「新卒390人のDX人材育成」が現場に起こす変革 製造業の悲願「止まらない工場」はどう生まれる

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工場のDX
2017年に設立された「ダイキン情報技術大学」を通じ、DX人材の自社育成に乗り出したダイキン。100名の新入社員を約2年間、学習に専念させるという大胆な育成戦略は累計390名の修了生を輩出し、多様な部門でDX推進の中心的役割を果たしている。DX人材の育成において類を見ない取り組みが生んだ現場の変革とは。修了生が挑む「止まらない工場」実現の取り組みを通じて、製造業の現場DXの推進に1つの答えを見いだした、ダイキンの現在に迫る。

手作業の速度ロスを防ぐ「予測」の仕組み

業務用エアコン室外機の製造を主に行うダイキン・堺製作所臨海工場では、デジタル技術を駆使して製造現場のプロセス改革を実行している。目指すのはさまざまな要因によって引き起こされる作業ロスをなくし、つねに安定稼働する「止まらない工場」の実現だ。

あらゆる製造業にとって、生産ラインで起こる作業ロスは企業競争力に直結し、致命的な問題を引き起こすリスクとなりうる。その中でも最も大きな割合を占めるのが、手作業の遅れによる速度ロスだ。それは複雑な空調機器の製造工程の中で、人の手作業が欠かせないダイキンの生産ラインも例外ではなかった。

ダイキンでは1つのラインで複数機種の組み立てを行っており、機種によって作業の内容や時間が変わる。現場環境としては、人的要因による速度ロスが起こりやすく、臨海工場でも改善を行うために個人が組み立て作業にかかる時間をストップウォッチで計測し、ポイントを洗い出す作業も行っていたが、膨大な工程を変えるには限界がある。

そうした状況を抜本的に変えたのが、情報技術大1期生の岸田啓史氏が中心となって開発した、デジタルツイン機能を備える生産管理システムだ。

生産管理システム・インターフェース
ラインの稼働状況をリアルタイムで反映。遅延の原因を一目で把握できる

このシステムでは、組み立てラインの各作業工程の真上に設置したカメラとセンサーで作業担当者を撮影。詳細な動きと作業時間の計測を自動化し、作業者の動きを基に各製造工程の製造状況をクラウド上にリアルタイムで再現。作業の正常・異常の判断や停滞の予測を行うことで、人的要因による速度ロスを未然に防ぐことが可能となった。

現場カメラとセンサー
作業時の様子をカメラとセンサーで捉えることで、精度の高い予測を可能にしている

情報技術大修了生が生んだ「作業ロス4割減」の衝撃

特筆すべきは、データの取得・分析からシステム開発に至る全体のプロセスを、すべて自社で内製しているという点だ。現場へのデジタル技術導入を外部のコンサルタントなどに頼る企業が多い中、内製にこだわり成果を出せた大きな要因は、自社育成の人材だからこそできる現場へのアプローチ方法だった。システムの中枢である「人の動きの計測」を担った岸田氏は、「いちばん時間をかけたのは、製造現場について知ることでした」と明かす。

ダイキン工業 テクノロジー・イノベーションセンター 岸田 啓史 氏
テクノロジー・イノベーションセンター
生産システム革新グループ
岸田 啓史 氏

「作業中の人の動きを捉えるには、各機種・各工程でどのような作業を行っているのかを知る必要がありました。加えてデータと作業者の動きを照らし合わせるために、工場全体を管理するネットワークの知識も欠かせません。臨海工場に通って、製造部や工場のIT管理者といった各プロセスの担当者へ毎日のように聞き込みをしました」(岸田氏)

さまざまなセクションに細かくヒアリングを行うことで、現場課題に即した効果的なシステム開発ができることは、自社育成だからこそのメリットといえるだろう。そうした岸田氏の熱意と本取り組みを含め、現場の知見を生かして開発されたさまざまな生産管理システムは、停滞による時間やコストのロスを2019年度比で3~4割減少させる好結果をたたき出す。岸田氏が現場に配属されてから、わずか2年余りの出来事だった。

「現場とチームが一体になって課題解決にアプローチする体制をつくれたことが、いい結果につながった要因だと思います。周りの皆さんが、好意的にいろいろなことを教えてくれたのは、『情報技術大卒の若手』という看板が信頼されていたことも大きかったですね」(岸田氏)

「止まらない工場」の取り組みを主導する高山正範氏は、現場のDXを推進する即戦力として期待される情報技術大修了生をこう評価する。

ダイキン工業 テクノロジー・イノベーションセンター 生産システム革新グループ リーダー 高山 正範 氏 
テクノロジー・イノベーションセンター
生産システム革新グループ
リーダー主席技師
高山 正範 氏 

