日立「全世界32万人」を支えるデジタル経営基盤 「不確実な時代」生き抜くサステナブル経営とは
「事業成長を加速させる」日立CIOの決断
――日立グループは、2022年にデジタル経営基盤構築とIT構造改革を主要施策と定めた「2024日立グループIT中期計画」を策定されています。どのようなIT課題を解決しようという狙いが込められているのでしょうか。
貫井 日立では、社内のIT環境のかなりの部分を各事業部が管理しています。これは、2009年の経営危機(※1)を受け、最適な事業ポートフォリオをつくるために各事業部の採算向上を重要視していたからです。
※1 2009年の経営危機:2008年に起きたリーマン・ショックの影響によって、2009年3月決算で7873億円の巨額赤字を計上したこと。
現在は、“One Hitachi”でグローバルでの社会イノベーション事業を拡大する成長戦略を取っています。各事業がそれぞれ採算性を追求する体制に加えて、さらなる成長へ加速するため、事業部間のシナジーを生み出す方向への転換です。そうなると、ITのあり方も変えなくてはなりません。とりわけデータは1つの塊として利活用することが重要です。そこでわれわれは、標準化されたIT共通基盤やデータ利活用を加速するインフラ・ツールの整備を進めています。
岡嵜 独立採算制だった事業ポートフォリオを再編するといった企業構造の変革をスピーディに進めるには、ITの仕組みを変えることが有効です。CIOが先頭に立ってそれを推進されているのがすばらしいですが、コスト面についてはどのようにお考えでしょうか。
というのは、日本企業の売上高に対するIT投資額は海外に比べて比較的低く、IT投資の伸び率も各国に後れを取っています。こうした状況を変えていくには、積極的なIT投資が必要だと感じています。
貫井 一般的にITコストの効率は、売上高に対する比率で割り出すケースが多いと思います。もちろん日立グループでも、数値目標を定めており、私が責任者としてそこにコミットしています。
一方で、ITコストは少なければ少ないほどよいというものではありません。データが経営において非常に大きな価値を持つ現在、データ可用性を担保するほうが重要です。加えて、事業によってコンペティターやベストプラクティスは異なりますので、一律なパーセンテージで考えるよりも、ベストプラクティスを凌駕するコスト構造にすることを意識しています。そのうえで、サステナブルな経営を支えるため「セキュリティ」「BCP」「グリーン」の3つを実現していくのが、IT構造改革の大きな目的です。
日立が「パブリッククラウド」に切り替えた理由
――IT構造改革を進めるうえで、日立グループはクラウド化に力を注いでいます。ERPとしてSAPをAzure(※2)に移行するなどオンプレミスのシステムのクラウドへの移行も推進されていますが、パブリッククラウドの活用に踏み切った理由をお聞かせください。
※2 SAP on Azure:マイクロソフトのパブリッククラウドサービスであるMicrosoft Azure上でSAPの基幹システムを運用できるサービス。
貫井 大きく3つあります。1つ目は、ITアセットをなるべく減らして外部に移し、ROA(総資産利益率)を上げたいということです。アセットを経費化する観点で、パブリッククラウドは非常に有力な選択肢だと思います。
2つ目は、つねに最新機能が活用でき、優れたパフォーマンスが期待できるということです。昨今のITは日進月歩ですので、新たな波が来るたびに社内で投資していくのは非効率だと感じています。
岡嵜 1つ目のITアセットについては、そこにかかるオペレーションの負荷が重くなっている現状もありますよね。「変革したいが人がいない」というお悩みが非常に多い中で、パブリッククラウドで運用・保守の手間を減らせば、より本質的な業務にシフトできます。また、2つ目にもつながりますが、ITインフラの整備に数年かけるような時代ではなくなってきました。それこそ「うまくいかなかったらやめる」といったアジリティも重要です。
貫井 そうした観点は、3つ目の理由である「セキュリティ」「BCP」「グリーン」が担保できることにもつながります。
まず「セキュリティ」ですが、日立グループは世界中に拠点があり、約32万人の従業員がいます。それらすべてをケアするには大変な労力がかかりますし、コネクテッドの時代ですから、自社だけで万全を尽くすのは困難です。その点、パブリッククラウドはセキュリティがビルトインされていますので、二重の投資をせずに済みます。
