異業種の経営層が真剣に議論する「他流試合」 経営者・役員になる準備が必要な根本理由
日本のビジネスパーソンは経営者になる準備が足りない?
——日本の経営者が置かれている状況について教えてください。
伊藤 かつて、日本企業に対する海外の見方は、「最先端」「高品質」といったイメージで、それを記憶している日本人は多いと思います。しかし、私がこれまで関わった海外の企業やビジネスパーソンにアンケートを取ったところ、日本企業のイメージで最も多かったのは「決断が遅い」でした。残念ながら、実際にその傾向は強く、判断に時間がかかった結果、品質や納期にも影響が出ています。つまり、日本企業がいまだに世界の最先端だと思っているのは日本人だけで、グローバリゼーションが進む中、経営陣として必須のグローバルセンスが欠如している場合が少なくないということです。
一方、米国の著名な心理学者は、やり抜く力こそ社会的に成功を収める最も重要な要素であるとして、「GRIT」という概念を提唱しています。GRITとは、「Guts(闘志)」「Resilience(粘り強さ)」「Initiative(自発)」「Tenacity(執念)」の頭文字を取った言葉です。実は、これらは日本のリーダーたちが大切にしてきた価値観で強みともいえるものです。こうしたソフトスキルまで研究、体系化されて人材育成・能力開発が可能になってしまうと、これまでの強みまで失われてしまうかもしれません。
曽根原 経営者の仕事を知らないまま経営者になる人が多い点も大きな課題ですね。日本企業では、現場の担当者として優秀な人が部長になり、部長として優秀な人が役員に昇格します。これ自体が悪いわけではないのですが、現場の担当者や部長の延長線上に経営者の仕事があるわけではないので、経営者になる準備が圧倒的に足りないまま役員になるケースが多いのが現状です。これは、役員・経営幹部を対象に実施した意識調査※でも如実に表れていて、経営者の育成は日本企業における喫緊の課題だといえます。
また、伊藤さんがおっしゃっていたグローバルセンスもそうですが、自社や自分の仕事については詳しい一方で、外部や世の中の動きにあまり目を向けない傾向があります。
伊藤 確かに、社会情勢に無頓着な人が多いですね。世の中の流れとしてデジタル・IT活用という言葉はもはや使い古された感がありますが、世界的な外資系企業の経営者と比べると、圧倒的にITリテラシーやテクノロジーへの理解・興味レベルが低い。あまりにも自分が属している事業ドメインしか見ていないのです。
視野が広がり、自社の常識が覆る異業種との「他流試合」の効果
——経営者として必要な知見を備えた人材を育てるために効果的な方法はありますか?
伊藤 世の中の動きに対する好奇心を高めなければいけません。いろんなことに興味・関心を持つことができれば、おのずとさまざまな分野のリテラシーが上がっていくはずです。そして、「自分ならどうするか」というシミュレーションを習慣化することが効果的で、判断のスピードにもつながっていきます。
また、異業種の経営層、あるいはその候補者との「他流試合」が効果的です。日本企業は人材の流動性が低く、自社の中しか知らない人が多い。しかも社内の地位が高くなればなるほど同じ組織で育った人間しか残っていないので、どうしてもそこから得られる知識や情報は限定的なものになってしまいます。
ただし、単に外部と交流すればいいというわけではありません。大切なのは、本気で意見をぶつけ合うことを通じて学び合うという経験です。経営幹部の皆さんは多忙を極めているので、会うとしても同業や顧客の経営層だけで、1時間くらい話して終わりでしょう。異業種の経営層とバチバチやり合うことはまずありません。一方、海外では経営幹部向けのシンポジウムをはじめとする実務の場やEMBA(Executive MBA)、経営サロンなど、そのような場をフルに活用しています。
曽根原 日本では、いわゆる異業種交流の場で経営者同士が情報交換することはありますが、お互いに意見をぶつけ合って本質的な議論を行うことはまずありません。そこで日本能率協会では、「新しい時代・未来を切り拓く経営者・幹部を育成するための、本格的な長期教育機関」として「JMAマネジメント・インスティチュート(JMI)」を1990年に開講しました。これまでの修了者は5000人以上で、日本のみならず世界で活躍しています。
