日立「人財管理基盤の世界統一」が生んだ効果 M&A後のPMIやジョブ型への移行もスムーズに
「グローバル人事」がつまずく共通の要因とは
「現在の人財戦略は、2009年の経営危機をきっかけに練り直しています」
日立製作所は、人財戦略で何を意識しているのか――。ワークデイ・正井拓己氏が最初に繰り出した質問に対するDeputy CHRO田中憲一氏の第一声がこれだ。「2009年の経営危機」とは、2008年に起きたリーマン・ショックの影響による7873億円の巨額赤字を指す。これは当時、国内製造業で過去最大だった。まさにどん底からの復活を目指し、抜本的な改革を断行してきたわけだが、注目は経営戦略の転換と人財戦略を連動させた点にある。危機的状況にありながら、目先の収益のみにとらわれず、人的資本の充実を重視させたのだ。
「『成長』がキーワードであり、事業と個人の成長を有機的に連動させていく必要があります。どんな事業でも、実現するのは人です。グローバル展開でも、国籍や性別に関係なく現地マーケットを知る人財が活躍できるようにしなくてはなりません。約37万人が “One Hitachi”で業務に取り組めるインクルーシブな組織にしようと考えました」(田中氏)
ところが、変革に着手した当時、人財管理のシステムやデータベースは各国・各事業体でバラバラだった。データを収集・分析するのに手間も時間もかかるうえ、限定的な情報しか把握できない状態だった。
「そこで、スクラッチでデータベースを構築し、タレント・マネジメント・アプリケーションと連動させるようにしました。しかし、人財データは日々利用しますし、作成されるものです。自動的に更新されないデータベースでは、データの陳腐化が避けられないと感じていました」(田中氏)
ワークデイ・正井氏は、この言葉に「それは、今もグローバル人事の共通課題です」と反応する。地域や事業ごとにシステムが分断されていると、グローバル共通の「組織・人事マスタ」が不在となるため、人事施策の展開が困難になるという。新規事業の参入やM&Aといったビジネスの変化にも弱い。事業の構造改革を目指す日立製作所にとって、解決しなければならない課題だった。
「グローバル化だけでなく、当時からM&Aを積極的に進めていましたので、さまざまな人財データをすぐ把握できるようにしたいと思いました。ジョブグレード(職務等級)や評価などのパフォーマンス情報だけでなく、スキルや志向といったキャリア情報や、採用・育成計画まで一元管理できれば、より高度な人財マネジメントが可能となるからです」(田中氏)
「3年間で10万人増加」に対応できた理由
その期待に応えられるシステムとして日立製作所が選んだのが、ワークデイの人財管理システム「Workday HCM」だ。数ある中からワークデイの製品を選んだ理由について、田中氏はこう説明する。
「検討を開始したのはもう10年近く前になりますが、Workday HCMは当時からUIの成熟度が高く、大規模な人財データを一元管理するシステムとして優れていました。グローバル展開を見据えていましたので、短期間で導入できて初期コストも抑えられるSaaS型のクラウドサービスであることも決め手となりました」(田中氏)
2016年からパイロット運用を開始し、18年から本格導入したWorkday HCM。人財データの同一基準化を実現した効果が表れているものの1つが、M&Aだ。「ビジネスを取り巻く環境の変化が激しい時代、いち早く人財データを統合・可視化して事業戦略に結び付けられるため、M&Aを積極的に推進する企業様の導入事例は非常に多いです」とワークデイ・正井氏も話すが、日立製作所のそれはスケールが大きい。
直近だけでも、米IT大手のGlobalLogicやスイス重電大手ABBからの電力システム事業買収など、大型M&Aを次々に実施している。この3年間で従業員数は約10万人も増えたが、Workday HCMの活用によって人財データが把握しやすくなり、事業と連動したPMI(経営統合プロセス)を早期に進められるようになったという。
「各社それぞれ、資格制度やジョブグレードが異なりますが、Workday HCMに人財データを反映すれば、日立のジョブグレードでどこに該当するかがすぐ把握できます。パフォーマンス情報も同一基準で見ることができるので、戦略的な人事施策が打ちやすくなりました。人財データを基にしたタレントレビューを活性化するなど、人財をさらに有効活用する取り組みも進めています」(田中氏)
