ダイキン「産後6カ月未満で復職」支援の真意 早期復帰者には年間60万円の両立支援も
経営トップ肝煎りの「女性活躍推進プロジェクト」
今でこそ女性管理職や女性技術者が増えているものの、十数年前まではいわゆる男性社会の企業という印象が強かったダイキン。同社が女性活躍推進に本格的に乗り出したのは2011年のことだ。古くからダイバーシティ推進に力を入れてきたものの、とくに女性の活躍が遅れていたことに危機感を覚えた井上礼之会長自らが指揮を執り、同社が力を入れているダイバーシティマネジメントの1つとして「女性活躍推進プロジェクト」を発足させた。
ダイキンのダイバーシティマネジメントの原点は“人を基軸におく経営”にある。人事本部ダイバーシティ推進グループ長であり女性活躍推進の責任者でもある今西亜裕美氏は、「当社では、人は無限の可能性を秘めたかけがえのない存在であり、一人ひとりの成長があって初めて企業は発展するという信念を持っています」と語る。
プロジェクトでは、性別関係なく能力を発揮できる風土を醸成するため、女性社員やその上司である管理職の生の声をヒアリングして課題を洗い出し、猛スピードで取り組みを進めていった。社を挙げてとくに注力したのは、「女性管理職の育成加速」「男性管理職・リーダーの意識改革」「出産・育児をキャリアブレーキにしないための施策強化」の3つだという。
「プロジェクトが始まった当時、社員全員に女性活躍推進の目的や課題、取り組みについてを理解してもらうため、本社・各支社・工場の拠点ごとに説明会を行うだけでなく、育休中の社員に対しては説明会を収録したDVDを個別に届けていました。私は育休中だったので、DVDを受け取った一人ですが、全社に漏れなく周知するのだという、プロジェクトの本気度を肌で感じました」と今西氏は振り返る。
発足の翌年には「女性リーダー育成研修」を開始させた。将来の管理職候補の女性を対象とした8カ月間にわたる研修で、毎年全社で20人ほどしか声がかからないという。産後5カ月で復職した経験を持つテクノロジー・イノベーションセンターの新倉奈々恵氏は22年にその研修に選ばれ、その後管理職になった一人だ。「参加したメンバーは部署こそ違いますが、子育て中の人も多く境遇が似ていることもあり、すぐに意気投合しました。周りに言えずにため込んでいた思いをメンバーに吐き出せたり、頑張るメンバーを見て前に進もうという気持ちを新たにしたりと、現在のモチベーションにもつながる大変意義深い機会でした」(新倉氏)。
なお、同社では年功序列で管理職になるわけではなく、年齢や経験にかかわらずふさわしい人が登用されるという。性別を問わず挑戦したい社員にはストレッチ(=負荷)をかけ、成長の機会を与えるという姿勢を崩さない。ダイキンでは、もともとコアタイムのないフレックス等の柔軟な働き方やベビーシッター等の支援策は導入していたが、仕事に打ち込む意欲のある女性が働きやすい環境をさらに整えるため「育児休暇からの早期復帰者支援」も12年にスタートした。
「たくさんいる優秀な女性にもっと活躍してほしいと強く思っていました。例えば、育休から早く復帰したい気持ちがあるものの、保育所に入れず育休延長せざるをえないというケースが多く、結果として長期の育休がキャリアブランクになってしまう。そこで、キャリアブランクを最小限に抑えて仕事を継続したい女性を全力で支えようという方針を固め、まずは子どもの生後11カ月未満に復帰した人への補助を拡充したのです。そこから、さらに“子どもの生後6カ月未満で早期復帰する人のためのキャリアアップ支援”の制度を拡充していきました」(今西氏)
育児がハンデにならないための“思い切った支援策”
2014年4月には、子どもの生後6カ月未満で職場復帰する社員を支援するための“2つの柱”を打ち出した。1つは「仕事と育児の両立生活へのソフトランディングを可能とする、より柔軟な勤務形態の導入」。もう1つは「乳児期の育児と仕事との両立を支えるサービスの強化」だ。
乳児期の育児と仕事との両立を支えるサービスで目を見張るのは、子どもの病気・残業・出張時に利用した外部サービス費用を年間20万円まで補助する「育児支援カフェテリアプラン制度」で、子どもの生後6カ月未満の早期復帰者には補助が3倍の60万円になるという内容だ。
