産学官連携で進む「医療×スタートアップ」の今 大学が持つ最新技術をビジネスに昇華するには

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順天堂大学医学部キャンパス
ヘルスケア領域が、日本の大学発スタートアップの起爆剤となりうる訳は?
大学の研究成果を社会課題解決に生かす、大学発スタートアップが注目されている。そんな中、医学の雄である順天堂大学では、2021年に大学院医学研究科内に研究センター「AIインキュベーションファーム」を立ち上げた。医療関連企業が集積するお茶の水という立地を生かし、AIやIoT、 デジタルヘルスなどの研究や社会実装に向けた産学官民連携の強化、産業創出の好循環を生み出す次世代医療エコシステム形成を目指すという。ヘルスケア領域の大学発スタートアップの潮流、順天堂大学の取り組み、医療DXの潮流について、キーパーソン3名に取材した。

日本のスタートアップがヘルスケア領域に躍進する兆し

日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、資金を拠出するだけでなく官民挙げての多面的なサポートを推進。日本の産業再興を担うスタートアップの誕生と成長への期待は、これまで以上に高まっている。2000年代から現在まで、スタートアップはIT企業が中心となって世界を席巻した。今後はさらに、ITと他の分野を掛け合わせ、「IT×〇〇」で戦うスタートアップに勝ち筋があるという。

「知財の宝庫であるアカデミアから芽吹く大学発スタートアップのなかで、特にヘルスケア領域は、世界に羽ばたけるポテンシャルを秘めています」と語るのは、大学の革新的な技術やアイデアの発掘、人と人をつなぐ場の創出に尽力している、KPMGジャパン プライベートエンタープライズセクター スタートアップ統轄リーダー兼あずさ監査法人 インキュベーション部長の阿部博氏だ。

あずさ監査法人 インキュベーション部 阿部博氏
KPMGジャパン
プライベートエンタープライズセクター スタートアップ統轄リーダー
あずさ監査法人
インキュベーション部
阿部博氏

「日本の再生医療は海外からも注目されていますが、ほかにも、薬の開発に必要な化合物の探索を容易にする技術の開発や、医療データを収集して予防医療に役立てる手法の開発など、IT・デジタルを融合させながら社会課題解決に挑む、革新的なスタートアップが続々と誕生しています」(阿部氏)

大学には素晴らしい研究成果など、たくさんの「知財」があるが、社会実装されずに「眠ったまま」の状態で放置されてしまうこともしばしばだ。昨今はそのような課題感を受け、実際に研究者兼経営者としてヘルスケア関連のスタートアップを立ち上げる大学教授や学生も増えてきているという。ところが課題もある。それは資金と人材の循環だ。

「ヘルスケア領域は事業化までのリードタイムの長さがネック。特に近年は国際情勢の変化や景況感に左右され、撤退を余儀なくされたスタートアップも少なくありません。時々の環境に左右されず、創業から成功に至るまでのプロセスにおいて、資金と人材の双方で、その時々に必要なサポートを受けられるエコシステムの構築が重要です」(阿部氏)

お茶の水をボストンに。デジタルヘルスの集積地創出へ

ヘルスケア領域の大学発スタートアップへの期待が高まる中、その創出の本丸となる大学の動きも活発だ。

順天堂大学は、AIやビッグデータ解析などの最新技術を活用し、デジタル×医療の研究開発や社会実装を加速させるため、大学内外のシナジーを生み出す「AIインキュベーションファーム(aif)」を組織。aifセンター長は、順天堂大学医学部長 医学研究科長の服部信孝教授が務める。2025年には、文京区本郷(お茶の水)の順天堂大学医学部附属順天堂医院に近接した場所に、研究センターを設立する。

順天堂大学 元町ウェルネスパーク
新設中の複合施設「(仮称)元町ウェルネスパーク」。aifは当該施設に入居する

順天堂大学の8学部3研究科6附属病院の健康・医療ビッグデータを集積し、研究に適した設備をはじめ、AI専門家の常駐も予定。aifでは、順天堂大学の研究者と民間企業が一体となって、幅広い業種の充実したサポートを提供し、イノベーション創出や新規事業の立ち上げに向けたスキームの構築を目指している。

阿部氏によると、「医学部発でこうして大学がコミットしてエコシステム構築に乗り出すのは稀有な事例」だという。aif副センター長で、デジタル医療に通じている、順天堂大学医学部の猪俣武範准教授は、aif設立の背景をこう説明する。

順天堂大学医学部 准教授 AIインキュベーションファーム(aif)副センター長 猪俣武範氏
順天堂大学医学部 准教授
AIインキュベーションファーム(aif)副センター長
猪俣武範氏

「シリコンバレーの医療版と表現されるボストンでは、大学の周辺に医療や製薬会社の本社が集結しており、AIやIoTを活用したデジタルヘルスの先進事例が多数誕生していました。一方、日本ではデジタルヘルスの代表的な拠点がない状況でした。順天堂大学が立地するお茶の水は、医療機器関連企業が400社以上集積しており、何より医学部附属病院が多数あります。研究環境とアクセスに恵まれたロケーションの強みを生かし、ボストンのように産学官共創を後押しする場を構想した結果、aifの設立に至りました」(猪俣氏)

aifでは、2035年までに達成すべき目標をミッションとして掲げている。具体的には、「データ駆動型医療に向けた次世代医療エコシステムの実現」「予測、予防、個別化医療、参加型医療によるP4 Medicineの実現」「次世代地域医療連携による安心な社会の実現」「未来を創る次世代教育と人材育成の実現」「人にやさしいサステイナブルな医療の実現」の5つだ。
※予測医療(predictive medicine)、個別化医療(personalized medicine)、予防医療(preventive medicine)、参加型医療(participatory medicine)の頭文字の4つのPを表す

