強いキャリアつくる「リスキリング」の本質とは 「自分軸」の明確化で継続的な学びを引き出す

これまでの延長上ではキャリアを構想できない時代へ
「人生100年時代」という言葉をよく聞くようになった。誰もが100歳以上を生きるかもしれない時代を迎え、多様な働き方が広まり、定年後も働き続けている人が増えている。65歳から69歳のうち働いている人の割合は2021年時点ですでに50%を超えている※1。
職業人生が延びる一方で、企業の「平均寿命」は意外なほど短いともいわれている。最初に勤めた会社1社で職業人生を完結させていた時代は終わり、これからはキャリアの転換を図りながら複数の職場を経験していく働き方が主流になるとみてよいだろう。また、仮に同じ企業に勤め続けるとしても、それまで蓄積してきた能力やスキルをそのまま活かせるとは限らない。
「環境変化のスピードが速まり、せっかく高度なスキルを取得してもその有効期限は短くなっています。積み重ねてきた経験こそが他者に負けない独自性を生み出すはずでしたが、不連続なビジネス変化は、過去の業務経験によって獲得した知見をたちまち無効化してしまうのです」(MRI研究員)
新型コロナウイルス感染症の影響で、世界は変動性や不確実性、複雑性、それに曖昧性の4つのキーワードで特徴づけられる「VUCAの時代」に入った。働く人=ビジネスパーソンにとっては、従来の延長上ではキャリア構想が不可能な「キャリア形成のニューノーマル(新常態)」が現実になってきたといえる。
そのような状況の中で近年注目されているのが、現役のビジネスパーソンが学び直しを行う「リスキリング(Re-skilling)」である。リスキリングでまず重要なのは、学びの「継続」と内容の「定着」だ。
「これからはAIの時代だから」と、社員全員にAIリテラシーに関する研修を受けさせるのがすばらしい施策であるのは当然だが、それだけで主体的かつ継続的な学びへと発展させることは難しい。デジタル技術の進歩が顕著に示しているように、テクノロジーの発達は旧来の知見を一夜にして陳腐化させてしまう。
だからこそビジネスパーソンには、今後3つのアクションが重要になる。第1に「ビジネス環境の変化を冷静に読み取ること」、第2にこれを踏まえて、「自身が追加・強化すべき能力や経験値が何であるかを見極めること」、第3に「学び直しと実践を通じて自己を変革し続けること」である。
一方の企業側には、社員の学び直しを重要な経営課題の1つとして位置づけ、社会や会社が向かっている方向と、今求められているスキルの具体的な中身を明らかにして、社員の自律的な学習行動を積極的にサポートする工夫が望まれる。
リスキリングに欠かせない「自分軸」の明確化
ビジネスパーソンがリスキリングを実践し、学びを継続する姿勢を維持していくには、キャリアを自ら創造しようとする強い意志を持つことが欠かせない。キャリア形成の羅針盤として価値観や人生観に基づく「自分軸」を持ち、「何を学び」、「どのようなスキルを身につけるか」を自ら考え、リスキリングに取り組む必要がある。

「自分軸」を明確化するための代表的な手法の1つに「Will-Can-Mustフレームワーク」がある。「やりたいこと(Will)」「できること(Can)」「求められていること(Must)」を考え、この3つが重なった部分(重なりの多い部分)を中心に考えていくと、自分に適したキャリア・プランを描くことができる。
「しかし、日本のビジネスパーソンはこのフレームワークをうまく活用できていないと感じます。民間のアンケート調査などでも明らかになっているように、日本ではそもそも『自分が人生やキャリアでどうしていきたいかわからない』という人が多い。Must、Canと違って、『Will=自分の職業人生を通してやりたいこと』は内面から自然に湧き上がってくるものであり、誰に聞いても教えてはくれません。Will、Can、Mustの重なるところを探す以前に、そもそもWillが不明であるためにこのフレームワークを使いこなせていないのではないでしょうか」(同)
仕事や人生で、自分は何を大切にしたいのか。どういう人間でありたいのか。自分なりの「価値軸」を自覚し、明確にするのは意外に難しい。そこで参考にしたいのが、「キャリアに関する価値軸の体系」(図)である。価値軸にはどのようなパターンがあるのかを明らかにするため、MRIが2021年7月に実施した「就業者1万人調査」で17の因子を示した。
「例えば、パスファインダー(未来を切り拓く)に該当する人は『構想実現力』が中核能力になります。日常の業務や生活の中で『失敗から学ぶ』『よりよい成果を導くため、打ち手を柔軟に切り替える』『責任感を持つ』などを意識することでその能力が獲得しやすくなり、自分が望む未来を切り拓きやすくなります」(同)

