東証プライム企業・NOK「渋谷」共創施設で得たもの 「社外の力」が新規事業を強くする、納得の理由

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NOK 事業推進本部 Innovation推進部 Open Innovation課長 岡村俊宏氏とNOK 技術本部商品企画部 NB商品企画課長 外山敬三氏
激変する世界の中で、今後日本企業が生き残っていくためには何が必要なのか。その答えの1つは、おそらくイノベーションだろう。最近では自社以外の機関や大学と共同で取り組むオープンイノベーションも盛んに行われている。そうした中、今注目されているのが、東急、JR東日本、東京メトロの合弁会社である渋谷スクランブルスクエアが運営する共創施設「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」だ。問いを起点に、新しいアイデアや新規事業を生み出すために生まれたこの施設。大企業やスタートアップ、自治体、大学など多様なバックボーンを持つ人たちが集まり、熱いエネルギーが発散されているという。その場所は企業にとって、どんなメリットがあるのか探ってみた。

渋谷発・共創施設

今年で開業4年目を迎える「SHIBUYA QWS」。「渋谷から世界へ問いかける、可能性の交差点」というコンセプトの下、多様な人たちが交差・交流し、社会価値につながる新たなアイデアや新規事業を生み出すことを支援している共創施設だ。

SHIBUYA QWSフロアマップ
SHIBUYA QWSフロアマップ。フリーアドレスでメンバーが集うPROJECT BASEや、イベントが行われるSCRAMBLE HALL、打ち合わせなどに活用されるSALONや、CROSS PARKなど。どの空間にも人が集い、熱気あふれる印象だ

東急東横線渋谷駅に直結した渋谷スクランブルスクエアのビル内にあり、JRや地下鉄からもアクセスは抜群。訪れたのは平日の夕方だったが、中に入ると、セミナーや会議をはじめ、名刺交換をしている人、1人で何か考え込んでいる人、数人で話し込む人たちなどがワンフロアに広がり、壁には無数のメモが貼られている。大学生のような若者から経営者のようなミドルエイジまでがワイワイガヤガヤと集まる様子は、まるで大学のキャンパスのようだ。これまでの会員の年齢構成を聞くと、最年少は14歳から最年長は91歳までというから、それも納得できるというもの。とにかく熱気があり、実際の体感でも暑い。

このSHIBUYA QWSに新規事業の拠点の1つを構えているのが大手自動車部品メーカーのNOKだ。主力の自動車用オイルシールは国内7割のシェアを誇るほか、IT・エレクトロニクスなどの分野にさまざまな製品を提供する東証プライム企業である。

本社は港区芝大門にあり、技術部門の拠点を神奈川県藤沢市に擁しているが、なぜ改めて渋谷に新規事業の拠点を置くに至ったのだろうか。同社事業推進本部Innovation推進部Open Innovation課長の岡村俊宏氏が次のように語る。

NOK 事業推進本部 Innovation推進部 Open Innovation課長 岡村俊宏氏
NOK
事業推進本部 Innovation推進部 Open Innovation課長
岡村 俊宏氏

「新規事業を推進するためには内部でやることも大事ですが、それ以外にも、ドラスティックにさまざまな外部パートナーに協力いただき、新しい技術・市場に挑戦していかなければならない。そう思って、活動のギアを上げることにしたのです。また、今後これまで私たちが取り組んできた、自動車部品やIT・情報通信機器などの分野ではなく、ヘルスケアやバイオ、ウェルビーイングなどの新たな分野に進出するに当たっては、市場の開拓など内部の力だけではなく、外部の力を活用するべきだと考えました」

同社は2022年4月にSHIBUYA QWSに拠点を構えることになった。それまで多くの施設を比較検討した結果、この施設を選んだ理由は、大企業の新規事業と、スタートアップの成長企業のどちらも対象にしている、ちょうど両方のバランスが取れた施設であったからだ。

「私たちの新規事業はまだよちよち歩きの状態で、施設を利用している他社の方々とつないでくれる媒介者を必要としていました。SHIBUYA QWSはその意味で、手取り足取り、よいお節介を焼いてくれます。また、渋谷は私たちの会社のカルチャーとは異なる地。新しいものがつねに生まれている活気にあふれた場所です。新規事業を進めるうえで、それも大きなメリットだと感じました」(岡村氏)

