「グッドデザイン賞」受賞で、企業は何が変わる? 「デザイン」が、ビジネスや社会にもたらす変化
グッドデザイン金賞受賞
aba
排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」
2022年度グッドデザイン金賞を受賞した排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」。ベッドに敷くだけで排泄をにおいセンサーで検知し、おむつ交換のタイミングを通知するシステムだ。介護現場で大きな課題だった排泄をケアすることで、不快感や便漏れを防ぎ、「排泄するストレスを、排泄する」介護現場の強い味方となっている。19年に発売して以降、現在まで全国100カ所の介護施設で導入されている。
開発したaba代表取締役兼CEOの宇井吉美氏は千葉工業大学未来ロボティクス学科在学中、学生プロジェクトで訪れた特別養護老人ホームで、介護職による排泄介助の壮絶な現場を目撃したことをきっかけに11年に同社を設立。おむつを開けなくても排泄したことを知らせてくれ、介護者の負担を軽減するシステムの製品化を目指すことになった。
ただ実際の製品化までには8年もかかった。においセンサーとAI技術を用い、おむつや衣服を着けたまま非装着で使える設計だが、まず肝心のデータを集めるのに苦労した。
「排泄という人間の尊厳に関わるデータを外部に提供するということ自体、なかなか施設に受け入れてもらえませんでした。門前払いされたこともありましたが、全国の施設に何度も足を運びました。未来の介護のためにと説得を続け、信用を築いていったのです」
製品のデザインについても非装着にこだわり続けた。
「おむつにセンサーを付けるほうが作りやすいのですが、やはり高齢者の体に機械を着けるのは具合が悪い。パラマウントベッドさんの協力により寝具の知見を得て、寝心地を崩さずセンサーが反応するよう何度も試行錯誤を重ね、今のシートにたどり着いたのです」。
やればやるほど理想から遠ざかることもあった。そんな暗闇の中でもがきながらも、自分たちの作る製品には必ず価値があるはず。そう信じて、光を求めてきた。
「学生起業家としてスタートしたため、私自身経営者として成熟するまでに時間がかかりました。一方で、もしスマートにキャリアを歩んでいたら、これだけ介護のテーマを突き詰めていなかったかもしれません。自分は秀才ではなく鈍才。愚直にやり続けてきたことが今回の結果につながったと考えています」
今年はさらなる改良を加えて「Helppad2」の発売をスタートさせる。今回の受賞を機に経営者としても新たな道を切り開いていきたいと宇井氏は語る。
「これからも介護に関わる人たちの『わからない』を、テクノロジーを使って少しでも助けていきたいと考えています。私も子育てをしながら、これまで自分の手をガリガリ動かして、ものづくりに携わってきました。これからは作ることだけでなく、届けることにも挑戦していきたい。世界の介護者は約9億人いるといわれています。今後、彼らから『abaのプロダクトなら当然知っている』と言われるような世界を私たちは築いていきたいと思っています」
グッドデザイン金賞受賞
日立グローバルライフソリューションズ
日立冷蔵庫「Chiiil(チール)R-MR7S/R-MR7SL」
日立グローバルライフソリューションズでは今回5件のグッドデザイン賞を受賞。そのうちの2件がグッドデザイン金賞を獲得した。その1つである「日立冷蔵庫『Chiiil(チール)R-MR7S/R-MR7SL』」はキッチン以外のさまざまな空間にも設置されることを想定し、家具に近い存在としてデザインされ、10色の色展開、縦置き・横置きと複数台を組み合わせての設置も可能など、多彩な選択肢を備えた小型冷蔵庫だ。デザインを担当した日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 リーダ主任デザイナーの佐藤知彦氏は次のように語る。
「将来の新しい冷蔵庫の商品コンセプトの策定からスタートし、その後、コロナ禍で増加した在宅時間や、内食ニーズ、単身世帯の増加など、多様化するライフスタイルに合わせて、ユーザーのウェルビーイングを高めたいと考えました」
開発がスタートしたのは19年。同社の家電デザインでは、将来の社会と暮らしのあり方、未来に生きる人々の価値観を洞察し、そこから生まれるニーズの仮説から次の商品開発を行う「ビジョン駆動型ソリューション開発」という手法を採っている。しかし、すでに成熟製品である冷蔵庫はどのようにデザインし直されたのか。
「今は単なる『モノ』ではなく、ソリューションも提供できるような価値を含めてデザインすることが欠かせなくなっています。そのため、私たちは自宅で過ごす時間をより快適にしたいというニーズに着目し、どこでも使える『モジュール冷蔵庫』という発想を基に開発を進めることになったのです」
モジュールという発想は確かに興味深いが、実物を作るとなると困難が伴った。まず、適正なサイズがわからない。
「空間への調和、家具のようなたたずまいを意識し、高さ、奥行き、幅と外観寸法を細かく検証。一般の家具サイズと整合し、収納性も確保できるものを目指して、かなりの数のプロトタイプを作りました」
また、マーケットにどう受け入れられるかもわからなかった。そこで同社の家電開発では初めてクラウドファンディングを利用し、テストマーケティングを実施。結果は目標額の約7倍と好反応。その後22年4月に正式発売され、現在ECサイトで販売されている。