これらのミッションをクリアするためには、アカデミアだけで、社会実装に至るまでの壁を乗り越えることは難しい。規制の面では、国や行政と手を取り合う必要があり、ビジネス化するためには民間企業との連携が不可欠だ。

そこで、aifは研究センターの設立に先駆けて、交流・共創・参加型の会員制プログラム「AI Incubation Farm Partners(aif-Partners)」をスタートさせた。業種を特定せず、ともにミッションの達成を目指すパートナーを募集している。会員には臨床医や研究者が同席する意見交換会への参加権や、東京都や文京区と連携した事業フェーズに合わせての支援施策の案内が提供される。また、ヘルスケア領域のスタートアップにとってはハードルの高い、倫理委員会への研究計画書の策定といったサポートも展開している。すでに、12社の会員が集まり、様々なプロジェクトが走り始めているという。

23年11月末からは、臨床医や研究者との共同研究等を通じて事業のブラッシュアップが可能となるスタートアップ支援プロジェクトも始動予定だ。約4ヶ月間の短期集中で、医師や弁護士、会計士、投資家などさまざまなステークホルダーとネットワークを構築し、事業発表の機会まで得ることができる。公募は23年9月1日から開始する。

「会員や大学との連携を強化し、お茶の水周辺に多種多様なヘルスケア領域のスタートアップが増え、さらに大企業のヘッドクォーターの誘致につながれば、日本のデジタルヘルスを底上げできると考えています」(猪俣氏)

コンサルの知見でスマートホスピタル実現へ

医療×デジタルの社会実装にあたっては、グローバルネットワークの知見やコンサルティングのノウハウも不可欠だ。企業の事業戦略や業務改革の伴走者として存在感を発揮している「KPMGコンサルティング」はスマートヘルス領域における新規事業創出やプロジェクト推進にも注力している。KPMGジャパン プライベートエンタープライズセクター兼KPMGコンサルティング ライフサイエンス・ヘルスケアセクターのアソシエイトパートナーである赤坂亮氏は、日本のデジタルヘルスの現況を次のように考察する。

KPMGコンサルティング ライフサイエンス・ヘルスケアセクター アソシエイトパートナー 赤坂亮氏
KPMGジャパン
プライベートエンタープライズセクター
KPMGコンサルティング
ライフサイエンス・ヘルスケアセクター
アソシエイトパートナー
赤坂亮氏

「日本の医療DXは欧米と比較すると遅れており、電子カルテなど医療情報のデジタル化も一般病院で約6割程度です。デジタルヘルスを実現するには、段階を踏む必要があります。紙の管理から脱却して情報をデータ化するだけではなく、組織を横断して医療の在り方を革新するためにデータを利活用することが重要です」(赤坂氏)

医療データを活用するメリットは、個別化医療の実現にある。従来の健康診断に加えてPHR(パーソナルヘルスレコード)等の新たなデータをデジタル化し、分析が可能になれば、疾患の早期発見を可能にしたり、新しい予防医療のかたちを提供したりとさまざまな可能性が広がる。特に最近は、医療従事者の業務効率化に留まらず、CTやMRIの画像データの分析をアシストするAIも登場するなど、診断の最適化に向けた技術開発も進んでいるという。

KPMGコンサルティングでは、ITによる医療サービスの質の向上、医療の業務効率化、医療従事者の働き方改革、利用者の利便性向上などを実現するスマートホスピタルの実現に向けて支援を展開。例えば、患者の受け入れや転退院を加速するために、急性期病院と回復期病院の双方でデータを連携して、病床の管理を容易にするなどの医療機能適正化もそのひとつだ。さらに、病院への支援だけに留まらない点もKPMGコンサルティングの特徴だ。

KPMGコンサルティングの支援アプローチ

「近年は健康維持や病気予防につながる行動変容を促すアプリなどの開発も増えています。IT、保険、商社、食品、小売、銀行などヘルスケア領域に参入する企業の増加にともない、われわれはこれまでの知見を生かし、企業のデータを利活用したスマートヘルス事業を本格展開しています。また、地域における医療機関の在り方については、スマートシティ構想とも関連します。デジタルヘルスの実現に向けて、スタートアップへの伴走による新規事業検討支援、ビジネスモデル策定支援、そして産官学エコシステム形成支援などを包括的に支援しています」(赤坂氏)

KPMGジャパンの各社はともに順天堂大学aifへの支援を展開する予定だ。医療従事者の働き方改革や、少子高齢化による医療費増大などヘルスケアを取り巻く課題は山積している。それらの課題を解決に導くと期待される大学発スタートアップの誕生と育成は、起業家の才覚や力量に委ねるだけではなく、然るべきサポートが必要だ。日本のボストン・お茶の水から、どのような未来のヘルスケアテクノロジーが飛躍していくのか、これからの動向に注目したい。

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