商都大阪から、社会に「創発」を生み出すカギとは 大阪経済大学山本学長と中曽宏氏が語り合う
変化の波が激しい今こそ経済を学ぶ意味がある
山本 私は、環境や社会情勢が大きく変化している今こそ、経済を学ぶことが大切ではないかと考えています。改めて、経済学を学ぶ意義について、お話をお伺いできますでしょうか。
中曽 そうですね。経済学がなぜ大事かといえば、まず1点目は、論理的な思考力を高めることができるからだと思います。実社会にはさまざまな経済問題があり、政策が行われているわけですが、経済学の基礎的な理論を学ぶことで、それらに即して問題を解明する、あるいは政策を評価するときの1つの手がかりになります。
例えば最近の事例では気候変動対策です。脱炭素の目標を達成するには、経済活動を止めてしまうのが手っ取り早いわけです。化石燃料を使った発電を止め、生産も止め、輸送も止める。ただし現実にはそうはいきません。これらを止めると人々の日々の生活が成り立たなくなる。そこで、どのように気候変動対策を進めつつ成長を維持するか。相反する部分があるものを組み合わせる場合の最適解を求める手がかりになるのが経済学です。
経済学がなぜ大事かという第2点目は、先を読む力が身に付くことです。ある経済事象を引き起こすメカニズムを解明するのは1点目の話ですが、さらに奥へと進み、そこに潜む構造問題や社会問題に着眼することも経済学の大事な役割だと考えています。私自身の学生時代を振り返ってみると、「効率の追求か平等の確保か」といった現代資本主義における大きなトレードオフ(二律背反)を取り上げてゼミで演習をしたのですが、現在注目されているような格差の拡大などの問題について40年以上前に議論をしていたということになります。
山本 経済学というと、1点の均衡点を探すようなイメージもありますが、中曽さんが今おっしゃったように、現代は二律背反、二項対立するものが世の中に多くあって、それをどう解決していくかが重要になっているように思います。その時に、AかBか、あるいはその中間のCかというのではなく、そのどれでもないような曖昧さも大事になってきます。1つの解を探すのではなく、多面的な見方・考え方から多様な解を見つけ出す新しい枠組みが必要だと感じています。ただし、理論や構造がわかっていないと世の中はわからないという姿勢も大事ですから、そのあたりは学生にも伝えていかなければならないと思っています。
中曽 経済学的な観点からいうと、1つのモデルだけに依拠するのは危険です。そのモデルが正しいかどうかわからないわけですから。いろいろな角度から考えることが必要ですね。時には解がないこともあります。均衡点が複数あるケースもあります。ただ、いずれにしても経済学が、現実を分析するうえでの視点を提供するという点では有益だと思います。さらに、私が感じているのは、経済学は世界の人たちと議論するうえで必要な共通の論理的枠組みを提供するということも大きいですね。
商都大阪の経済の活性化に大学として貢献する
山本 少し本学の紹介をさせていただくと、大阪経済大学は経済学部、経営学部、情報社会学部、人間科学部の4学部で、学生数は約7000人という規模です。関西における経済・経営系私立大学としては、一定の認知を得ていると自負しています。
関西には中小のものづくり企業が数多く集まっています。そこで、中小企業の発展のために研究を進めているのも本学の特徴です。2019年には、中小企業診断士の登録養成課程も設置しました。また、32年に100周年を迎えるにあたり、本学のあるべき未来やありたい姿を示す100周年ビジョン「DAIKEI 2032」を策定しました。あわせて大阪経済大学ですから、大阪の経済発展に寄与していくという意志を明確に打ち出した、ミッションを掲げました。それが「生き続ける学びが創発する場となり、商都大阪から、社会に貢献する“人財”を輩出する」です。
「商都大阪」とあえて入れたのは、かつて大阪が栄華を誇っていた時代を取り戻すべく、本学が貢献したいという思いを込めています。
中曽 大阪はこれまで日本経済を牽引してきた、そしてこれからも牽引していくという意味で非常に重要な役割を担い続けると思っています。そのうえで、これまで商都といえば商工業のイメージがありましたが、これからは重層性や多様性を産業構造に加えていく必要があると思います。中でも有望なのが金融です。
