サイバーとフィジカルの融合領域「インターバース」 価値の還流がバーチャルエコノミー成長のカギ
「遠隔ロボット×VR技術」で、新たな旅行体験・学校体験を創出
「サイバー空間を活用した経済圏」と聞くと、高精細な3D映像とVR(仮想現実)技術を駆使したSF映画のような架空世界の中で、ゲームなどのデジタルコンテンツを楽しんだり、アバター用のアイテムを購入したりする経済活動をイメージするかもしれない。しかし、バーチャルエコノミーの可能性はもっと多岐にわたっている。インターバースもその一つだ。インターバースとは「サイバー空間での価値をフィジカル空間に還流する」バーチャルエコノミー形態およびそれにまつわる技術であり※2、ロボティクスやセンサー、デバイスなど日本の技術的な強みが生かせると期待されている。
では、具体的にどんなものなのか? インターバースのわかりやすい事例をいくつか挙げよう。
ロボット開発を手がける日本のあるスタートアップ企業は、遠隔操作ロボットとVRの技術を組み合わせた「遠隔旅行」サービスの提供を試験的に始めている。ヘッドマウントディスプレーや、専用センサーを内蔵したグローブなどを装着して、実際に観光地にいる人型ロボットを遠隔操作し、あたかも現地を訪れているかのような風景を楽しんだり、人々とコミュニケーションできたりするものだ。
最大の魅力は、ロボットが見たり触ったりしたものをリアルに体感できる臨場感にある。操縦者本人の位置や体勢などの情報がロボットと同期されているので、頭を動かせばそのとおりにロボットも動き、山々を見上げたり、眼下に広がる海を眺めたりできる。グローブのセンサーもロボットの腕部と連動しているので、現地の人々と握手したり、モノを触ったりすることも可能だ。VR技術を活用して、「架空世界」ではなく、遠隔の「現実世界」を楽しもうという意欲的な試みである。
また、身体的・精神的な理由で登校が困難な児童・生徒に代わって、遠隔操作ロボットを自分の分身として登校させ、教室で友達と席を並べて授業に参加できるようにするサービスも登場している。これも日本のスタートアップ企業の取り組みだ。一般的なオンライン授業と違って、ロボットが本人の代わりに教室にいるので、クラスメートたちとの交流をより深めることができる。フリースクールや特別支援学校などをはじめ、徐々に導入事例が増えているという。
産業界におけるインターバースの活用事例も多い。研修・教育の質的向上を図るために取り入れている例が目立つ。3次元CGによる再現を通じて、通常入ることが難しい鉱山開発の現場をVR映像空間の中で疑似体験できる「バーチャル鉱山実習システム」はその一例だ。医療分野では、外科手術をVR映像空間で疑似体験できる遠隔研修プログラムも登場している。どちらも、リアル空間では繰り返し体験するのが難しいような状況をVR技術によって再現することで学びの質を高め、技能の向上を図る試みといえる。
リアル空間での行動変容やウェルビーイング向上に貢献
ここまで見てきた事例に共通するのは、サイバー空間で生まれた価値を、そこだけで終わらせず、フィジカル空間に還流させていることだ。例えば「遠隔旅行」を通じて実在の観光資源に触れた人は、旅行への意欲が刺激され、実際に現地を訪れたいという人も出てくるだろう。観光資源をVR技術と結び付けることで、これまで未開拓だった層のリアルな旅行需要を喚起できるかもしれない。
「現在のVR技術は視覚・聴覚が中心で、次に触覚を対象とするものとなっており、味覚や嗅覚を伝える技術はまだほとんどありません。人間は無意識に自分の体験を『五感すべてで味わいたい』と思うものなので、視覚などを中心に遠隔旅行を体験した人は、味覚や嗅覚も満たしたいという欲求が強まり、旅行意欲を一層高める機能が期待できます」(MRI研究員)
サイバー空間からフィジカル空間への価値還流は、必ずしも金銭的に測れる価値だけにとどまらない。
「不登校だった生徒が、遠隔操作ロボットを分身として登校させながら学校の雰囲気に慣れ、やがてリアル登校するようになるケースも考えられますし、仮に不登校のままでも、クラスの友達と校外で遊んだり、アルバイトやボランティア活動などに挑戦したりするようになったとしたら、フィジカル空間に極めて大きな価値をもたらしていることになるはずです。体験した人の行動変容を促したりウェルビーイングを高めたりすることも、インターバースが持つ重要な可能性といえます」(同)
VR技術の発展に伴って、今後インターバースの領域はますます広がっていくと予想される。わかりやすい例としては、広告や販売促進活動での活用が挙げられる。先ほどの遠隔旅行のようなロボットや触覚VRの技術を使って、芋掘りなどの農園体験を提供したうえで、現地で採れたのと同じ農産物をその場でネット購入できる仕組みと連動させることもできる。同様の手法を、体験型のVR物産展などに応用することも可能だろう。
このほか、ロボットを活用した遠隔での医療・介護、接客サービスなども可能になる。物理的な距離による制約がないので、東京在住の1人の介護士が、北海道から九州・沖縄まで、全国各地にいる高齢者を1日に何人も担当することも、理論的には可能だ。その意味で、場所にとらわれない柔軟な働き方の実現や、労働生産性の向上にも貢献するはずだ。
「この場合、単に『遠隔で介護できる』というだけでなく、既存の介護サービスにどれだけ新たな付加価値を載せられるかが大切です。例えば遠隔ロボットを通じて介護する際に、高齢者の方のバイタルデータや顔色の変化などをセンサーで収集してリアルタイムで解析できれば、遠隔でありながら従来以上の介護メニューを提供できるようになるかもしれません。デジタルが得意なこと、ロボットやVR技術を介在させるからこそできることを見つけて、フィジカル空間へ価値還流していくことがインターバース普及の重要なカギになります」(同)
視覚以外の再現技術で、日本勢のブレイクスルーに期待
このようなさまざまな魅力を備えたインターバース市場が今後成長を遂げていくためには、それを支える要素技術が順調に発展していくことが欠かせない。とくに重要なのは、人々の五感に訴え、よりリアリティーのある魅力的な体験を生み出すセンサーやデバイスなどの技術である。
近年、世界全体でバーチャルエコノミー関連の特許出願件数は増加傾向にある(下図)。インターバース関連の研究動向を見ると、現状では画像処理やヘッドマウントディスプレーなど視覚に関する研究開発が中心であり、五感のうち視覚以外の分野はまだまだ研究途上だ。逆にいえば、これらは今後のブレイクスルーが期待される分野でもある。
「日本勢にとってチャンスでもあるはずです。近年の各国の特許出願動向を分析したところ、すでに触覚に関しては日本でも優れた研究成果が出始めています。またインターバースで想定されるサービスを実用化していくうえでは、センサーを小型化する技術が不可欠で、これも日本の技術力の蓄積が生かせるはずです。これらの領域に日本勢がぜひ注力し、世界に先駆けて大きな成果を上げてくれることを期待しています」(同)
https://unit.aist.go.jp/harc/video.html(最終閲覧日2023年3月13日)