V-tecで始める「職場と働き方のアップデート」 VR・AR・MRのビジネス活用で何が起こる?
「オンライン会議のその先」にある豊かなコミュニケーション
ヘッドマウントディスプレー(HMD)を装着するだけで目の前に広がる異次元の世界に没入できる「VR(仮想現実)」、現実世界と仮想世界を組み合わせた「AR(拡張現実)」、専用のデバイスを装着すると動きに合わせてデジタル情報を表示させ、直接操作することを可能にする「MR(複合現実)」などを含む「V-tec」は、リアルとデジタルの融合を可能にする基盤技術だ。
現実世界では難しい体験を可能にする基盤技術として注目され、娯楽への活用が先行してきた。近年はV-tecならではの「身体的・物理的な制約にとらわれないリッチな体験」を可能にする特性を生かし、新たな働き方の創出に向けて活用される機会が増えている。そう聞くと、オンライン会議用のデジタルツールなどを思い浮かべるかもしれないが、V-tecには異なる要素がある。
「働き方のアップデートを目指すに当たり、V-tecの活用により5つの効果が期待できます。『情報のオンタイム提供』『時間の創出』『空間価値の向上』の3つは、オンライン会議用などのデジタルツールと重なる効果ですが、『経験の深化』『他者とのつながり』の2つは感情・情動・体感を伝達できるV-tecならではの効果です。これらの効果は、豊かなコミュニケーションの実現を加速させる要素でもあります。V-tecは単にデジタル空間でつながる体験を超えて、クリエイティブな働き方を可能にします」(MRI研究員)
V-tecによって働き方の選択肢が増えることで、多様な人材とつながる機会を創出できる。ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)によって多種多様な価値観や考え方を組織に浸透させることができれば、ビジネスや働き方に対する社内の固定化した価値観を打破する可能性が広がるだろう。さらに、V-tecは議論の質的変化にも好影響を及ぼすという。
「例えば、製品のデザインを検討する際、議論でまとめたアイデアを図面に起こし、モデリングしたサンプルを基に、さらに議論を重ねることが一般的ではないでしょうか。この方法には、アイデアを具現化するまでのリードタイムも長くなるなどの問題があります。その点についてはV-tecを活用することで、遠隔地のメンバーとリアルタイムで議論しながら瞬時にモデリングできるようになるため、時間の短縮になるほか、クリエイティブなアイデアの促進にもつながります」(同)
教育から人手不足まで。V-tecが解決できる課題は幅広い
ここで、V-tecがもたらすクリエイティブな働き方の具体的なイメージをつかむために、4つの産業領域「製造」「土木・建設」「リテール」「オフィス」における可能性を見ていこう。
製造領域には、終身雇用制を前提とした教育や技能伝承の行き詰まりの問題や、グローバル競争の激化に伴うさらなる生産性向上などの課題が山積している。こうした課題の解決の糸口として注目されているのが、MRデバイスだ。
例えば技能伝承で活用する場合、まずは技能を持つ熟練工にMRデバイスを装着してもらい、目や指の動きをデータとして取得する。その次に、これから技能を身に付ける非熟練工もMRデバイスを装着して仮想空間に入り、デバイスが学んだ熟練工の行動データに合わせて実際に手を動かしてみる…といったことが可能になる。
V-tecを活用してベテランの「暗黙知」を「形式知」に変換することで、現場の技能伝承のあり方は大きく変わる。技能のキャッチアップが迅速になれば、生産性向上の実現はもとより、付加価値向上につながるアイデア創出に余力を割けるはずだ。
土木・建設領域では、とくに建築物の設計段階でV-tecのクリエイティビティを発揮できる余地がある。例えば、設計者・デザイナーとクライアントの間で、イメージの行き違いによる計画変更や施工不良の修正が重なると大きな負担になってしまう。
そこで、建築物の3次元モデル(BIM) のデジタルデータとVR・AR・MR技術を併用することで、施工前に精度の高い建築物の完成イメージを共有できるようになる。完成イメージの作成や手戻りへの対応に要していた時間や手間を削減できるほか、デジタルデータを基に、代替案となる建築物の施工事例を再現できれば、クライアントの望む完成イメージを迅速かつ多様に提示することも可能だ。
リテール領域では、コロナ禍を契機に顧客接点のオンライン化が加速。リアル店舗での接客や商品提示機会をバーチャル店舗で補うことで、商品選択時の顧客満足度向上を期待できる。実際に、自宅にいながら試着や履き心地・着心地の確認ができるような、V-tecデバイスを活用したサービスも出始めている。アパレルの場合、アバターを通じて試着できるようになれば、試着自体を楽しむ体験という新しい価値の提供にもつながる。
また、育児や介護などの時間的制約やその他の事情により、リアル店舗で働くことが難しい人でも、販売員がバーチャルで接客業務を行えるようになる。ほかにも、ハイパフォーマンスな販売員がアバターを活用して複数店舗を兼務できれば売り上げアップを見込めるだろう。
オフィス領域では、業務の自動化による定型業務から非定型業務へのシフトが顕著なため、労働市場における高度専門人材の価値が高止まりしている。他社に先駆けてV-tecを活用し、場所や時間を選ばない自由度の高い就業形態を実現すれば、そうした希少な人材を獲得するための競争力向上にもつながるだろう。
具体的には、ARやMRを活用すれば、リモートワークでもその場にいるかのような没入感をもって商談に臨むことができる。もともとリモートワークは、通勤など付加価値を生まない移動時間を削減できるメリットがある一方で相手の表情を読み取りづらいなどのデメリットもあったが、それが改善される形だ。さらにリモート会議では、会議時間と議題に応じて、参加者の議論をAIアバターがアシストしながら、効率よく結論を得られる未来も想定され始めている。
度付きのVRゴーグルも?V-tecで活力溢れる社会の実現へ
ここまで産業領域別の具体例を基に、V-tecがもたらす働き方の分野別課題解決法について紹介したが、共通しているのは「業務効率化による余剰時間の創出」「多様な人材とのコラボレーション」の可能性が広がるということだ。
「V-tecは単に生産効率を上げるだけではありません。多様な就業機会と就業形態、豊かなコミュニケーションを可能にするため、今の社会には無い新しい発想やイノベーションの萌芽につながります。また、一人ひとりが自分の価値観に沿ったライフスタイルを実現できれば、就労に対するモチベーションが高まり、さらなるイノベーションへとつながる相乗効果を期待できます」(同)
ビジネスの伸展に向けて強力な武器になるV-tecだが、普及に当たっては、費用対効果の明確化や、遠隔とリアルで働く人への人事評価・処遇にどう違いを出すのかなど、組織運営上の壁がある。また、V-tec普及のうえでは経済的な観点のみならず、技術的観点でもクリアしないといけない部分があり、実用化に至るまでに現場は不便に感じる可能性もある。
「例えば、日本人は眼鏡をかけている方が多いですが、眼鏡をかけながらVRゴーグルをつけることが物理的なハードルになっています。ただ、この点に関しては、度を入れたVRゴーグルの開発など、日々技術的障害が取り除かれてきています。少しずつV-tecの活用が進んでいけば、働き方も徐々に変わり、最終的には社会に大きなインパクトをもたらすでしょう」(同)
コロナ禍をきっかけに柔軟な働き方が少しずつ広まったことをチャンスと捉え、V-tecの浸透によって一人ひとりの生活が充実し、クリエイティブな働き方を実現することができれば、今よりもっと活気ある社会へとアップデートできるはずだ。