地政学リスクが高まっている中、「BCP」の観点でもパブリッククラウドは有用です。仮にどこかの国で可用性が失われても、スイッチングすることで事業の継続を図ることができるからです。
そして「グリーン」。日立グループは、2050年度までにバリューチェーンを通じてカーボンニュートラルを達成する目標を掲げています。しかし、「2024日立グループIT中期計画」を策定するときシミュレーションをした結果、2027年までに社内のITアセットから発生するCO2をゼロにしないと間に合わないことが判明したのです。その点、SAP on Azureを手がけているマイクロソフトは、カーボンニュートラルを超えてカーボンネガティブ(※3)を2030年までに実現する計画を立てています。グローバルで大きなフットプリントを持つ点は、BCPの観点でも安心ですので、サステナブル経営を支えるIT戦略のパートナーとしてふさわしいと考えています。
※3 カーボンネガティブ:二酸化炭素(CO2)を含む温室効果ガスの排出量よりも吸収量が多い状態のこと。
岡嵜 ありがとうございます。マイクロソフトは、「セキュリティ」「BCP」「グリーン」のいずれにも非常に力を注いでいます。「セキュリティ」には年間1000億円規模の投資をしていますが、今後5年間でさらに2兆円以上の投資を行います。日々65兆以上の脅威シグナルを処理解析しており、セキュリティベンダーでもあるクラウドベンダーだといえます。従来の仕組みでは、「利用中のデータ」を保護するのは困難でしたが、すでにMicrosoft Azureのコンフィデンシャル・コンピューティング機能として「Azure Confidential Computing(ACC)」によりクラウドベンダーからも切り離せる、今までにないレベルでのセキュリティ実装が可能です。「BCP」においても、クラウド事業者の中で最も多いリージョン数を持ち、ビジネスクリティカルなシステムに必要な高いレベルのSLA(サービスレベル)やRTO(リカバリータイム)を設定し、信頼していただけるクラウド基盤となっています。
「グリーン」の観点では、カーボンだけでなく、水資源を大切にする取り組みにも力を入れています。日本にいると実感しにくいですが、現在グローバルで20億人以上の人が安全な飲料水にアクセスできません。一方、データセンターではサーバーの温度管理に大量の水を使っていますので、2024年までに水使用量を95%削減する計画を進めています。また、データサーバーなどのサーキュラーシステムを構築するなど、トータルにサステナブルな取り組みを進めています。
わずか半年で新たなアプリケーション開発を完了
――パブリッククラウドは、インフラを新たに用意しなくても済むことからアプリケーション開発のしやすさもメリットとしてよく挙げられます。日立グループでは、そうした活用も進めているのでしょうか。
貫井 はい。独自のCRM基盤を開発しました。従来はお客様の情報を事業部ごとにばらばらに管理していたのを統合しようというのが狙いです。昨年の4月に活動を本格的にスタートして約半年で第1版を完成しましたが、想定よりもクイックにできたのはパブリッククラウドの効果だと思っています。
岡嵜 そうやってシステムと密に連携してデータを有効活用するのは非常に価値が高いと感じます。マイクロソフトでは、そうしたスピーディな開発を支えるため、統合型ローコード・ノーコード開発ツールであるMicrosoft Power Platformや開発者向けプラットフォームのGitHubなどもご用意しています。OpenAI社と戦略的なパートナーシップを締結し、あらゆるソリューションやプロダクトに最新のAIを組み込んで、企業や社会のスピーディな変革に貢献していきたいと考えています。
貫井 AIもそうですが、最適な技術を的確にピックアップして組み込んでいくことで、ITのエコシステムがどんどん広がっているのを感じます。もちろんメリットだけでなくリスクも増していきますので、Azureには新たな技術や新たなプレーヤーをどんどん受け入れ、つねに便利な状態を担保したパブリッククラウドであり続けることを期待したいですね。
IT構造改革を進めるうえで実感するのは、市場にも私たちの働き方にもまだまだポテンシャルがあるということです。パブリッククラウドを基盤としたデジタル経営基盤を活用して、さらなる効率化を実現し、サステナブルな社会の実現を推進していきたいと思っています。
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