JMIは「社会を変える、明確な理念と実現力」の醸成を第一義として、本気の対話を繰り返すことを大切にしています。例えば、フラッグシップのエグゼクティブ・マネジメント・コース(EMC)は、8カ月間の長期プログラムで、異業種から集まった経営幹部が互いに胸襟を開くセッションからスタートします。そして、各単位で提示される経営テーマに対し、さまざまな角度から「自分はこう考える」と主張して議論する場があり、「他流試合」で切磋琢磨してもらっています。
伊藤 EMCには、講義や議論と並行してメンタープログラムが行われていて、私はそのメンターの一人です。具体的には、参加者が現在のビジネスやキャリアに関して考えていることについて対話をし、解決へのヒントを探ります。われわれは業務上の守秘義務を負っていることもあり、安心して意見交換をしています。
メンタリングは、日本ではあまり浸透していませんが、世界的な外資系企業の役員たちは当たり前のようにやっています。私は日本以外に、欧米や中国の企業でそれぞれ社長や役員を務めましたが、役職が上がるほど孤独になり、相談相手が少なくなってしまうのが経営者というものです。しかし、海外では、役職が上がれば上がるほどメンタリングを活用し、自己成長につなげています。言ってみればリーダーになってもなお、つねに成長し続けるよう自己研鑽を継続しているといえるでしょう。
曽根原 日本企業における人材育成の流れを見ていくと、15年くらい前までは部長以上の研修はほとんどありませんでした。それでもやっていけた時代があったわけですが、今はそれで済む時代ではなくなっています。2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、取締役のスキルマトリックスを明確にせよと打ち出されました。要するに、「自社のビジネスに合ったスキルを持った人たちが取締役を務めているかどうか証明せよ」と求められているのです。取締役のスキルを明確にすれば当然、その下の執行役員や部長クラスのスキルも明確にし、能力開発を進める必要があります。
JMIではさらにそこから進んで、「なぜ、自分たちはこのビジネスに取り組むのか」というWhyや理念、思いを重視したプログラムを展開し、経営者を疑似体験することで、経営者になったらすぐに使える考え方や実践力を身に付ける演習も実施しています。そして長期間にわたる異業種の経営幹部との「他流試合」を通じて、参加者たちは同志となり、修了後も互いに切磋琢磨したり応援したりする関係が続いていきます。
経営のあり方が激変する中で求められる経営人材の育成
——時代とともに大きく変化する経営環境に対し、重視すべきポイントは何でしょうか?
伊藤 リーダーは人に言われてなるものではなく、「こうあるべき」というビジョンがあって初めて人と組織を導くことができます。グローバルリーダーと同じ土俵に立つためには、このソフトスキルが不可欠です。
日本のビジネスパーソンの多くは、「自分が社長になるんだ」という心構えで仕事をしていません。会社から与えられた仕事をしっかりやった結果が認められて選ばれたから、「図らずも社長に選ばれました」といった就任あいさつになる。ところが海外のビジネスパーソンは、「自分がトップになるんだ」という気持ちで20代からキャリアアップのために能力を磨いています。
ハードスキルでは、デジタルとグローバル市場への理解が必要です。例えば、人材をグローバル市場という観点から考えたとき、日本企業は人事評価や能力開発の部分が欠けていることが多いです。それでも日本企業ではなかなか人は辞めませんが、海外では継続的に人材へ投資しなければどんどん辞められてしまいます。先進諸国の中で30年前と新卒給与が変わっていないのは日本ぐらいで、ほかの国は3倍に上がっていたりします。すでに若い人の中では、日本企業をどんどん辞めて外資系やベンチャーに移っていくという流れができていますから、これを放置すれば大変なことになることは容易に想像できるのに、無関心な人が多いと感じます。人材採用や育成に限らず、海外の企業は日本企業とはまったく異なるルールで事業を運営していますので、「日本は日本のやり方でいい」では済まないと気づかねばなりません。これはここ数年で私が最も懸念していることです。
曽根原 確かに、経営や競争のあり方は大きく変わっています。これからはESGやサステイナビリティーを重視し、未来の社会に向かってよりよい企業や事業をつくることが本筋になっていきますから、社内ばかりに目が向いた経営では立ち行かない。もちろん競争はありますが、世の中のさまざまな動きを取り込んで社会課題を解決しながら、社会と共生できる企業づくりができる人材が求められています。
JMAは、そのような中でも本物のリーダーや経営者を輩出する役割を担いたいと考えていますので、チャレンジしたい人にはぜひ、門をたたいていただきたいですね。