「現場に深く入り込み、当事者意識を持って課題へコミットできるのは、自社で育成した人材だからこそできること。当初、製造現場では情報技術大修了生が入ることでどうデジタル技術の活用につながるかイメージが湧かないという声もありましたが、プロトタイプの製作やそれに伴うフィードバックで柔軟にコミュニケーションを取り、信頼を築くことで現場のDXが一気に進みました。プロセス改善につながる実効力のあるシステムを、外注に頼らず内製で開発できたのは今後につながる大きな成果。社内に高度なDX人材がいるメリットは計り知れないと実感しています」(高山氏)

外部人材の採用より「自社育成」にこだわる理由

2017年に情報技術大を設立してから約6年、修了生は累計390名を数えた。メンバーは営業・開発・製造・管理などあらゆる部門に配属され、各現場のDX推進を支える存在になっている。

テクノロジー・イノベーションセンター 主任技師 下津 直武 氏
テクノロジー・イノベーションセンター
データ活用推進グループ
主任技師
下津 直武 氏

「各部門にデジタルの知識・技術を持った情報技術大修了生が配置されることで、会社全体でDX推進の機運が高まると同時に、その旗振り役としてニーズが高まっているのを感じています」。テクノロジー・イノベーションセンターで情報技術大の運営とDX人材の育成に携わる下津直武氏は、そう手応えを口にする。

ダイキンでは次代を見据えた競争力向上のため、空調機器の製造・販売にとどまらず、情報を活用することで、新たな価値の創出やソリューション開発を強化している。そんな未来の核となりうる事業革新に求められたのが、「自社事業に特化したDX人材」だった。

「情報技術大を設立した背景には、社会的にデジタル人材の獲得競争が激化していたことがあります。ダイキンのような機械メーカーでは、外部から十分な数の情報系技術者を採用することが難しい。トップの決断もあって、新卒社員を中心に大規模な社内教育を開始しました。

情報技術大を運営する中で改めて認識したのが、作業効率化や技術力向上につながる『デジタル・AIの知識』の導入だけであれば、外部デジタル人材の採用で事足りるということです。しかし自社の将来を左右する事業の推進においては、それに加えて独自技術や顧客ニーズ、空調の納入現場など、ダイキンのビジネスに関わる知識を併せ持った、自社の課題に深くコミットできる人材が必要となります」(下津氏)

情報技術大では技術系新入社員の中から約100名を選抜し、2年間学習に専念して専門知識とスキルを習得する。2年目に複数部門に配置して取り組むPBL(課題解決型学習)を導入し、「ダイキンの現場」に適したDX人材を育成するのが特長となっている。

20年春に初の修了生を輩出してから3年余りが経過し、「止まらない工場」の取り組みを筆頭に、さまざまな成果が上がっている。東京大学発ベンチャーのフェアリーデバイセズと共同で進める、遠隔地の現場作業支援システム開発もその1つだ。作業者の動きをウェアラブルデバイスを通じて撮影し、その動画を解析するためのシステム検討に情報技術大生が深く関わっている。より高い付加価値を作業者に提供できるよう、情報技術大で学んだ知識をベースに、さらに高度なシステム開発技術を吸収しながらプロジェクト推進に大きく貢献しているという。

DX人材のつながりが社内に起こす「変革の波」

社内外でさまざまな成果を生み出し、ダイキンのDX戦略においても重要なプログラムとして位置づけられる情報技術大。今後の発展の可能性として、より事業の変革にコミットできる人材育成のために、自社の事業や現場の理解を深める機会を増やしたいと下津氏は話す。

「デジタル技術を理解し、現場の課題を解決するフェーズにはある程度到達できました。次の課題は空調を中心とした自社事業における固有の技術とデジタルを融合し、ソリューションの創出や、イノベーションにつながるDXを進めるための取り組みです」

その機会創出の取り組みとして、情報技術大では23年度からOJTを中心とした現場教育を強化し、既存事業への理解を深めていくことを検討している。現場の課題解決はもちろん、自社事業をさまざまな視点から捉えて変革を担う力も養うことが目的だ。また下津氏は、情報技術大修了生同士の横の連携が、今後全社でのDX推進において重要と話す。

「いずれ各部門に配属されて課題に直面したとき、1人で抱え込むのではなく、あらゆる部門にいる情報技術大修了生の広いネットワークを使って解決の道を探ることができます。このつながりが、きっとDXを推し進めていくうえでも財産になるはずです」

全社的なDX推進に向けた戦略立案にも携わる岸田氏は、未来への展望をこう語る。「今後は部門同士をデジタルでつないでいく取り組みが欠かせません。より大きなシナジーを生み出せるよう、私を含めた情報技術大修了生が中心となって、その一翼を担えるとうれしいですね」。

ダイキン全社のDXをリードする取り組みとして存在感を増す情報技術大。製造業が課題として抱える現場のDX推進において、「DX人材の自社育成」こそが現場に変革やイノベーションを起こし、事業を成長させる1つの最適解であり、日本にとっての新たな勝ち筋ともいえるだろう。

「AI人材育成をはじめとしたダイキン独自の様々な育成プログラム」

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