新ビジネスの最適解は「答えのないアート」から 有楽町の街がつなぐ「人と企業とビジネス」の今

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「YAU STUDIO」の様子
「YAU STUDIO」の様子。アーティストとビジネスパーソンが協働する(撮影=加藤甫)
ほかにはない面白さや楽しさに出合える──。そんなワクワクを感じさせてくれる街にどんどん変貌しつつあるのが、有楽町だ。有楽町では今、アートと共存する都市のあり方を探るアートアーバニズムの実証実験が進んでいる。アートアーバニズムとは何か、アートは街をどう変えるのか。「有楽町の今」を取材した。

日本有数のビジネス街が新たな価値観を取り入れる

街づくりにアートを生かす──。そんな新しい取り組みが今、有楽町で始まっている。それが、大手町・丸の内・有楽町(大丸有)の街づくりに130年携わってきた三菱地所やNPO法人大丸有エリアマネジメント協会が行う有楽町アートアーバニズムプログラム、「YAU(ヤウ)」だ。

しかし、大手町から有楽町にかけて広がる日本有数のビジネス街・大丸有エリアでなぜアートなのか。

YAU実行委員会として活動する、三菱地所 プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 チーフの中森葉月氏は、街づくりにアートを取り入れる理由をこう説明する。

三菱地所 プロジェクト開発部 中森 葉月 氏
三菱地所 プロジェクト開発部
有楽町街づくり推進室 チーフ
中森 葉月氏

「大丸有は日本の経済発展を支えるビジネスセンターとして発展してきました。しかし、今後も魅力的な街であり続けるには、別の価値観やKPIによるアプローチが必要なのではないか、大丸有という街にこそ新しい価値を生み出し育てることのできる場が必要なのではないか。そのように考える中で、2020年に検討会を開き、さまざまな分野の有識者と議論を重ねてきました。そして、『この街にはクリエイティブな要素や多様性が必要なのではないか?それをもたらすのはアーティストではないか?』という仮説が立てられたのです」(中森氏)

アーティストがこの街にやってきて活動するには何が必要なのか。その仕組みをどう街にインストールするか。それらを試すプログラムとして22年からスタートしたのがYAUというわけだ。

「YAUが掲げるアートアーバニズムは、アートとアーバニズム(都市計画)を掛け合わせた造語です。アートアーバニズムは、CSRのような形でアートやアーティストを支援するにとどまるものではありません。アートやアーティストの想像力が、街やそこで働く人、買い物などで訪れる人にどう働きかけ、街をどう変えていくのか。それを実証する取り組みなのです」(中森氏)

企業とアーティストが互いに刺激を与え合う

「YAU STUDIO」の様子
二人一組になり、互いに感じたことを受け止め合う。自身や他者の内なる発想と向き合う体験

アートやアーティストのクリエイティビティを原動力に、街を活気づける。これまでにないアプローチだからこそ、YAUではさまざまな方向から可能性を探っている。第一段階では、有楽町駅目の前のビルの中にアーティストの創作活動や交流の場となるスタジオを開設。これまでにスタジオを利用したアーティストは300名を超え、ビジネス街でアーティストが活動・交流するベースを築いてきた。第二段階に入った今は、この街で働く人々とアーティストを結び付ける試みとして、マネジメント人材の育成やトークセッション、ワークショップなどの取り組みを、東京都と一部共催する形で行っている。また大丸有という街が新たな価値観を取り入れたように、多くの企業が「これまでとは違う価値観やKPIが必要」と考えていることから、YAUはアーティストと企業が継続的に協働し、相互に刺激を与え合えるようなサポートを行う企業連携プログラムもスタートさせた。

その1つが、全日空商事の新規事業開発における美術鑑賞プログラムだ。アート初心者のビジネスパーソンに対し、アーティストが講師を務めるプログラムだが、作品の背景や鑑賞方法を教えるわけではない。参加者は二人一組になって「この作品から何を感じたか」を語り、もう一人はそれを聞く。お互いが感じたことを言語化し、受け止め合うのだ。企画した全日空商事 事業創造室 新規事業開発チームの橋間有里氏は、美術鑑賞プログラムの狙いをこう説明する。

全日空商事 事業創造室 橋間 有里 氏
全日空商事 事業創造室
新規事業開発チーム
橋間 有里氏

「私たちはアートを前にすると、アーティストの想いや美術的な理解を酌み取らなければと思いがち。だからこそ、講師が説明しすぎず、参加者が想像する余地・余白を残したプログラム設計を心がけました」(橋間氏)

アートを通じて内面に向き合う新鮮な体験

アート作品を見て自由に感想を述べる。そこには正解も不正解もない。参加者の主体性に任せることで、美術鑑賞の楽しさを体験してもらうプログラムとなった。

「ビジネスの場に身を置いていると、つねに総合的な判断や正解が求められます。このプログラムではあえてそこから距離を取り、肩書や役割にとらわれずに、お互いにアート作品を鑑賞しての感想や想いを語り合います。仕事仲間の新たな一面を見つけられるという点では、チームビルディングなど、企業研修としての活用ニーズもあると感じています」(橋間氏)

全日空商事がアートに関する取り組みを始めた背景を、橋間氏はこう話す。

「当社はANAグループの商社機能を担っており、コロナ禍では当社を含むグループ全体が大きな影響を受けました。そんな中、21年に事業の多角化を目指し、創設されたのが事業創造室です。新規事業の1つとしてアート作品のEC販売を始めた際、『作品そのものだけでなく、アーティスト自身のものの見方や制作のプロセスにもアートの面白さがある』と気づいたのです」(橋間氏)

しかし、専門的な分野のため、企業がアーティストと協働したいと思っても、その入り口を見つけるのは一苦労だ。接点を模索する中で出合ったのがYAUだったという。

「アートに関わるいろいろな方が集うYAUのスタジオにお邪魔し、イベントに参加したことで、アートの現場で何が起きているのか、何が求められているのかを身をもって体感することができました。YAUにはアーティストやアートマネジャーを紹介してもらったほか、当社事業全体へのアドバイスや今回の美術鑑賞プログラムの枠組み構築のサポートもしていただきました。今後は、この事業を通じて私たちが得た知見やネットワークをYAUに還元したいですね」(橋間氏)

有楽町でアーティストと出会い人と街が変わっていく

YAU実行委員会の中森氏は、企業とアートのコラボレーションの可能性についてこう話す。

「アーティストの方々と接していると、作品づくりに対する尊敬の念とともに、アーティストとは『自分のアウトプットが世の中を少しでもよりよくすると信じている人』のことだと感じます。そうした彼らの生き方に触れることで、企業やビジネスの場で受け身でなく『こうしたほうがいい』というアクションを起こせる人が増えるのでは。柔軟に変化する有楽町は、違う価値観の入る余白がある場所。ここでいろいろな会社や人と協働していきたいですね」(中森氏)

アートを入り口に、これまでとは違う発想で世界を見て、人と人がつながり合う。そんな新しい世界が有楽町ではすでに始まっている。

有楽町アートアーバニズム「YAU」の詳細はこちらから