経営陣から若手までみんなが使えるサードプレース

同社で利用しているメンバーは累計で30名。SHIBUYA QWSでは個人、法人、プロジェクトごとに会員の種類があるが、同社のように法人のコーポレートメンバーで登録した場合、同時利用人数が4名という枠さえ守れば、固定のメンバーだけではなく、会社の誰もが利用できるようになっている。そのメリットについて岡村氏が続けた。

「利用メンバーを、都度入れ替えられるということは、メリットとして大きかったですね。これまで、本社と技術部門の担当者が会おうといった場合、本社がある浜松町か、技術拠点がある藤沢市のどちらかに行くことが多かったのですが、それではどうしても部門を意識してしまう。第三の拠点ならば、その意識の壁を取り払うことができるのです。技術部門やグループ会社も含めてディスカッションする際、中間地点として渋谷は都合がいいと考えました」

岡村氏の場合、本社で仕事をした後、夕方から常駐し、週末にも利用することがあるそうだ。自分でも積極的にSHIBUYA QWSで行われている多様なイベントやプログラムに参加し、ほかの会員などに声をかけていく。現在、同社の利用は担当者を中心に週2~3日ほど。施設では、同じく施設で活動しているほかの大企業やスタートアップ企業の会員に、社内の新規事業について相談したり、イベントやワークショップに参加して、他企業と積極的に対話をしながら、新たなアイデアや新規事業の種を育てている。

プロジェクトベースの様子
(右上)普段作業をするプロジェクトベースでは、デスクの上に問いを立てて置いておく。それを見た、ほかの会員から、問いに対しての質問やアドバイスが生まれることはしばしばだ(右下)ほかの会員への自己紹介として、いつも持ち歩いているボックス。中には、現在開発中の製品や、自社製品などが入れてある。(左上、左下)至る所にあるホワイトボードに立てられた問いの数々。利用者たちの活発なアイデア交換が行われている

こうした日常的な活動の中で、1つの成果も生まれた。NOKではSHIBUYA QWSでの対話やほかの会員との協業を経て、生体用信号ゴム電極「Sottoブレイン」を活用したキャップ型デバイスを開発。eスポーツの分野で活用すべく昨年の東京ゲームショウ2022で披露するに至った。担当した同社技術本部商品企画部NB商品企画課長の外山敬三氏が語る。

NOK 技術本部商品企画部 NB商品企画課長 外山敬三氏
NOK
技術本部商品企画部 NB商品企画課長
外山 敬三 氏

「もともと、私たちは脳波の生体信号を計測するためのゴム電極の開発を行っていました。一般的には低周波治療器で使われるような、体に貼るパットを思い浮かべていただきたいのですが、それをゴムにすれば耐久性もあり冷たくもなく高齢者も心地よく使えると考えたのです。しかし、社内でも試行錯誤してきたのですが、今回SHIBUYA QWSで協業を行っていく中で、気づきや発見、時には仲間のつてで大学まで一緒に足を運んで話を聞くなど、多くの方の意見を参考にすることができ、最終的にはeスポーツの分野で製品化を目指すことになりました。社内だけで考えていては出てこなかったアイデアだと思います。SHIBUYA QWSで共創が生まれることで、モヤモヤが晴れて、商品企画の目的や課題も明確になり、商品として具体化していけるようになった結果でした」

「Sottoブレイン」を活用したキャップ型デバイス
東京ゲームショウ2022で披露された「Sottoブレイン」を活用したキャップ型デバイス

そもそも当初はeスポーツの分野でゴム電極の技術が役立つとは想定していなかった。SHIBUYA QWSでさまざまな意見を聞く中で、そのきっかけを見いだすことになった。

「医療分野は、新規参入し市場開拓するにはまだまだハードルが高いという現状がありました。市場を見渡す中で、ゴム電極の技術を使用し、スモールスタートができそうな分野がどこなのかということを再考していった結果、見つけたのがeスポーツだったのです。脳波を測ることができるうえ、これからアプローチしたいと考えているデジタル分野にも足がかりができる。今回の取り組みでは、将来に向けたビジネスの可能性をつかむことができたと考えています」

