ソニー、半導体の新規事業を切り開く情熱と技術 「センシング社会実装」で豊かな未来に貢献する
「会議室も用意されない」後発参入の悲哀
車載用イメージセンサー。車内外の状況を正確に検知し、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転社会の安心・安全性に貢献するデバイスだ。日本自動車工業会によれば、2021年の四輪販売台数はグローバルで8268万台。自動運転の普及に伴い車体のセンサー装着数の拡大は確実視されている。
「現在の自動車のイメージセンサー装着数は平均2個程度とされています。ADASや自動運転に向けた発展とともに、自動車の眼となるイメージセンサーの装着数は確実に増えていきます」
ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、ソニー)車載事業部 車載ビジネス部統括課長の薊(あざみ)純一郎氏は、車載市場をモバイルの次の巨大マーケットになると話す。
ビジネスとしても、社会貢献としても魅力的な分野であり、同業界では後発のソニーが参入を決意したのもうなずける。車載市場への参入当時、イメージセンサーで世界トップ(同社調べ)を走っていたこともあり、事業を立ち上げるに当たり、ある程度の自信もあったと薊氏は振り返る。
「ところが、車載のお客様からはまったく相手にされませんでした。何とか約束を取り付けても、会議室で商談させていただけないこともありました」
廊下でPCを広げながら必死でプレゼンテーションをしたが、のれんに腕押しだった。わざわざ海外まで出張したのに収穫なし。後発の悲哀を存分に味わった薊氏だが、何度もチャレンジを繰り返すと、そこまで冷遇された理由が見えてくる。
「自動車は、安全性への要求レベルが非常に厳しい業界です。順守すべき規格や関連法規もたくさんありますが、当時の私たちは業界の常識やニーズすら理解できていませんでした。アポイントを取った段階でそれを見抜かれ、話す価値がないと思われたのでしょう」
加えて、何度も厳しい指摘を受けて見えてきたのは、既存のイメージセンサーの技術転用では立ち行かないという絶望的な事実。
「始めは、セキュリティカメラ用途向けに出荷していたタイプのイメージセンサー技術が生かせるのではないかともくろんでいたのですが、それでは足りないことがわかりました。すでに多種多様なプレーヤーがいて十分に成り立っている産業で認められるには、今までにない新しい技術と発想が必要だと痛感しました」
「業界初の機能」を実現した技術力が道を開く
そんな攻略の道筋すら見えない状況をなぜ切り開くことができたのか。半導体メーカー2社を経て「新しいことにチャレンジしたい」とソニーへ転職した薊氏は、「ソニーはとにかく技術者が音を上げない」と話す。
「『これはさすがにできない』という言葉は聞いたことがありません。こうやったらできるだろう、とつねにポジティブですし、技術者同士がプロアクティブに知恵を出し合っていきます」
限界を設けないチャレンジ精神と、垣根を越えて協力し合うオープンな関係。そして、長年積み重ねてきたイメージセンサーの技術力。それらを結集させ、それまで誰も成し遂げることができなかった技術に取り組んでいった。
「車載カメラに求められるのは、周囲の環境を正しく認識すること。夜間や悪天候時などあらゆる運転シーンにおいて、つねに周辺状況を高い精度で検知できれば、車の安全性を高めることにつながります。トンネルの出入り口のような逆光や明暗差が大きい環境では、映像の白飛びや黒つぶれが起こりがちです。また、LEDを使用した信号機や前方の車のブレーキランプは、カメラで撮影するとフリッカーと呼ばれるちらつきが生じます。いずれも車メーカーからは強い対策要求があったものの、その2つのケースを同時に解決できるセンサーは、当時まだどのメーカーも実現できていませんでした」
だが、2017年にソニーはこの難題を解決する。ハイダイナミックレンジ(HDR)という、暗いところから明るいところまでくっきりと捉えるための技法と、LEDによるフリッカーを抑制する機能を同時に実現できる業界初(同社調べ)のセンサーを生み出したのだ。
「サンプルでデモンストレーションをした瞬間、お客様の目の色が変わったのがわかりました。それからようやく話を聞いてもらえるようになりました」
ソニーの車載用イメージセンサーは、現在世界で25%の金額シェアを占め、着実に実績を積み重ねている。25年度にはこのプレゼンスを39%まで高めようとしている(※2)。
※2 インキャビンを除く、200万画素以上の車載用イメージセンサー市場における金額シェア。ソニー調べ
「私たちのイメージセンサーを、1件でも多くの事故を減らすことに役立てたい。そのためにも、多くのメーカーに採用してもらえるよう頑張りたいと思っています」
ソニーが掲げる「Safety Cocoon(セーフティコクーン)」は、繭が車を包むように、車の周囲360度とドライバーのコンディションを見守ることで、安心・安全な移動空間を実現するというコンセプトだ。それが当たり前の自動運転社会となるように、薊氏はイメージセンサーという「電子の眼」の普及を進めていく。
