一人ひとりの「働きがい」高めるAI活用の極意 「適材適所」を実現するタレントマネジメント

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仕事に対する価値観は人それぞれだが、できることならやりがいを感じながら働きたい人は多いだろう
「やりがいのある仕事をして、充実した毎日を過ごしたい」──組織内で働く人なら、誰しも願ったことがあるはずだ。しかし、今の仕事に心から満足していると胸を張れる人は、どれほどいるだろうか。従業員満足度を左右する大きな要素である「最適な人材配置」を叶えるためには、人事部門や中間管理職層が人材一人ひとりの特性を理解することが大前提だ。一方、「リモートワークで部下の状況を直接確認できる機会が減った」「従業員の仕事に対する価値観やモチベーションまで把握しきれない」など、現場のマネジメントは容易ではなくなった。この難題を解決するべく、昨今、人材情報の管理・活用をアシストする「タレントマネジメントシステム」の活用が進んでいる。

「勘や経験」由来の人事は、もう通用しない

近年、企業活動のさまざまな分野における、テクノロジーの活用は当たり前になった。分かりやすいのはマーケティングの領域だ。顧客の属性や行動のデータをもとに購買の可能性をAIがスコアリングするツールや、顧客のニーズにきめ細かく対応するマーケティングを実現するための分析ツールなど、テクノロジーの浸透が著しい。

一方、これまで導入が遅れているとされてきたのが、人的資源の確保や育成を担うHR(Human Resources)の領域だ。

「テクノロジーの活用が進まない主な理由としては『人材情報のアナログ管理から脱却する必要性に駆られていない』『職歴やスキル以外の情報を把握しようとする意志が欠如している』などが考えられます。事業部の実務を理解している人事担当者はまだまだ少なく、現場目線で必要な情報を把握するという意識に乏しいことや、経営層も、経験や勘を頼りにした人材戦略に落ち着いてしまっていることなどが根本的な原因です」(MRI研究員)

2023年3月期決算以降、上場企業を中心にいわゆる「人的資本情報開示」として人材関連の投資額や従業員満足度などの情報を有価証券報告書に記載することが義務化された。人材が重要な経営資源である以上、このトレンドは必ずや全業種、全企業へと拡張し、徹底される時代が来るだろう。日本経済復活のためにも、これをきっかけに人的資本経営関連の課題解決が急がれる。今後は人材をとり巻く環境の変化に加え、DXも追い風となり、HR領域でのテクノロジー活用が加速していくと見られる。

人的資本情報開示の潮流で、人材情報のデータ化・可視化の重要性は高まっている

「『人的資本情報開示』や『人的資本経営』がトレンドになり、企業価値の向上につなげるため、人材の能力を発揮させる取り組みに積極的な企業が増加しました。アナログな情報管理や属人的な人材管理からの脱却と、人材データの可視化と合理的な活用へのニーズが高まっています。そこで、注目されているのが、タレントマネジメントシステムです」(同)

これまでの人事管理システムが、属性や評価、勤怠記録など、基本的な人材データの管理にとどまっていたのに対し、タレントマネジメントシステムは、適性、性格特性、研修の受講記録なども含めたあらゆる人材情報の可視化を行い、そこから教育・研修機会の提供や人材の最適配置などの施策にまでつなげるのが特徴だ。過去の離職者データの分析結果をもとに事前にアラートを発する機能など、マネジメントの一助になるような機能を搭載しているシステムもある。

「タレントマネジメントシステムの活用により、経営者やCHRO(最高人事責任者)は、従業員のエンゲージメントやモチベーションの現状をデータで客観的に把握できるため、精度の高い人事施策を講じやすくなります。また、紙などのアナログベースからデジタルデータに基づく管理手法に変えることで、人的資本情報開示の準備が容易になるという利点も考えられます。そして、管理職に目を向けると『部下と向き合う時間が少ないため状況を把握しきれない』などの課題に対しては、タレントマネジメントシステムに蓄積されるデータによって、仕事の負荷や心理状況などを数値的にも把握しやすくなるというメリットがあります」(同)

リモートワークの環境下で、「部下の状況が把握しづらい」と悩む管理職は少なくない

「人材の定義」以外はAIの役割に移行

タレントマネジメントシステムを上手く活用することで、経営層や人事部は「勘と経験による属人的な人材管理」から脱却でき、ひいては従業員満足度の向上などの恩恵を期待できる。逆に、上手く活用せずに人材の活躍と組織体制の強化のバランスを維持することは至難のわざだ。

