建設業から広がる「業界コラボヘルス」の可能性 業界特性を生かしたウェルビーイング向上策

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気がついたらもうこんな時間…。仕事が忙しく、思うように昼食がとれないビジネスパーソンも多い
「取引先との飲み会が多くて、学生時代よりも体重がだいぶ増えてしまった」「仕事の時間が不規則で、ゆっくりと昼食をとる時間がない」ーー。このような声に共感するビジネスパーソンは多いのではないだろうか。コロナ禍を経て、ウェルビーイング(心身の健康や幸福)への関心が改めて高まっているが、業務の特性や職場の風土によっては、生活習慣などを見直すのが難しい場合も出てくる。健康やウェルビーイングは、業界特有の働き方や職場環境と密接な関係がある。実効性のある施策を取り入れていくうえでは「業界」単位でのアプローチが欠かせない。MRIが提唱する「業界コラボヘルス」の概念と実践事例を基に、ウェルビーイング向上のヒントを探っていく。

業界特有の働き方から生じる健康課題へのアプローチ

コロナ禍を機に、日本の産業界でも健康経営®やウェルビーイング経営への関心が高まっている。ここで注目したいのが「働き方・職場環境」と「健康」の関係だ。

「ビジネスパーソンの健康課題には、業界特有の働き方や職場環境が大きく影響している可能性があります。例えば建設業では、男性の『肥満該当者』や『20歳の時から体重が10キログラム以上増加した者』の割合が、他業種より高いという調査結果が出ています※1。この背景には、例えばコロナ前であれば、宴会など飲酒を通じたコミュニケーションを重んじるといった業界の文化などが関係してきたと考えられますし、現場の所長さんが若い職人さんたちと一緒に昼食をとれば、高カロリーのメニューを選びがちになる、といった事情も考えられます。このため、個人単位・企業単位で健康維持やウェルビーイング向上を図ろうとしても、どうしても限界が出てきます」(MRI研究員)

円滑なコミュニケーションのために欠かせない宴会だが、健康との両立が課題だ

そこで有効だと考えられるのが、働き手の健康課題の背景にある職場環境や地域性、文化などに着目した「業界単位」のアプローチだ。業界全体で取り組むことで、健康経営やウェルビーイングの機運がより高まり、業界独自の文化や慣習なども見直しやすい。参加企業同士の連帯感や競争意識が触発され、社員の健康推進プログラムなどへの参加促進にもつながる。さらに、こうした活動を外部に向けて広く発信することで、業界全体の魅力向上をもたらすなど、人材採用などにもプラスに働くことが期待できるだろう。

建設業界から始まった「業界コラボヘルス」

こうした考えを基に、近年MRIが取り組んでいるのが「業界コラボヘルス」である。コラボヘルスとは、健康保険組合や協会けんぽなどの保険者が事業主である企業と連携して、社員・加入者の健康づくりを推進する活動である。「業界コラボヘルス」はこの概念を拡張し、業界全体で健康経営を推進するプロジェクトとして考案された。

コンセプトにいち早く賛同したのは建設業界。同業界とMRIは連携して2020年に本格的な活動を開始した。大手ゼネコン企業15社と、業界団体の日本建設業連合会(日建連)、保険者である全国土木建築国民健康保険組合が参加。定期的な勉強会を経て、建設業界特有の生活習慣の改善を目指す協働プログラムを各企業の職場で試行してもらっている。例えば、生活習慣改善プログラムの一環として、食習慣における健康課題に着目。カゴメが提供している「ベジチェック®」という装置をゼネコン各社のオフィスに設置し、社員にその利用を促した。

この装置は手のひらをセンサーに30秒ほどあてるだけで、「あなたの野菜摂取レベルは◯です」と、瞬時に推定野菜摂取量を数値化・見える化してくれるというものだ。ゲーム感覚で自分の野菜摂取の状況を気軽に把握でき、その情報を社内で共有し合うことで、食生活を改善しようという意識が高まったという。

ゲーム感覚で自分の野菜摂取の状況を気軽に把握することで、食生活の改善が見込める

世の中には、すでに食習慣の改善や睡眠の質の向上を図るアプリサービスなどが多数ある。業界コラボヘルスの特徴は、それらの中から業界事情や職場の雰囲気に合致したものをコーディネートし、その活用方法や推進計画までを提案している点といえる。