「エッジAIセンシングプラットフォーム」の意義
自動車産業に限らず、「センシング」はあらゆる産業分野で存在感を増している。しかし、イメージセンサー単体では、なかなか社会実装は進まない。センシング技術を有効活用し、ソリューションとして世の中に浸透させていくためには、パートナー企業と共創し、より多くの人々が個々のニーズに合ったソリューション開発に取り組めるようにする必要がある。そのために開発されたのが、エッジAIセンシングプラットフォーム「AITRIOS(アイトリオス)」だ。米国でAITRIOSを基盤としたソリューションを推進しているSony Semiconductor Solutions America ビジネスデベロップメント マネジャーの渡邊翔太氏は、その開発理由について、次のように説明する。
「イメージセンサーの画像は、私たちにとって非常に有益な情報をたくさん含んでいます。一方で、画像はデータ量が多く、画像を処理するにも、データ解析のためにクラウドに送るにも大変な負荷が生じます。そのため、社会のあちこちにカメラを設置した場合、大量のデータを扱うことになるため、通信インフラにかかるコスト、データ遅延、そして消費電力といった課題と、つねに向き合うことになります。
そこで、当社は、2020年5月に世界で初めて(同社調べ)イメージセンサーにAI処理機能を搭載したインテリジェントビジョンセンサー『IMX500』を発表しました。画像データの入り口となる『IMX500』が、いわば『情報の地産地消』のように、取得したデータに対してその場で適切なAI処理を施すことで、本当に必要な情報だけを抽出してネットワークに流通できるようにしたのです。
ただ、こうしたユニークなセンサーを、実際のアプリケーションとして使いこなすのは決して簡単ではありません。イメージセンサー、画像処理、組み込み機器、AI、クラウドなど幅広い領域に長けている“スーパーエンジニア”ならば可能かもしれませんが、なかなかそういう人もいないでしょう。そこで、誰でも簡単にエッジAIを活用したソリューションを構築できるようにするためのプラットフォームとして開発されたのがAITRIOSです」
「誰でも簡単に使える」を可能にするため、AITRIOSにはソリューションの効率的な開発の実現に必要な各種ツールや開発環境が整う。さらにはAITRIOSに参画するパートナー企業が開発したAIモデルやアプリケーションを販売するマーケットプレースや、使い勝手を向上させるための各種クラウドサービスなど、多彩な機能までも提供している。AITRIOSのクラウドパートナー企業として現在ソニーが協業するマイクロソフトとは、ユーザーの開発支援やトレーニングなどをリアルで行う共同イノベーションラボを世界4カ所に立ち上げているのも特徴だ。
変わり続けるAITRIOS
AITRIOSは開発者の利便性を追求するプラットフォームなので、「完成」することはない。日進月歩するAI技術と開発側からのインタラクティブな提案と反応から、つねに新しいニーズを探り、進化を続けている。
「イタリア・ローマ市が進めているスマートシティのプロジェクトでは、街灯に設置された『IMX500』が、交通量や駐車場の空き状況などを検出しています。また、別のスマートシティの案件においては、クラウドと連携することによって、例えば大雪のときには、通行止めの状況や積雪量を検出するように遠隔で機能を変更するなど、状況に合わせて有益な情報を得られるように『設定』を変える仕組みも検討されています」
国内では、NECと取り組んでいる物流DXに向けた実証実験を進めており、倉庫の空き棚スペースをエッジAIで可視化。荷物の入出荷に関するデータを掛け合わせ、入庫やピッキングにかかる作業時間の短縮につながる最適な入庫スペースを提示するソリューションを開発している。AITRIOSの柔軟性の高さが引き出すのか、ソリューション開発を提案する中で、「こういうふうにも使えるのでは」といったインタラクティブな議論が生まれ、潜在的なニーズが返ってくることも多いという。
「スマホを誰もが使っているように、ゆくゆくはエッジAIを搭載したセンサーが身の回りのあらゆるところにあって、当然のように便利に使われている状態にしたいですね。それこそがソニーの目指すセンシングの社会実装であり、その先には安心・安全と高効率化に裏付けられた豊かな『センシング・ソサエティ』が実現すると思うのです」
子どもの頃からものづくりが好きで、「こんなことができたらいいな」という思いを抱え続けてきたと話す渡邊氏。AITRIOSをはじめとするソニーの取り組みも、つねに「今までになかった発想」を追求していると話す。
くしくも、前出の車載事業部の薊氏が転職を決意した「新しいことにチャレンジしたい」と同じ姿勢であり、コーポレートスローガンである「Sense the Wonder」(好奇心をもっと感じよう、もっと驚きと感動に満ちた世界にしよう)にも通じている。一人ひとりが情熱を持ち、驚きと感動に満ちた世界の実現を見据えて技術を磨くからこそ、新たな可能性を次々と切り開くことができているのではないか。
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