2040年、健全な情報爆発が地域経済を救う 分散型ICT基盤でデータ主権の奪回を
情報爆発はデータ主権確保の好機
歴史的に見れば「一極集中」の意義が直ちに否定されるわけではない。これまでわれわれは、デジタル技術の進展によるメリットを大いに享受してきたのだ。その結果、ビジネスの効率性が上がり、個人間のコミュニケーションの形や消費形態も変化した。問題は今後、加速度的にICT利活用の需要が拡大し、爆発的な規模のデータ通信量が生じる「情報爆発」が誘発されることである。
「情報爆発自体は否定されるべきではありません。データ通信量の増加は、人々の需要が各所に広がっていることの表れと捉えられるからです。今後訪れるさらなる高度情報化社会に向けて、この需要拡大の流れをむしろ加速させるべきでしょう。問題は、現時点においてその受け皿が十分に整っていないことです。情報価値(データ)はメガプラットフォーマー(PFer)に一極集中しています。リスクの局在化を回避してデジタル経済圏を発展させるための手段を早急に講じる必要があります」(MRI研究員)
実際に海外メガPFerのサービス障害により日本企業が機能不全に陥った例もある。その経験を踏まえると、レジリエンス(回復力)に富み、情報価値をユーザー自らが十分に享受しうる社会の実現に向けて、現在の一極集中状態を見直すことが、どれほど重要な意味を持つかイメージしやすいだろう。
そこで求められるのが、一極集中を回避する「分散型社会」の実現と、それに必要不可欠なICT基盤の存在である。
ここで言うICT基盤とは、「通信インフラ」「データ基盤」「サービス」それぞれの機能を包括した仕組みである。MRIは、その仕組みを分散型社会に適した形で構築するシステムを「分散型ICT基盤」と呼んでいる。
通信インフラは通信事業者やデータセンター事業者などが提供する根幹のシステムである。一方のデータ基盤は、通信インフラの利用を前提に稼働する、いわばハードウェア上で稼働するソフトウェア的な存在である。具体的には認証や課金のシステムをイメージするとわかりやすい。そしてデータ基盤上で稼働する娯楽や教育をはじめとするサービス。それぞれのシステムの分散化が、今まさに求められているのである。
この分散化と親和性のある通信技術として、MRIは「Beyond 5G」と呼ばれる新通信規格に注目している。現在のデジタル基盤を支える無線通信は第5世代を指す5Gであるが、Beyond 5Gとは次世代の6Gを含む広い概念として称されることが多く、2030年ごろ商用化される見込みだ(図1)。
「6Gの普及がおおむね完了すると見込まれる2020年から40年までの20年間で、潜在的なデータ需要は309倍となる見込みです(年平均成長率33%に相当)。一方でインフラ供給が逼迫し有望なユースケース(使用事例)の育成に失敗するシナリオでは、データ需要は38倍にとどまります(年平均成長率20%に相当)。日本がデータ利活用の先進国となるためには、現状の300倍を超えるデータ需要をさばくのに十分なICT基盤を早期に整備して、ユースケースの健全な成長を促す必要があるでしょう」(同)
このような情報爆発の社会では、一極集中を避けることがますます有効となる。分散型社会を実現する中で社会実装される「レジリエンス」は期待される効果の中でも最たるものだろう。Beyond 5Gの普及によりAIやロボティクスが都市機能に組み込まれることが期待されているが、この近未来都市が一極集中型だった場合、医療、交通をはじめとする重要な社会インフラの障害により、最悪の場合は大勢の命が脅かされる。このリスクを未然に回避する意義は極めて大きいのではないだろうか。
さらに「主体性」の確保もまた、重要な課題である。主体性とは具体的には、デジタル技術を課題解決などに用いる際に「他者や既製サービスに丸投げせず、自らの創意工夫で対応する態度や能力」のことである。言い換えれば、情報価値やゲームルールの裁量権をユーザーが取り戻すことにほかならない。
「現在も、SNSなどでクリエーターが主体性を発揮しているのでは」という指摘が聞こえてきそうだが、それはあくまでメガPFerが設定したビジネスの枠組みの中での話だ。現実には活動ルールや収益、データ利活用など権利の多くはメガPFerに委ねられており、利用者の選択肢を狭めているのである。
「データの地産地消」が分散化を加速させる
レジリエンスの実現と主体性の確保――。
この2大課題を解決して、健全な情報爆発の下で誰もが主体的に安心してデジタルの果実を享受できる社会を実現するのには何が必要だろうか。
「ゲームチェンジを実現するのが、当社の提言する『分散型成長』です。一極集中型のシステムへの対抗軸として、オープンかつレジリエントで多様性や主体性を発揮しやすい分散・協調型のシステムを育成し、両者のベストミックスでウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)の向上を図る考え方なのです」(同)
例えば欧州連合(EU)は、過度な一極集中を抑制するためにメガPFerに対してたびたび法規制強化を行っている。日本でも対抗軸となる分散型社会の仕組みを整えようという動きがある。政府が2021年にデジタル社会の構想を公表したように、地域の分散型成長をICT基盤の構築を通じて支援することは今や官民の共通意識となっている。
昨今注目を集めるWeb3もまた、主権をわれわれの手に取り戻す有効な手立ての1つになりえる。暗号資産(仮想通貨)にも用いられるブロックチェーン技術などを基礎とした次世代のインターネット技術を指す概念であり、多数の参加者がオンラインコミュニティーに集い主体的・協調的に活動する分散型社会の形成を目指している。一極集中型のインターネット社会に一石を投じる新技術としての期待は大きい。
こういった分散型成長はわれわれの生活を大きく変え、各地域がデジタル経済の主体になるとみられる。MRIによる情報爆発モデルの試算では、2040年にはデータ流通の7割以上は地域内での処理が可能となる(図2)。これまでは、データセンターを都道府県以下のレベルまで分散配置すると、規模の経済の観点からビジネスが成り立たない懸念もあった。しかし情報爆発により、各拠点で現在の東京、大阪を上回るデータ需要が見込まれるのであれば状況は変わるだろう。
「データの地産地消を契機として地域にデジタル経済圏を構築することで、利益を地域に還元し、地域発の創意工夫を社会に実装しやすくなります。例えば地域の自治体や企業は、住民情報を含む重要データを異業種間で連携させるデータプラットフォームを整えられるでしょう」(同)
地域のデジタル経済圏、ひいては地域データ経済圏が構築されれば、一極集中の弊害がさまざまな形で取り払われる。例えば、現在提供されているオンライン教育の多くは、全国の事業者が作成したコンテンツが東京から配信される「集中型」である。これを仮に、沖縄県に「分散型」で構築できれば、県内に設置するデータセンターや通信設備に関わる経済活動が生まれる。県内の学校に特化したオンライン授業サービスをはじめとして、教材や生徒の個人情報を管理するためのサービスのような新たな需要にも期待できる。
企業や消費者が、既存のインフラやサービスに依存するユーザーから、データによる価値創造のエコシステムを自ら設計・選択・管理する「プレーヤー」へと変わるチャンスでもある。それが実現すれば、各プレーヤーはレジリエンスと主体性を確保し、拡大する分散型成長の果実をより多く手にすることができるはずだ。