題が発覚した当初は、社内の雰囲気は重く、『どうせ組織風土など変わらない』といった後ろ向きの意見もありました。しかし、全社変革プロジェクトグループによる組織風土改革の取り組みをはじめさまざまな改革が社内で広がる中、マイパーパスについて語る経営陣の動画を見て、『強い決意表明を見たことで、自分も頑張ろうと思った』『経営陣の本気度が伝わった』などといった意見も増えています」(椎野氏)
TVCMで「コツコツ ワクワク」と訴える意味
こうした取り組みをさらに加速するため、2023年9月17日からは全国でTVコマーシャル「Our Purpose」篇の放映を開始した。「たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献します」という三菱電機グループのパーパス実現に取り組む姿勢を親しみやすく伝えるため、「コツコツ ワクワク 世界をよくする」をキャッチコピーとしている。
このキャッチコピーにしたのは、「パーパスプロジェクトを進めていく中で、一人ひとりがコツコツと積み重ねていくことが“三菱電機らしさ”だということが見えてきたため」(椎野氏)だという。
「これから従業員一人ひとりがマイパーパスを考える段階に移行します。マイパーパスをテーマに、チームディスカッションを行い、共感の輪を広げ、チームの結束と一体感を醸成します。そして、それぞれのマイパーパスを実現するため、チームがどう動くべきか目標を立てるところまで行いたいと思っています。グローバルでのアワードも実施するなど、全社的なムーブメントとしていくのが目標です」(椎野氏)

パーパスを軸として広がる共感の輪。それをベースにすることで、組織風土改革の目標である「上にものが言える風土」「失敗を許容する風土」「共に課題を解決する風土」を実現しようというわけだ。
「入社時や研修などのきっかけがないと、自分自身を見つめ直し、どうありたいかを考える機会はなかなかないものです。でも、私自身がそうだったように、マイパーパスを考えることで、業務への意識ややりがいが変わりますし、組織内の双方向コミュニケーション活性化にもつながります。パーパスプロジェクトを通じて、そうした一人ひとりの取り組みや志を尊重し、私自身も含めて、みんながもっと生き生きと働ける組織変革を進めていきたいと思っています」(椎野氏)
組織変革の先に見据えるのは、自発的かつ定期的にマイパーパスを考える組織風土の醸成だ。つねに「こうありたい」という志を見つめ直し、明確化することで、やりがいや仕事を通じた成長、自己実現を続けられる組織にしていきたいという。約15万人の「マイパーパス」が、今、組織に大きな芯を通そうとしている。