予防医学の新しいフェーズ「ゼロ次予防」とは 千葉大学が産学で進める健康まちづくり「WACo」

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生活習慣が健康に影響を及ぼすことは知られているが、その生活習慣に影響を及ぼす「社会環境から整えよう」という考え方が「ゼロ次予防」として注目されている。医学研究などから得られたエビデンスに基づき、都市・空間をデザインする研究について、千葉大学の取り組みを追う。

取得した3万平方メートルの土地を生かし新構想が始動

2023年、千葉大学で大きな新構想がスタートしている。千葉大学は22年秋、西千葉キャンパス(千葉市稲毛区)に隣接する東京大学生産技術研究所跡地のうち約3万平方メートルの土地を取得した。この土地を生かし、「西千葉well-beingリサーチパーク構想(仮称)」として、同学が強みを有する研究分野を中心に、企業との共同研究による産学連携・地域連携やディープテック(先端技術による課題解決)分野でのスタートアップ創出などを加速させる考えだ。

千葉大学予防医学センター長の森千里教授は、「中でも、本学が強みを持つ、予防医学の観点での健康空間・まちづくりの研究や実証実験に大いに活用できると期待しています」と語る。

千葉大学大学院医学研究院教授
千葉大学予防医学センター長
エコチル調査
千葉ユニットセンター長
森 千里

健康空間・まちづくりの取り組みについて、千葉大学は早くから実績を積み重ねてきた。森教授は「07年には、民間企業との共同研究で『ケミレスタウン®・プロジェクト』と呼ぶ、シックハウス症候群を予防する住空間を研究開発するプロジェクトを開始しています。総計で28社の企業の参加がありました」と紹介する。「ケミレス」は「ケミカル(化学物質)」と「レス(少ない)」をつなげた、 可能な限り有害な化学物質を削減するという意味の造語で、千葉大学の登録商標だという。

まちづくりについても、柏の葉キャンパス駅(千葉県柏市)周辺における「ウォーカブルな(歩きやすい)まちづくり」や、「ふなばしメディカルタウン構想(千葉県船橋市)」などの受託研究に同学が参加している。

「これらによる研究成果を基に、共同研究に参加いただいた企業の皆さんが、自社の商品・サービスとして販売されている例も少なくありません」と森教授は話す。

基礎研究にとどまらず、すでに社会実装も実現している点は注目に値する。well-beingリサーチパーク構想の始動により、健康空間・まちづくりを、実際に検証する機会もさらに増えることになりそうだ。

「OPERA」への採択で注目される「ゼロ次予防」という概念

森教授は「2018年には、本学の『ゼロ次予防戦略による Well Active Community(WACo)のデザイン・評価技術の創出と社会実装』が、科学技術振興機構(JST)が公募する産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)『共創プラットフォーム育成型』に採択されました。本学のこれまでの取り組みも評価されたものと自負しています」と語る。

「ゼロ次予防」とはどのような考え方なのか。予防医学センターの花里真道准教授は次のように答える。

千葉大学
予防医学センター
健康都市・空間デザイン学分野
准教授
花里 真道

「疾患の予防については、健康づくり・保健指導などの1次予防、健康診断などの早期発見・早期介入による2次予防、治療・リハビリなどの3次予防があります。最近ではさらに一歩進んで、疾患の原因となる生活習慣に影響を及ぼす社会環境や都市空間や構造などの物理環境から整えようという考え方が広がりつつあります。これが『ゼロ次予防』です。WACoではその名のとおり、暮らしているだけで健康で(Well)活動的(Active)になるコミュニティー(Community)づくりを目指しています」

花里准教授の専門は健康都市・空間デザイン。千葉大学が予防医学センターに建築学の専門家を擁しているのもまさに健康空間・まちづくりを目指しているからだ。欧米では「ゼロ次予防」の概念が注目されつつあり、実際に社会実装も始まっているという。

花里准教授は、「本学OPERAでは、『WACo』実現のため、3つのキーテクノロジーとして、『デザイン・実装技術』『データプラットフォーム』『指標開発・評価技術』の開発を行いました。コンソーシアムにはこれまでに、延べ25の企業の参加がありました」と紹介する。

まさに研究から得られたエビデンスに基づいた都市・空間のデザインに取り組んでいるわけだ。それぞれのキーテクノロジーについても、「デザイン・実装技術」ではデザインツールの開発、「データプラットフォーム」ではSNSも活用したアプリによるデータ収集やデータベース構築、「指標開発・評価技術」では10問の質問により高齢者の要支援・要介護認定リスクを評価する「要介護リスクスコア」など、複数の成果が生まれている。「要介護リスクスコア」は実際に自治体が活用しているという。

さらに期待が高まる産学連携の取り組み

実は、森教授は森鷗外のひ孫に当たる。鷗外は幕末、津和野藩(島根県)の典医の家に生まれた。文豪として知られるが、明治維新以降の日本が「富国強兵」を目指す中で重視した公衆衛生学をドイツで学んだ。

22年は鷗外の没後100年に当たる。森教授は「鷗外が取り組んだ予防医学や衛生学を私が引き継いでいます。この縁を大切にしながら、鷗外が目指した健康まちづくりを本学で実現したいと願っています。JSTのOPERAは6年間のプログラムで、本学が22年が5年目です。OPERA終了後もWACo共創コンソーシアムは継続していきます。引き続き、多くの企業の皆さんにご参加いただきたいと考えています」と話す。

これまでコンソーシアムに参加した企業は、「現場での取り組みを定量化し、学術的根拠に基づいて検証されることが、信頼性の向上や社会実装につながる」と、そのメリットを感じているようだ。

花里准教授は「デベロッパーや住宅産業などまちづくりに関わる企業だけでなく、情報通信、モビリティー、食品などさまざまな企業の参加があります。『こんなことはできないか』といった相談でもよいので、ぜひお寄せいただきたい」と話す。多くの企業が参加することで、日本発の「ゼロ次予防」の仕組みが生まれ、普及することが期待される。