異色な経歴の社長が語る「真の多国籍企業」の内情 「7年で市場規模2倍」半導体業界で働く面白さ
日本の半導体産業は世界から期待されている
――アプライド マテリアルズの売上高は2022年度で257.9億ドル(1ドル=140円換算で約3兆6100億円)と大変好調ですが、地域別の売上高では日本が8%を占めています。日本の半導体産業をどのように見ていますか。
電気自動車(以下、EV)が普及し、今の世界ではEVの製造に欠かせないパワーデバイスの需要が旺盛です。パワーデバイスとは、電気エネルギーの供給や制御の役割を果たす半導体で、製造には、複雑な前工程と後工程の処理を下支えする材料技術や、チップを並べて封止する最先端のパッケージ技術が求められます。
それらの技術がとくに進んでいるのは、日本と欧州の一部地域です。中国はEV化が進んでいますが、それを支えているのはかなり古い技術であり、ほかのアジア地域もパワーデバイスはまだこれから。これまでの技術やデータの蓄積がある日本は世界から期待されています。
――半導体に新技術が求められる中、製造装置メーカーとしてのアプライド マテリアルズの強みを教えてください。
半導体の製造にはさまざまなプロセスがあり、プロセスごとに製造装置が異なります。ある領域の製造装置に特化したメーカーを眼科医や内科医といった専門医に例えると、私たちはいわば、優れた専門医が集まった総合病院であり、多様な製造装置を提供しています。
幅広いポートフォリオを持つ強みは、お客様のプロセス全体により適したソリューションを、素早く提供できる点でしょう。例えば、ある工程に問題が発生した際、多くの場合はその工程だけを見ても解決はできず、前後の工程を含めた調整が必要になります。
通常だとお客様が自分の工場の中で調整を行いますが、私たちは問題がありそうな部分を先に見つけて「こうすれば直ります」「工程数を減らせます」といったソリューションを提供できます。
また、工程間の管理技術が高く、知見が豊富な点も強みです。例えばウェハーの表面をきれいにし、膜を付け、切るという一連の工程は、酸化による腐食を防ぐため、すべて真空の中で行う必要があります。こういった場合、個々の工程で微細な処理ができても、工程間の管理において何かが紛れ込んだら台無しになってしまいます。1つの工程だけでなく、前後の工程を含めた解決策まで提供できることが私たちの特長です。
年間28億ドルを投資、
1万7300件の特許を取得する技術力
――個々の工程における技術はどうですか。
個々の工程の技術レベルも高いですよ。2022年度は研究開発に、売上高の約11%に及ぶ28億ドル(約4000億円)を投資しました。また、1万7300件もの特許を取得していて、その中には私たちが最初に世の中に提供し、業界の主流になったものも多いです。
例えばかつてウェハーの処理といえば、50枚や100枚単位で処理する「バッチ式」が採用されていました。バッチ式は微細な処理が苦手ですが、生産性が高かったからです。しかし、私たちは1枚ずつ処理する「枚葉式(まいようしき)」で高い生産性を実現する技術を30年ほど前に開発。現在は多くのお客様が枚葉式でウェハーを処理しています。
これはほんの一例で、エンジニアが会社のリソースを活用しながら、より性能がよく、生産性が高い技術を研究するという方針がわが社の根本にあり、日本でも多くの特許を取っています。
――今年5月、シリコンバレーに研究開発拠点「EPICセンター」を設立し、数十億ドル規模の投資を行うとの発表がありました。
EPICセンターは従来のラボより門戸を大きく開き、材料メーカーや他社装置メーカー、大学などの研究機関と協働で研究開発する場として設立します。自社のためだけでなく、産業界全体で、性能やエネルギー効率が優れた部品や装置の研究開発をするほか、大学から優秀な学生に来てもらい、人材育成にも取り組みます。
最終的には半導体産業そのものの発展に貢献することが目的です。他社装置メーカーと一緒に研究するというと驚かれるかもしれませんが、当社のみならず、さまざまな分野の会社や研究機関が1カ所に集まり、業界全体のために前進しようという意義もあります。
本当の意味での多国籍企業で働く面白さ
――アプライド マテリアルズ ジャパンで働いているのはどのような人が多いのですか。
エンジニアが約7割です。人種や国籍は多様で、さまざまな国や地域の人がいます。米国での創業当初から、米国人のほかにも世界数十カ国から多様かつ優秀な技術者が集まり開発をしてきました。今の世の中では、DE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)が注目されていますが、多様性は私が入社した30年前からすでにありました。
グローバルで見ると日本は女性比率がやや低いのですが、それはもともとエンジニア志向の女性が少なかったから。性別を問うことはないので、日本社会の変化とともに変わってくると思います。
――グローバルで活躍したい人にチャンスはあるのでしょうか。
ポストが空けばグローバルにオープンにされるので、応募して米国本社に転籍する社員は毎年1~2名程度います。また、転籍ではなく、ブロジェクト単位でグローバルチームに入り、終わったらまた日本に帰ってくるというキャリア形成の仕方は日常的にあります。
人の行き来は女性も含めて多いですね。当社は世界24カ国・地域に拠点があるので、選択肢は幅広く用意されています。
「壁の向こうを見たい」と思える
好奇心旺盛な人と働きたい
――エンジニアにとっては魅力的な職場ですが、半導体の経験がなくても可能ですか。
もちろんです。私自身、ミュージシャンを目指していて、エンジニアですらなかったですから(笑)。サービス業の会社から転職してきた人もいるし、エンジニアでも自動車産業や化学メーカーなど異業種で活躍していた人が多いです。
「大学で半導体をやっていたから詳しいです」という人がいても、半導体の技術は日進月歩であり、結局は入社してからもう一度勉強し直してもらわないといけません。そういう意味で、専門知識があるに越したことはありませんが、キャリアやバックグラウンドは不問です。
経験を問わない分、教育プログラムは充実しています。米国にはアプライド大学と名付けた大きな教育センターがあり、半導体の専門知識から、ファイナンスやマネジメントといったビジネススキルまで、幅広いトレーニングコースが用意されています。オンライン、オンサイト含め、年に何時間かは履修する義務がありますし、上司の許可を取って自分で学びに米国まで行くことも可能です。向上心があれば誰でもキャッチアップできるでしょう。
――さらなる半導体イノベーションを加速させるに当たって、求めているのはどのような人材ですか。
私たちが提供するのは、多国籍で、本社と支社のどちらが上ということがない、フラットなプラットフォームです。その意味では、世界で幅広く活躍したい人に向いていると思います。
半導体市場は2030年までに1兆ドル(約140兆円)に達する見込みで(冒頭のグラフ参照)、これからの7年で倍になります。ここまでのスピードと規模感で成長を遂げる産業は、おそらく人類の歴史で初めてでしょう。過去に経験したことのない壁が次々に立ちはだかると思いますが、それを乗り越えて向こう側にあるものを見てみたいという好奇心旺盛な人と一緒に、大きな歴史の転換点を迎えたいですね。