「ごく少人数の企業であれば、タレントマネジメントシステムの力を借りなくても、日々のコミュニケーションで十分対応はできるかもしれません。ただ大勢の従業員に対し限られた人事担当者の体制で対応しなければならない場合は、アナログ的な方法で情報の把握やアップデートをすることに限界があります。また、経営層や人事部門の担当者の異動もありえる中で後任への引き継ぎなどを考えれば、情報を共有しやすいタレントマネジメントシステムでの管理が合理的です」(同)

では、タレントマネジメントシステムによって得られたデータを、従業員の状況を気にかけたり、成長を促進したりするといった効果的な施策につなげるにはどうすればよいのだろうか。

そもそもの前提として、企業ごとに自社にとって必要な人材の定義は異なる。そのため、まずはシステムに頼らず、求める人材(ToBe人材)の適性、スキル、コンピテンシー(成果に繋がる行動特性)などの定義を導き出す必要がある。この場合、定義は「仕事が丁寧で優秀」といった曖昧な内容では不十分だ。より具体的で詳細な内容をAIで定義づけることで、現状の人材(AsIs人材)とのギャップを明確にできる。

図1 AIを活用したToBe人材の育成

例えば、ToBe人材とAsIs人材のギャップがスキルの相違に起因しているならば、研修や資格取得の支援などの具体的な施策を取りやすい。タレントマネジメントシステムで、研修後の経過をウォッチしたり成果を評価したりする仕組みを整えれば、ToBe人材の育成を的確に実行できるはずだ。その際、AIによる統計分析や学習の力を使いこなせれば、大きな効果が期待される。

育成は最終的に本人の適性に合った適材適所の配置にもつながると考えられる。

「タレントマネジメントシステムは、あくまでもデータの蓄積と分析を補助するためのツールです。これまでどおり部下と上司が1on1などで会話を重ねるなど、現場ではキャリアアップへの意向や働き方の希望を汲み取るためのコミュニケーションが不可欠でしょう。社員の満足度や心の健康度を把握するための調査(パルスサーベイ)、データの管理、分析などAIが得意とする内容の一部はシステムに委ねながらも、人間の介在によるエンパワーメントは、今後も重要であることに変わりありません」(同)

タレントマネジメントシステムの活用はもちろんだが、1on1など直接のコミュニケーションも重要だ

AIで従業員のメンタルにも寄り添いやすく

データを豊富に蓄積することで、AIによる分析もより精緻になる。事実、タレントマネジメントシステムは、AIの実装で活用の幅をさらに広げている。例えば、従業員の中からロールモデルを選定し、AIがその特徴をあぶり出す機能を備えたシステムなどだ。ロールモデルとその他の従業員の差分を定量的に比較可能であるため、ToBe人材の育成に向けて効果的なプランを立てやすくなる。

「人材の『どの部分をどう伸ばせば、こう活躍できる』という予測精度が上がることで、従業員本人もキャリアパスやビジョンを描きやすくなるはずです。これまで気づきにくかった情報や埋もれていた事実なども見えてきます。これにより最適な仕事にアサインしたり、活躍の機会を創出したりすることも可能になります」(同)

また、従業員のメンタルケアは、タレントマネジメントに含まれる重要な業務だ。MRIは、従業員のメンタル状態を分析するAIエンジンを開発し、「COCOPRO(ココプロ)」というサービスに機能の一部として実装している。

図2 「COCOPRO」による従業員メンタルケア支援

「COCOPRO は、従業員の心の健康状態を数値化できるツールです。メンタルケアを要した従業員の属性や就業時間などについて、ケアが必要になる3カ月前に収集した自社固有の人事データの特徴をAIが学習。その結果をもとに、別の従業員を分析することで、3カ月後のメンタル状況を予測して定量化でき、ケアを要することになりかねない時点を割り出します。分析担当者や本人が心の健康状態を時系列で確認できるので、早めに産業医に相談したり、就業時間や仕事量のボリュームを調整したりと、何らかの対応策を講じられるようになります」(同)

HR領域におけるテクノロジー活用は、今後も加速し続けていくだろう。経営者、人事担当者、管理職、従業員がタレントマネジメントシステムという利器を難なく使いこなす時代が到来すれば、誰もが働きがいを実感できる世の中に近づくのではないだろうか。

>>人材流動化時代の企業戦略 第3回:実践的な人事施策に繋がるHR-Tech活用

>>タレントマネジメント実践による人材育成高度化

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