国内で国際金融センターを目指す動きが進んでいます。東京のほか、大阪、福岡などが国際金融センターを標榜しています。アジアの中における日本の金融の力は一日の長があります。この力を活用し、大阪の企業だけではなく、サプライチェーンを構成しているアジアの企業の資金調達の場として機能を拡充していくことが国際金融センターとして求められます。特に昨今は脱炭素が大きな課題です。その実現のために必要な膨大な資金の調達を助けていくことが商都大阪に新しい多様性、新しい次元を加えていくことになるのではないでしょうか。
山本 大阪というと、どうしても、ものづくり、すなわち製造業の観点で発想しがちです。脱炭素でも、太陽光のパネルや蓄電池、電気自動車向けのリチウムイオン電池などですね。それだけでなく、アジアの資金調達の場になるという考え方は大事ですね。そこで、東京や福岡との違いはどのように打ち出すべきでしょうか。
中曽 江戸時代に幕府が公認していた大阪の堂島米市場は、世界に先駆けた先物取引所とされています。現在も、大阪取引所には先物取引などのデリバティブ(金融派生商品)取引が集約されています。先ほどの脱炭素にしても、排出権取引などは先物市場もないと十分に機能しないと思います。先物取引の伝統がある地として、大阪が存在感を発揮できるのではないでしょうか。
「創発」を生み出すために大学も変革すべき
山本 そのように大阪を活性化させていくためにも、やはり人材が不可欠です。人材を輩出する大学の役割も大きいと考えています。先ほど、本学のミッションをご紹介しましたが、その中に「創発」というキーワードを掲げています。「創発」とは、個と個が交わり相互作用するなかで、予期しなかったもの(新たな価値や成果)が生まれることを意味しています。
中曽 「創発」という考え方には私も大いに賛同します。「創発」を実践するためには、やはり多様性が前提になると思います。さまざまな人とインタラクティブ(双方向)に関与し切磋琢磨することで、「創発」の効果が出てくると思います。また、そのような環境に身を置くことで自分を相対化して見る目を養い、そのうえで、知の力が武器として加わることによって、社会や組織を変革する力が育まれるのだと思います。
山本 本学も産官学連携の取り組みを進めていますが、大学と企業、自治体との結び付きも多様性の1つですね。一方で、日本の大学では学生の年齢も18〜22歳が大半を占め偏っています。
中曽 学生のジェンダーや国籍も多様性ですが、もう1つ、いったん社会に出て経験を積んだ人たちがもう一度大学に集うような、いわゆるリカレント教育も大事だと思います。社会で経験したことから得られた知見を大学の教室、研究室に生かすのも多様性の1つのあり方だと思います。それにより、若い学生と社会経験を積んだ世代との間でも「創発」が誘発されるのではないかと思います。
山本 どちらかが教える側、どちらかが学ぶ側というのではなく、双方向で教え合い、学び合うことが大切ですね。
中曽 産業界と大学の役割も変化していると思います。かつては、大学で基礎力を身に付けた人材を社会に送り出すと、個々の企業がインハウスで育てるという分業が一般的でした。言い換えると基礎研究の大学と応用実用化の企業という役割分担がはっきりしていたのです。しかし、これからの大学に求められるのは企業や社会のニーズに応えていく受け身の対応ではなく、大学こそが社会変革を駆動するのだと、能動的に介入していく姿勢です。それが、「創発」効果を誘発していくことになるのではないかと思います。
山本 本学も、100周年を迎える32年までには、そのような新しい視点や新しい社会の枠組みをいくつも発信できるようになっていたいと思っています。「創発」を生み出せる人材の輩出に力を入れます。
中曽 多様性の中で活躍するためには、相手の話を誠実に聞く姿勢が大切です。ただしその前提として、自分のアイデンティティーをしっかりと持つことが大事です。自分としてどうしたいのかという考え方を明確にして議論に臨むことが必要です。さらに中身が大切です。高い知識と論理的思考能力がないと談論風発にはなりません。
山本 そのためにも、まずはしっかりと経済を学ぶことが大切ですね。本日はありがとうございました。