大災害でも揺るがない「強い社会」を築くには 個人の日常から切り込む新しい防災アプローチ

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コロナ禍の教訓を、災害対策で生かすために必要なことは?
3年に及んだコロナ禍で学んだのは、自身が罹らないようにすることが感染拡大の抑止、ひいては医療現場の逼迫抑制にまでつながっていくという事実だ。このように個人を起点に社会全体を強くする考え方は、実は災害時にも当てはまるという。近い将来、首都直下地震や南海トラフ地震の発生が予想される日本を、よりレジリエントな社会にアップデートするために求められることとは何だろうか。

コロナ禍と大規模災害の対応策における共通点

今年は、1923年に発生した関東大震災からちょうど100年。一方、ここ数年にわたって世界を混乱の渦中に陥れてきた新型コロナウイルスは、日本ではこの節目の年に感染症法上の5類に移行して新しいフェーズに入った。コロナ禍が残した教訓に「感染しないこと(個人の行動)が社会のレジリエンスにつながる」がある。これは将来的な大規模災害対策にも活用可能と考えられる。順を追って説明していこう。

新型コロナ下でよく目にしたニュースに、医療現場の逼迫がある。疲弊が極限に達するほどの医療従事者の努力にもかかわらず、極度なリソース不足のせいで、平時であれば提供されていたはずの医療サービスが市民に行き渡らないケースが頻発、「医療崩壊」という言葉も飛び交うほどの状況となった。患者が急増しても、対応すべき医療提供のリソースは急には増やせないため、当然の結果だったともいえる。医療崩壊を招かないためには感染拡大の防止が欠かせない。そのために求められる大きな要素が、個人が感染しないよう行動することだった。

個人の貢献が社会全体に資する――。実はこの考え方は、大規模災害発生時の公助サービス提供にも当てはまる。具体例の一つは「避難所利用者」と「自治体職員」の関係だ。

避難所運営には多くの人手が必要になる

「大規模災害発生時に最も多くの自治体職員が必要になるのは避難所運営と考えられています。また、災害が大きくなるほど、行方不明者の捜索や救助活動、支援物資の受け入れなど多様な業務への対応も求められます」(MRI研究員)

今後30年以内に最大約70%※1の確率で起きるとされる首都直下地震。首都東京で大災害が発生すれば、自治体職員が対応すべき内容は過去の災害を大きく凌駕する可能性が高く、「公的支援の崩壊」をも招きかねない。

そこで、活用できるのが上記のコロナ禍の教訓である。

避難所利用の必要性は、日頃の個人の防災対策の有無によって変化する。実際、MRIでは、避難所利用者の約半数の101万人は「住居に被害はないが生活に支障が出たこと」で避難してくると試算している。

「この101万人が、平時から物資備蓄の徹底など自発的な事前防災に取り組んでいたとしたら、避難所での自治体職員約7000人分※2の業務を低減できる可能性が生まれます。さらに、1日あたり約300万食の食料と約300万リットルの飲料水の準備、避難所への配送、避難所での管理や配布など一連の業務が軽減され、その余力を真に公助を必要としている人に充てることができます」(同)

平時から物資備蓄の徹底など自発的な事前防災に取り組むことが、社会の助け合いにつながる

MRIは個人などの自発的な行動が起点となって全体で助け合う社会を「レジリエントな社会」と定義する。災害が起きた後の復旧期間中の生活や福祉の質が向上し、地域経済が維持されることが期待される社会である。

※1:東京都(2022年5月25日)「首都直下地震等による東京の被害想定」
※2:MRIの試算による

個人の防災力を浮き彫りにする指標「PRP」

自発的な事前防災に取り組む人を増やすにはどうすればいいのだろうか。有効な方策として、スムーズに個人の日常生活と事前防災行動をつなぐ民間サービスの開発がある。そのために必要なのは個人の日常生活をある程度まで総合的に把握することだ。

そこでMRIでは、首都圏在住者7000人を対象に分析した生活データ「パーソナル・レジリエンス・プロファイル(PRP)2023」を作成した。

PRPは個人の日常を精度高く分析した結果を基に、3つの内容から構成される。第1は年齢や性別などの「基本属性(29項目)」、第2は個人の被災からの回復力を示す「困難に立ち向かう能力(74項目)」、第3は顕在化している関心・行動やライフスタイルなどを6つに分類した「日常的な関心・行動(71項目)」である。

