大手SIerが打ち出した新たな「産学連携」の凄み 企業と研究機関をつなぎ、社会課題解決に臨む
理研と同じ領域の技術を得意とするJSOL
JSOLは、2006年に日本総合研究所の三井住友フィナンシャルグループ外の顧客向けのIT事業の分割によってITサービス専業の「日本総研ソリューションズ」が発足し、その3年後にNTTデータグループの資本参加を受けて誕生した。ITコンサルティングから各種業務システムの導入・運用支援まで、数多くの企業にトータルソリューションを提供してきた。プロジェクトのほとんどが直接契約であるプライム案件で、戦略策定など上流から携わっているのが強みだ。
「業界内でも構造解析や生産技術解析、材料解析といったコンピューターシミュレーション『CAE(Computer Aided Engineering)』を得意としているのも特徴です」
こう語るのは、JSOLの執行役員で、未来共創デジタル本部長の本間公貴氏だ。未来共創デジタル本部は、デジタル技術を通じて社内外の強みを掛け合わせ、顧客の企業変革を支援する部署である。
本間氏は、スーパーコンピュータ「富岳」など、シミュレーションをテーマとした取り組みが多い理研と緊密に連携しているのは、同じ領域を強みとしているのが大きいという。実際、理研数理の設立前から、「超新星爆発シミュレーション」におけるレンダリング処理や、科学技術振興機構『さきがけ』プロジェクトでの植物生育プロセスにおける遺伝子の発現性分析、科学警察研究所との共同プロジェクト、金融データを用いた企業の業況分析など、連携しての共同研究も多く実施してきた。
「理研とは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本格化を見据え、数学理論を使って情報解析をする『数理科学』を起点とした産学連携の新たな形を協議してきました。そうしているとき、国立の研究機関による法人への出資を認める改正法(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律)が2019年に施行され、事業法人を設立する機運が高まったのです」
研究シーズや成果を社会実装したいという強い思いを持っていた理研が、事業法人設立のパートナーとして、幅広い業種・業界とのネットワークを持つJSOLを選んだのはごく自然な流れだったといえよう。JSOLにとっても、「設立した事業法人を通じ、理研の最先端の研究シーズや研究成果を受けられるのは、ビジネス創出という点でも魅力的」(本間氏)だった。かくして、JSOLと理研の共同出資により「理研数理」が誕生したのである。
「富岳」のコロナシミュレーションをビジネス化
すでにインパクトのある成果も出ている。注目は、「富岳」を用いたCOVID-19の飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーションだ。ニュースでも大きく取り上げられたこのシミュレーションは、スーパーコンピュータの世界で最も権威があるゴードン・ベル賞も受賞した。
「審査ではライバルも多かったそうです。にもかかわらず、審査員の満場一致で受賞が決まりました。COVID-19の感染拡大が広がっている最中にシミュレーションをやり遂げたスピードと、日本のみならず世界に新型コロナ対策の行動変容を促したことが高く評価されました」
そう明かすのは、JSOLから出向して理研数理の取締役を務める松崎健一氏。JSOLの未来共創デジタル本部と連携してビジネス化を一気に進めた。それが「オフィス向け飛沫シミュレーション」である。
JSOLは22年11月に移転した新オフィスでこのシミュレーションを活用し、健康経営®に資するオフィス空間の検証を実施。さらなるビジネス展開の布石を打った。
「JSOLには、『富岳』上で動作するシミュレーションソフトに習熟しているメンバーがそろっていると理研の先生方にも高く評価されており、彼らがオフィス内で想定できるいくつかのシーンでシミュレーションを実施しました。さらに、VR(仮想現実)を使い、デジタルツインで人が話して飛沫やエアロゾルが飛散する3D動画を完成させました。今後もパンデミックは起こる可能性がありますので、オフィスのデファクトスタンダードとしてデベロッパー向けに展開する予定です」(本間氏)
もう1つの興味深い取り組みとして、人流シミュレーションのデジタルツイン構築も見逃せない。「人流」といえば、コロナ禍の感染拡大中にシミュレーション動画が公開されて話題となったが、点が動く様子はリアリティがあるとは言いがたい。
「住民の行動変容を促すには、よりリアルなシミュレーション動画が効果的だとの考え方のもと、デジタルツインを理研と共同開発しています。構築したデジタルツインは、行政機関のみならず幅広いビジネスに活用できるよう知恵を絞っているところです」(松崎氏)
産学連携の機能を引き出す新たなビジネスモデル
「富岳」のシミュレーションと同様に、先進的な研究を社会実装してマネタイズに取り組むJSOLと理研数理。そこに求められるのは産業界のニーズとの適切なマッチングだが、そう簡単に実現できるものではないだろう。その壁を打ち破ってきたのが、JSOLが持つ多彩なリソースやチャネルだ。
「適切な企業をマッチングするため、営業チャネルもフル活用しています。また、プロジェクトの組成にあたっては、データサイエンティストやエンジニアをアサインするほか、研究シーズを基に開発したソリューションを展開するなど、全面的にサポートをしています」(本間氏)
さらに、緻密なヒアリングと地道なコミュニケーションを積み重ねて、企業・研究者双方の課題や思いを適切に“翻訳”することにも留意している。
「研究者の方々も企業の担当者もそうですが、それぞれの言葉をそのまま伝えてもニュアンスまではなかなか伝わりません。双方の言葉の裏側にある思いをしっかりとくみ取り、橋渡しをして、研究シーズをマネタイズすることに徹しています」(松崎氏)
このようにアカデミアとビジネスをうまく組み合わせたビジネスモデルはそう見られるものではない。単一技術ならば大学発ベンチャーもあるが、JSOLと理研数理はあらゆる技術をビジネスの対象とし、イノベーション創出に向けマッチングしている。産学のハブとして機能しながらビジネスとしても成果を上げていることは、財界からも注目され、トップ団体の会合やシンポジウムから講演を依頼されることも増えている。
「おかげさまで、多くのトップ企業が関心を寄せてくださるようになってきました。『アカデミアとのオープンイノベーションにより新規ビジネス創出に取り組みたいけれどもいろいろな大学に問い合わせるのも大変だし、共同研究の契約を結ぶのも手間がかかる。JSOLと理研数理が伴走してくれればありがたい』という声を多くいただいています。これからも理研数理を通じて先端研究のシーズを受け、産業界とのニーズマッチングや製品化、社会課題解決のためのソリューション開発に取り組み、企業や社会に新たな価値を提供していきます」(本間氏)
SIerの領域を超え、アカデミアの最先端とビジネス界をつなぐ役割を果たしているJSOL。テクノロジーが社会や企業の持続的な成長に欠かせない今、その存在感はますます高まっていくのではないだろうか。社会課題の解決に強い興味があり、数理分野におけるスキルや経験を持つ人財には絶好の企業といえるだろう。