「初年度は複数の健康アプリや健康的な食事や運動に関するミニセミナーなどさまざまなサービスをレコメンドしましたが、取り組むべきことがあまり多いと負担になり、参加率が下がってしまうことがわかりました。そこで、もっと気軽に参加していただけるよう、2022年度は『食生活の改善』に絞って運用したところ、それが奏功しました。ゼネコン各社の間接部門の方々を対象に導入したところ、利用を義務化したわけではないにもかかわらず、『面白そう』という評判が口コミで広がって、他の部門からの参加も増えたのです」(同)

結果的に、プログラム参加者の約9割が野菜の摂取量を増やす意向を表明し、摂取量を示す指標も実際に大きく改善した。参加者の健康意識の変化や行動変容につながり、さらに職場のコミュニケーションが活性化するなどの副次的効果も見られたという。

建設業界は同業各社との関係性が親密だ。もちろん互いにライバル同士ではあるが、普段からJV(ジョイント・ベンチャー)などの形で協業する機会も多いからだ。

「そのため、『業界全体で健康経営に取り組みましょう』というわれわれのメッセージがうまく機能しました。これも今回のプロジェクトが成功した大きな要因でした。逆に『同業他社と健康を競い合いましょう』といった競争誘発型のメッセージは、この業界ではあまり響かないこともわかりました。以前、別の業界で健康経営を支援したケースは、営業部門が対象で、他社と競うことでやる気になる方々が多かったのですが、その方法が他業界でもうまくいくとは限りません。やはり健康経営支援は、業界ごとの特徴をきめ細かく捉えて行う必要があるのだと改めて実感しました」(同)

業界コラボヘルスを応用。より広範なウェルビーイング施策の実現へ

今後MRIは、業界コラボヘルスの取り組みを拡大させていく考えだ。現時点での対象は、建設業界の中でも大手・準大手のゼネコンが中心だが、将来的にはその発注先である1次下請け・2次下請けの事業者の参加も促していくことを目指す。実現すれば、建設業界全体を巻き込んだ、より大きな健康支援プロジェクトに発展するだろう。また、建設業界と並んで肥満該当者などの割合が高い運輸業界などに、同様のプログラムを提供していくことも構想しているという。

もう一つMRIが目指しているのが、業界コラボヘルスを応用し、より広範な「ウェルビーイング施策」として業界単位で提供していくことだ。

MRIは2021年、ポストコロナ社会の究極的な目標をウェルビーイングの最大化と位置づけ、その達成度を探るツールとして「MRI版ウェルビーイング指標」を開発した※2。心身の健康はもちろん、自己実現、社会貢献、地球環境との調和など、幅広い要素を包含する概念としてウェルビーイングを定義している点が大きな特徴である。

「MRI版ウェルビーイング指標を基に、当社のアンケートパネルを用いて年次で定点観測を行ったところ、すでに興味深い結果が出ています。例えば、ウェルビーイング向上というと一般に心身の健康課題を思い浮かべがちですが、最も大きな影響を及ぼす要素が『将来への希望』であることや、『地球環境への配慮』などのエシカル(倫理性)を重視する傾向が強まっていることが明らかになっています」(同)

MRIは今後、ウェルビーイング経営に取り組むうえでのツールとして、多くの企業に前出の独自指標を活用してもらいたい考えだ。ただし、MRIが定義した36指標が、そのまま各業界のウェルビーイング指標として当てはまるとは限らない。健康課題と同様、ウェルビーイングを左右する要素も業界ごとに異なるはずだからだ。

そこでMRIでは、36指標を業界ごとに使いやすい形にアレンジすることに取り組んでいる。その第一弾として、業界コラボヘルスでの経験を踏まえ、現在、建設業界の特徴を反映したウェルビーイング指標の構築を進めているところだ(図2参照)。

「成果が得られれば、他の業界にもぜひ拡張していきたいというのが実際のところです。また将来的には取引先や消費者、地域住民など、起点となった企業周辺のステークホルダーのウェルビーイング向上にも役立つような幅広い活動にできたらと考えています」(同)

業界コラボヘルスのアプローチは極めて示唆的だ。日本における健康経営やウェルビーイング経営の実践手法の一つとして、今後大きな潮流になっていくことが期待される。

※1:健康保険組合連合会(2022年1月)「令和元年度 業態別にみた被保険者の健康状態に関する調査」。健康状態については40~74歳の被保険者を対象としている。
※2:MRIエコノミックレビュー「ポストコロナ社会のウェルビーイング」。
※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※「ベジチェック®」は、カゴメ株式会社の登録商標です。
 

>>建設業発の「業界コラボヘルス」が目指すもの

>>ウェルビーイング経営の起点は「自己診断」