「これまで、防災対策では、まず『災害時要配慮者への支援対策』を検討するための分析に比重が置かれてきました。PRPの作成に至ったのは、平時における個人や企業の自発的な防災行動を促すためには、災害弱者以外の分析も必要だと考えたからです。個人の何気ない行動や趣味から、その人が潜在的に持っている防災への関心や行動のレベルを推測している点に特徴があります」(同)

PRPでは、調査対象を事前防災行動への積極性から「積極層」「ライト層」「消極層」に分類。さらに、「自分磨き」「コスパ重視」「飲酒」など、一見すると防災には関係ないようなライフスタイル項目との関係性も分析して、セグメント化している。そうすることでサービス設計の手掛かりをつかみやすくなる。

「例えば、ライト層の中で最も割合が高い『新常態適応者』グループに属する人には、テレワークやシェアリングサービスを好む傾向が見られ、二拠点居住や分散的な暮らしを叶えるサービスに関心を示す可能性が高いと考えられます。これらのサービスが利用可能であれば、災害時に生活拠点を首都圏外に移すことができるかもしれません。次に数の多い『仕事も趣味も活発』グループでは好奇心が強い特性に注目します。アーリーアダプター層、つまり事前防災行動を最初に促すターゲットに設定して、優先的にアプローチする戦略などが考えられます」(同)

このようにPRPを使って個人の日常を可視化することは、自発的な事前防災に取り組む人を増やすための具体的なサービス開発につながる。

企業の対策としてのリスクプロファイリング

ここまで個人と公助との関係に注目してきたが、企業にとっても災害などの外部からのストレスに適応していくことは不可欠だ。MRIはこうした外部のストレスに対する適応力を「コーポレート・レジリエンス」と定義しており、企業が経験する多様なストレスを、発現時間の長さに応じて「突発的なストレス」「急速なストレス」「持続的なストレス」の3つに区分している。ここでは災害に大きく関わるものとして特に「突発的なストレス」「持続的なストレス」について触れる

巨大地震や豪雨などの大災害は「突発的なストレス」の代表例だ。これらの災害はいったん起これば企業活動に大きな影響が及ぶとされている。適切な対策を講じていることを対外的に示せない企業は国内外のマーケットから、大きな災害リスクを持っていると評価されてしまう恐れもある。

さらに、近年は気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に基づく情報開示の義務化の流れもあり、企業は気候変動リスクという「持続的なストレス」への対処も強化しなければならない。そこで、「突発的なストレス」と「持続的なストレス」という2つの側面を組み合わせて対応すべき災害を検討するための方法としてリスクプロファイリングを提案する。

「災害の起こりやすさを縦軸に、災害による損失と利益を横軸にして、自然災害をプロットしていきます。これにより、事業とリスクの観点から重要かつ優先的に対応するべき災害を特定できます。例えば、首都直下地震であれば『起こりやすさは中・損失は大』、気候変動に対応する新規事業であれば『起こりやすさは大・利益は小から中』というように整理可能です」(同)

このプロファイリングで対処するべき災害を明確にした上で、自社が取り組んでいる対策を強化すれば、常に限られたリソースの中でさまざまな災害への対応を迫られている企業が、実際に効果のあるリスク低減を実現することにつながる。

「日本は自然災害が多いため事業継続計画(BCP)の策定率が高く、国際的に見ても対策は進んでいます。さらに一歩進めるためには、防災対策を経営マターで捉えることが求められます。TCFDの管轄をCSRから経営企画に移行させる企業が多くなってきました。ただし、防災の管轄については危機管理部や総務部など部門をまたぐ例が一般的であり、今後統合していく必要性が出てくるでしょう」(同)

関東大震災から1世紀の間に、土木や防災技術の進化により防災対策のハード面は大きく向上してきており、防災計画やBCP、災害予測といったソフト対策もここ数十年間で急速に進歩している。一方で、人や企業の行動の変化につなげるための仕組みや考え方、価値観については依然改善の余地が大きい。

このため、レジリエントな社会の実現に、個人や企業を起点とした自発的な防災行動の喚起や、エビデンスを基にした具体的な計画が求められている。より多くの視点を採り入れ、多くの関係者を巻き込んだ総力戦が必要とされるのである。

>>個人起点によるレジリエントな社会の実現

>>巨大地震見据えた「コーポレート・レジリエンス」を