「お客様によっては、化粧品の収納に使われるなど私たちが想定した以外の使い方をされることもあり、使い方をユーザーに委ねている点が、この製品の新しさだと思います」
そう話す佐藤氏だが、デザインをするうえで大事にしていることとは何か。
「欠かすことのできない要素を見極め、簡素でありながらどこか魅力のある、『引き算のデザイン』をつねに意識しています。家電でいえば『用と美のバランス』、実用品としての使い勝手と、生活の邪魔にならない美しさになります。またこれからのものづくりには社会課題の解決、とくに環境配慮の視点が重要で、デザインが対象とする領域は拡大しています。表層的なデザインだけでなく、社会課題の解決に向き合い、世の潮流に合わせて、これからも新たな価値を創出していければと思います」
グッドフォーカス賞受賞(技術・伝承デザイン)
千葉印刷
かるた[さかなかるた]
千葉印刷の「さかなかるた」は、特殊印刷技術を利用して、魚の表皮が光を反射するときのキラキラ感やウロコの凹凸感をリアルに再現。視覚と触覚の両方で楽しめ、水に浮かべて遊ぶことも可能だ。子どもたちに、家にいながら、「自然のものを見て、触れて、楽しむ」という体験を提供したいという思いから開発が始まった。同社の強みは、42億色が表現できるオンデマンド出力(デジタルドライトナーレーザープリント)でのメタリック印刷や厚盛り印刷といった特殊印刷技術。同社の代表取締役 柳川満生氏はこう語る。「当初、静電気の発生により、通常の印刷方法では出力ができないなどの課題もありましたが、試行錯誤の末、成功しました。さかなかるたには海外の魚もラインナップに加えているので、世界中の魚の美しさを触って楽しむことができます。受賞後は、従業員の家族からの喜びの声や、さまざまな業種の方からコラボレーションの相談をいただくなど、その実感が日に日に増してきております。今後の目標は海外販売にチャレンジするなど、さかなかるたの認知度をさらに高めていきたいと思っています」
グッドデザイン金賞受賞
あわえ
多地域就学[デュアルスクール]
あわえが徳島県と協働で進める「多地域就学 [デュアルスクール]」では、地方と都市の2つの学校の行き来を容易にし、双方で教育を受けることができる。取り組みのきっかけは、同社代表の吉田基晴氏が東京とサテライトオフィスのある徳島県との2地域居住をしている中、奥さんから「お父さんはいいわね、東京と徳島のいいところを両方味わえて」と言われたことだった。これを家族単位で実現できれば、と徳島県に提言して区域外就学を実現させたのが始まりだ。吉田氏は「開始直後は、現在の就学に問題がないのに、他地域で就学するということに理解を得られず、送り出す側の学校から許可が出ないこともありました。しかし、さまざまなメディアで取り上げていただいたり、徳島県独自の教育政策として賞を受賞したことや、文科省による後押しもあり、徐々に理解が広がったのです」と語る。受賞をきっかけに「今後はデュアルスクールの全国展開、そしてサテライトスクールなど場所にとらわれない新しい学びのデザイン、社会変化に先んじた新しい社会デザインづくりに取り組んでいきたい」という。
グッドデザイン賞は1957年、旧通産省によって設立された「グッドデザイン商品選定制度」(通称Gマーク制度)を発祥とする、日本で唯一の総合的なデザイン評価・奨励の取り組みだ。受賞作は各分野の第一線で活躍する約100名の審査委員による厳正な審査を経て決定される。日本だけでなく、中国、韓国、台湾など、アジア圏をはじめとした海外からも応募があり、その割合は4割弱と、国際的な知名度も高い。全体の応募数も年々増加傾向にあり、2022年度は5715件が審査対象となった。その傾向について日本デザイン振興会事業部課長の塚田真一郎氏はこう説明する。
「自治体や省庁など、行政機関からの応募も増えており、応募者の領域は広がっています。また、その内容もコロナ禍以降はライフスタイルを充実させるもの、オフィス機能を備えた自宅でも使える日用品や家具などの応募が増えていますね。加えて、毎年初めて応募する方の受賞が4割程度あり、応募常連の方以外でも大いに受賞のチャンスがあるといえます。受賞の傾向としては、プロダクトとして優れている『モノ』はもちろんのこと、背景にあるデザイン開発のプロセスがしっかりとしているシステムやサービス、取り組み自体が優れているものが選ばれる傾向にありますね」
その言葉どおり、審査では、プロダクトやサービスのデザインだけではなく、顧客の体験をどう創出するか、社会や環境が抱える課題に対して、どのようにデザインで応えているのかなど、多角的な視点から評価がされている。
実際、22年度の大賞には地域で子どもたちの成長を支える取り組み「まほうのだがしやチロル堂」が選ばれた。貧困や孤独で苦しむ子どもたちという社会課題を、地域で支える駄菓子屋で解決する取り組みだ。
デザインの定義が広がった今は、デザイナーだけではなく、あらゆる人がデザインの担い手になる時代だ。塚田氏も幅広い分野や領域からの応募を期待していると語る。
「人が作り出すものに、デザインされていないものなんてありません。つまり、審査対象は人が作り出したものすべてです。グッドデザイン賞を、知名度や信用力向上などビジネスをうまくドライブさせる手段として、ぜひ活用していただきたいですね」