秋田に見る「これからの地方」のあるべき姿 大手企業トップ「官民一体で歩んでいる感覚」
コロナ禍でリモートワークが普及したことなどによって、人々の生活様式や働き方が大きく変わった。自治体による支援策なども相まって、企業の事業拠点として“地方の価値”が改めて見直されている。
例えば、以前から企業誘致に力を入れている秋田県には近年、県外から多くの企業が進出しており、拠点の規模を拡大する企業も増えている。これは、県が2022年度から新たに県政運営指針「新秋田元気創造プラン」をスタートさせ、時代にマッチした諸施策によって県外企業を誘致する方針をより明確にしたことと無関係ではないだろう。
秋田を拠点とする企業の1つに「TDKエレクトロニクスファクトリーズ」がある。電子部品大手TDKの子会社である同社は、TDK秋田として17年に創業され、22年にTDKエレクトロニクスファクトリーズへと統合された。23年に、にかほ市の新工場の稼働を開始。さらには、由利本荘市には252戸の社員寮を完成させるとともに、他市も含めた社員寮の増設を進めている。
「われわれの秋田進出、およびその後の拠点機能の拡大に際して、秋田県には多大なるお力添えをいただいています。その結果、TDKエレクトロニクスファクトリーズは、グローバル生産拠点とも緊密に連携を図りながら、xEV(電動車)やADAS(先進運転支援システム)といった、技術革新の著しい成長市場に製品・技術・ソリューションを提供する“マザーファクトリー”として、グループ内で重要な役割を担っています」(TDK代表取締役社長執行役員・齋藤昇氏)
再生可能エネルギーで国内屈指の供給地
同社以外にも、事業拠点として秋田に魅力を感じている企業は少なくない。なぜ今、秋田なのか。
その要因の1つが、再生可能エネルギーだ。政府が「2050年カーボンニュートラル」を掲げているとおり、脱炭素に対する取り組みは世界的な潮流となっており、再生可能エネルギーの活用が企業の経営課題となる日は、そう遠くないだろう。あまり知られていないかもしれないが、秋田は国内有数の再生可能エネルギー供給地で、風力と地熱の供給量は全国トップクラスだ。とくに風力発電は、国の協力を得ながら、積極的に導入を図ってきた。
「沿岸区域での発電に加え、洋上風力発電の導入工事も順次開始していて、現在の促進区域への導入完了後には、原発2基分の約200万キロワットの発電出力となります。また、風車を海に浮かべて発電する『浮体式』の洋上風力発電の計画もあり、もしこれが実現すれば、原発4~5基分の発電出力が得られます」(秋田県知事・佐竹敬久氏)
発電して終わりではなく、県内企業が優先的に使える仕組みづくりも進めている。
「『クリーンエネルギーの地産地消の実現』に向けて、政府をはじめとする関係各所へ働きかけています。並行して、再生可能エネルギー100%で運営する『再エネ工業団地』の造成計画を進めているところです」(佐竹氏)
実は秋田は、佐竹氏を中心に十数年前よりクリーンエネルギーの重要性に目を向け、国や関係各所との調整を重ねてきた。その“未来志向の芽”が今、花開こうとしているのだ。
企業が評価する仕事熱心で粘り強い県民性
人材の優秀さも、企業を引きつける要因の1つだろう。小中学生の全国学力・学習状況調査では例年、トップクラスの成績を維持。高等教育機関についても、授業をすべて英語で実施する国際教養大学をはじめ、秋田大学や秋田県立大学、秋田公立美術大学など、学びの選択肢が多く多様な人材がそろっている。
「仕事熱心で粘り強い県民性も、企業の方々から評価していただいています。『秋田に進出してから、従業員の離職率が下がった』との声も聞きます」(佐竹氏)
TDKエレクトロニクスファクトリーズも、従業員の多くを秋田から採用している。
「電気自動車関連をはじめとする、電子部品の需要の世界的な伸びに合わせて、増産のための製造オペレーターの増員が必要でした。ほぼ計画どおりに人材を確保できているのですが、従業員約7000人のうち半数が、秋田で採用した人材です。優秀でまじめなコツコツ型の人材が多く、当社の『ゼロディフェクト(無欠陥)製品を提供する』という使命にもマッチしています」(齋藤氏)
県は、大学進学や就職で県外に出た地元出身者を呼び戻す取り組みを進めており、毎年およそ1000人がAターン就職※1している。
仕事も余暇も充実し、「災害に強い」立地の価値
理想的なワーク・ライフ・バランスを実現するうえでも、秋田はうってつけの場所といえる。通勤時間は、首都圏と比べて片道30分ほど短縮でき、その時間をリスキリングや家族との時間に費やすことができる。また、週末や休暇には豊かな自然環境の中での釣りやキャンプ、スキーなど、余暇のアクティビティーには事欠かない。
「大都市圏よりも住環境が充実し、食べ物もおいしいです。コロナ禍を経て、従業員のワーク・ライフ・バランスに、より意識を向けています。由利本荘市の社員寮には、スポーツジムやレストランを併設していて、今後は病院や小学校、商業施設なども近隣に建設される予定です。秋田のように公私ともに充実させられる環境の価値は今後、よりいっそう高まっていくと思います」(齋藤氏)
さらにもう1つ、災害への強さも忘れてはならない特長だろう。水害や地震など甚大な被害をもたらす災害が頻発する日本において、災害に強い立地は、BCP(事業継続計画)を考えるうえで非常に重要なファクターである。その点、秋田は防災安全スコア※2で1位を獲得している。
TDKトップ「官民一体で歩んでいる感覚がある」
ここまで挙げてきた秋田の強み・魅力を強力に後押しするのが、県による手厚いサポートである。
「県の財政規模を踏まえると、企業優遇制度、いわゆる補助金の総額は相当なものになると自負しています。『大規模設備投資向け』『情報関連産業向け』など、企業ニーズに合わせてさまざまなメニューを設けているほか、県と市で連携しながらオーダーメイド方式での工業用地の整備を実施しています」(佐竹氏)
こうした経済的な支援に加え、企業の求めに応じた多面的な支援も行っている。例えば、企業の研究開発をサポートする産業技術センターは、希少な設備を安価で貸し出したり、専門知識を持つ職員による共同研究を実施したりしている。また、事業内容に適した、地元企業や地元人材とのマッチングも積極的に行っているという。
「事業内容に関わる事から従業員の生活に関する事まで、ご支援いただいた事柄は多岐にわたります。最近では、従業員の出勤渋滞を解消するために、公道への右左折レーンの設置や信号間隔の変更などを実施していただきました。緊密なコミュニケーションによるきめ細かなサポートで、まさに官民一体で歩んでいる感覚があります」(齋藤氏)
企業と自治体が互いに支え合うことで、世界規模の課題と向き合い、ワーク・ライフ・バランスの実現や地域活性化を図りながら、優秀な人材が官民一体となって事業成長を目指す。これこそが、これからの地方のあるべき姿であり、秋田県はそのモデルケースにふさわしい“場”といえるだろう。
※2 出典:サステナブル・ラボ「都道府県『防災安全スコア』上位10県を発表(2021年3月11日)」/「防災安全スコア」は、各都道府県の災害復旧費割合や防災会議の設置有無など、計21指標をAIによって複合的に解析したもの。防災安全に関する対策・対応をしっかり行っている都道府県ほど、スコアが高くなるように設計されている