 実際に、SHIBUYA QWSで活動する会員や、プロジェクトメンバー同士のコラボレーションは多く、さまざまな共創が生まれている。今回、NOKが共創したのは、「Creators’Hub」というプロジェクトだった。「Creators’Hub」のリーダーであり、アイデア創出を促す“イマジニア”として活躍するImagineers’Guild代表Chief Imagineering OfficerのHaruka (岩崎暖果)さんは、こう語る。

意見交換する様子と東京ゲームショウ2022に出展した「eスポーツ用脳波デバイス」
(左)岩崎氏ら、「Creators’Hub」のメンバーと意見交換する様子(右)実際に製作し、東京ゲームショウ2022に出展した「eスポーツ用脳波デバイス」

「大企業と、Creators’Hubのような個人や小規模のメンバーで活動をしているチームでは、意思決定の速度や内容が異なり、調整が必要となります。NOKさんは、当初ビジネスのゴールのイメージをなかなか持ちづらかったようで、そのイメージづくりからお手伝いしました。クリエーター的な動き方と大企業の大きなビジネス活動のそれぞれよいところを効率的に掛け合わせれば、大きな成果を生み出すこともできます。今回の取り組みについても、皆様とお話しする中で課題を見つけ、課題解決に尽力してきました。今後もチームと大企業の共創事例を増やしていくことで、少しでもよい社会づくりに貢献できればと考えています」

新規事業開発のカギは社外にあり

SHIBUYA QWSに拠点を構えて1年。同社では新規事業開発にどのような効果があったと感じているのだろうか。岡村氏が言う。

「根本的には、社内で、『外に頼ってもいいんだ』という雰囲気が醸成されたことがいちばん大きいと思います。これまでは社内で苦労して作り出したものをお客様に提案していたのですが、それがお客様のニーズとずれている場合もありました。しかし、今回東京ゲームショウ2022に至る過程を経験したことで、外部の力を借りることへのハードルが下がったように感じています。また、若い社員も積極的にSHIBUYA QWSに行ってみたいと言うようになりました。実際に、そこから新しいプロジェクトも生まれています。たった1年で、社内にそんな風が起きているのは、QWSの持つ力であると思っています」

外山氏も同じような思いを持っているという。

「SHIBUYA QWSでの東京ゲームショウ2022に向けた開発期間は約3カ月と、これまでにない短期間でしたが、新商品に対する考え方がブラッシュアップされたと感じています。会社にいると、既存事業の活動が優先され、部門間の障壁に出合うことがよくあり、ともすると新規事業開発に対しては冷ややかな目で見られてしまうこともあります。しかし、SHIBUYA QWSでは、問いを起点に、新規事業や新しいイノベーションを生み出すことが奨励される。社内の調整が難しいときにも、ここでは自分たちがやっていることが肯定されるわけですから、元気が出ます。その活力を基に、社内にも渋谷の活発なエネルギーを吹き込むことができるようになったと感じています」

渋谷という街は大人もいれば、若者もいる。ビジネス街と違って、雑多で多様性のある街だ。渋谷につながる沿線には複数の大学があり、学生も多い。何かと何かをつなげるという意味では、渋谷はまさに地の利がいい場所だといえるだろう。岡村氏が言う。

「社員やチームメンバーに、SHIBUYA QWSに一度来てもらうと、今、会社には何が必要なのかを理解してくれます。これからは今にも増してスタートアップの皆さんと協業していきたいですね。いろいろな人と出会い、イベントも開催できる。世の中にまだ出ていないものでも、こちらでは気軽にディスカッションできます。社内の『ワイガヤ』もいいですが、社外の『ワイガヤ』のほうが刺激も多いでしょう。日本の企業はもっと外に出てもいいのではないでしょうか。SHIBUYA QWSでは、通常の展示会だけでは得ることのできない、まったく違ったエキサイティングな体験が待っています。これからもぜひ多くの方にSHIBUYA QWSを活用していただきたいですね」

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