実践を通じて「レジリエンス・コンピテンシー」を身につける
前述のように経営環境の変化が激しい今日、新たな知見やスキルを身につけても短期間で陳腐化してしまう恐れがある。しかしそんな中でもぜひ身につけておきたい能力がある。「自己認識」「自己コントロール」「現実的楽観性」「精神的柔軟性」「強みとなる特質」「関係性の力」という6要素で構成される「レジリエンス・コンピテンシー」はその代表的なものだ。従来の企業研修などではあまりクローズアップされてこなかった能力だが、変化に強いキャリアを築いていくには欠かせない。
「いずれも表層的な『スキル』というより『マインドセット』、すなわち意識の持ち方に深くかかわる能力です。知識で簡単に獲得できるものではなく、実践を重ねて徐々に高めていく必要があります」(同)
その意味からも、変化に対応するために必要なこのレジリエンス・コンピテンシーは、一般的な座学型の研修では身につきにくい。最近では、より実践的な人材育成の枠組みを取り入れる企業が増えている。代表的な例は以下の通りだ。
【1】他社留学・留職……他社留学とは、他社業務などに一定期間従事する人材育成プログラムを指す。特徴は同規模や他業種への派遣などではない点だ。新規事業や組織変革の中心的な役割を担う人材を育成したいという大企業と、即戦力や組織づくりの支援を求めるベンチャー企業とを結びつけるマッチングサービスが生まれている。これを利用すれば、大企業の社員が自社に在籍したまま、ベンチャーの企業文化や業務スタイルを経験できる。留職とは、主に海外の企業や団体に一定期間赴任して業務を行う取り組みを指す※2。新興国のNGOのメンバーとなり、本業の知見や技術を活用して社会課題の解決に取り組む活動などが該当する。
【2】副業推奨……副業を認める企業が徐々に増えているが、副業を容認するのでなく、一歩進んで積極的に推奨する企業もみられる。他流試合を行ってもらうことを通じて、社員の自立や能力向上を促すねらいがある。
【3】社内副業制度……社内兼業制度とも呼ばれる。就業時間の一部を使って部門の枠を超えて従事できたり、業務時間の最大30%まで他部署の仕事を兼務できたりという制度を取り入れている例がある。さまざまな仕事を経験させることで社員の自己研鑽・自己実現をサポートする意味合いがある。人事部門などからの指示・命令に基づく一般的な「兼務」と異なり、社員本人の発意により行われる点も特徴である。

企業の離職防止策の1つとしてのリスキリング
社員のリスキリングに積極的に取り組む例が出てきている一方で、導入を躊躇している企業も少なくない。その背景は、社員自身のキャリア形成のためのリスキリングに力を入れてしまうと、それをきっかけに社員たちが離職意向を強め、人材が外部に流出するのではないかという懸念があるためだ。
しかし、最近は若い世代を中心に、職場で成長実感が得られることを重視する傾向が強い。このため企業は、リスキリング推進に消極的であることが逆に離職を促進してしまう可能性があることに注意が必要だ。
「もはやリスキリングの必要性が叫ばれる段階ではなく、効果的な仕組みをいかに早期に実装するかが問われています。先駆的な事例を広く共有しながら、企業と私たちビジネスパーソン、さらには政府が一体となってリスキリングに取り組み、日本全体の人材のレベルアップと変化対応力の向上を図っていくことがますます重要になってきています」(同)