戦略人事への移行は、より意欲的な人財戦略につながっているようだ。22年4月に発表した「2024中期経営計画」では、「成長へのモードシフト」を掲げてデジタル事業の「Lumada(ルマーダ)」をその核に位置づけ、24年度までにデジタル人財を9万7000人確保・育成する方針を打ち出している※。21年度のデジタル人財は6万7000人であり、3年間で3万人も増強することになるが、スピーディーな人財の把握とPMIが見込める人財管理基盤が整ったからこその施策だろう。
※2023年9月(予定)に持分法適用会社となる日立Astem
また、過去の人事データや会計システムなど、あらゆるデータを取り込める機能「Workday Prism Analytics」を活用することで、「データ収集のため様式を都度作成する必要もなくなり、DE&Iの状況把握もグローバルレベルで容易になった」(田中氏)という。「国や地域、組織を超えたグローバルな人財データ活用の理想的な例」とワークデイ・正井氏も舌を巻く。
会社も従業員も成長する日立流の「ジョブ型」
日立製作所の人財戦略といえば、ジョブ型人財マネジメントへの移行も有名だ。2013年から転換を進め、37万人超の全従業員に適用しようとしている。
「ジョブ型には冷たいイメージもつきまといますが、日立製作所が重視するのは『適所適財』。多様で主体的な人財が、それぞれの違いを生かして能力を最大限に発揮することが大切だと考えています。従来のメンバーシップ型では、同じ総務部長でも人によってやりたいことが違ったかもしれません。そのポジションで求められる職務や責任を定義するとともに、必要な経験やスキル、コンピテンシーを明確にすれば、キャリアパスも描きやすくなります」(田中氏)
このジョブ型への移行を進めるため、21年から国内で導入したのがジョブディスクリプション(職務記述書、以下JD)である。約450の職種に求められる仕事の内容やスキル、経験、コンピテンシーを定義した「標準JD」を基に、国・地域・事業体ごとのポジションに落とし込んだ「個別JD」を設定。もちろんWorkday HCM上でアクセスできる。
「JDによって、まず自分の仕事の内容が明確化されます。めざすポジションでどんなスキルや経験、コンピテンシーが求められるかを把握できますので、そこをめざすにはどんな努力をすればいいかもわかります。上長と部下の間で『今の仕事はこれだけど、次はどうしたい?』といったキャリアに関する対話も、JDを参考にすることでより具体的なものとなります」(田中氏)
このように、人財マネジメントの基盤としてのみならず、コミュニケーションのハブとしての機能も生かすため、社内への周知も丁寧に展開。管理職クラスには、部下の成長をサポートするため、Workday HCMに部下が登録したスキル、職務履歴や興味のあるキャリアなどを活用する方法を伝えているという。職務と人財のマッチング度を高め、一人ひとりの働きがいやエンゲージメントの向上にもつなげようとしているのだ。
「新規事業などのチーム組成やマッチングを行う際には、Workday HCMに従業員が登録したスキル・経験・資格情報などを参照し、積極的に活用しています。経営層から一般社員まで、イノベーションのもととなる人財データにすぐにアクセスできる点が魅力だと思います」(田中氏)
「データとテクノロジーでサステナブルな社会を実現する」という目標を掲げ、V字回復を遂げた今も、会社と従業員双方の成長を希求し続ける日立製作所。今後は、研修や学習などの履修記録管理ができる「Workdayラーニング」を導入するほか、23年10月からは社内外副業を試行的に開始する予定だ。
「日立製作所様は、経営戦略と連動させたうえ、ジョブ型の人事制度の導入などを通してマインドセット変革を促しているからこそ、有効な人財データの利活用を進めることができているのだと思います。いくら素晴らしいソリューションであってもシステムを導入するだけでは何も変わりませんので、このような変革を伴う活用事例を多くの方に知っていただきたいと思います」とインタビューを結んだワークデイ・正井氏。グローバル人事で課題を感じている企業はもちろん、ジョブ型への移行で苦労している企業にとっても参考になるのは間違いないのではないか。