育児支援カフェテリアプラン制度自体は07年に立ち上がっている。「小学校6年生までの子どものいる共働きおよび父子家庭、母子家庭の社員が対象の制度です。ベビーシッターやファミリーサポートの利用だけでなく、別居する親族から支援を受ける際にかかる親族の交通費も補助金の対象となります。子どもの生後6カ月未満で復帰した場合は、補助を増額することに加え、認可保育所の利用にも充当できるよう制度を拡大しました」と今西氏は説明する。
「早期復帰の補助60万円で、0歳児の保育料が賄える計算になります。時短勤務で復帰すると、フルタイムに戻る際に自分のなかで再びハードルが生まれてしまうと思ったので、復職するときはフルタイムでと決めていました。産後5カ月で復職した当初は、仕事と育児の両立に対する認識が甘く、試行錯誤の連続でした。しかし、職場の方々からもサポートいただき、会社の制度もうまく利用しながらその苦労を乗り越え、今は成長を実感しながら充実した日々を送っています」(新倉氏)
ほかにも、同社独自の保育所入所支援(保活コンシェルジュサービス)導入や、保活&育休サポートセミナー開催など、スムーズに職場復帰を目指すための施策があるが、注目は「仕事と育児両立セミナー」だ。育児と両立してキャリアを重ねていくには、パートナーとの協力と、上司からの仕事の渡し方が重要と同社は考えている。そこで、過去1年間に長期の育児休暇から復帰した社員とそのパートナーだけでなく、それぞれの上司も参加対象としたセミナーを実施している。当事者だけでなく、自身とパートナーの上司にも育児中の部下がどうすれば生き生きと働けるかを考えてもらうユニークな仕組みだ。
22年度はコロナ禍でオンライン開催となったが、育休復帰者・パートナー88人、上司72人、計160人もの社員が参加した。過去、同セミナーに参加したことがある新倉氏は「同じ境遇の社員とつながることができたのがありがたく、自身のキャリアを見つめ直すきっかけになりました。上司に同席してもらえたのも心強かった。上司と一緒に、仕事と育児の両立をどう進めていくか話し合う場が持てたのは大きい」と感じたそうだ。
性別にかかわらず、育児とキャリアを両立してほしい
女性活躍推進の成果は目に見えて数字に表れている。同社の「子どもの生後6カ月未満で復帰する女性社員」の割合は、2011年度はゼロだったのが、22年度は15.4%まで増えている。
また、「出産・育児をキャリアブレーキにしないための施策」は女性社員だけが対象ではない。先述の「仕事と育児両立セミナー」でも、性別役割分担などのアンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)の払拭をテーマとしているが、男性社員が育児休暇を取得しやすい風土づくりも行っている。男性社員の育児休業取得率は22年4月〜23年3月で79.3%と、8割近い数字を達成している。16年からは、仕事と育児の両立を支援するためのハンドブックを該当者に送付し始めた。
これらの「早期復帰」支援策に対して、外部から「女性に厳しい会社ですね」という意見が来たこともあるという。「全員に対して“早期復帰しなさい”と言っているのではなく、キャリアブレーキをかけず成長し続けたい人へ向けた選択肢を増やしているのです。実際に育休取得後、自ら希望して1年以内で復帰し、早期復帰支援制度をうまく活用している人が多くいます。育児との両立を中長期的に考えると、育休だけではなく職場復帰後の道のりのほうが長くなります。復帰後の長い期間において肝心なことは、育休の長さではなく、育児とうまく両立しながら仕事でいかに挑戦・成長し続けられるか。そのような環境づくりを進めていきたい」と今西氏は語る。
“育児”はあくまでも、誰もが抱える個人の事情の1つであり特別なことではない。性別にかかわらず、個人の事情と両立しながら挑戦・成長し、キャリアを重ねていける環境づくりを進め、いつか「女性活躍推進」という言葉もなくなるとよいと今西氏は言う。「人は無限の可能性を秘めたかけがえのない存在であり、一人ひとりの成長があって初めて企業は発展する」という信念を貫いているダイキンのダイバーシティの取り組みはますます加速していくだろう。
※2023/09/20 公開、2023/12/1 本文を一部補足しました