ソニー「用途広がる半導体」どう社会を変えるか? 「電子の眼」イメージセンサー挑戦の歴史と未来

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近年注目を集める半導体事業の中でも、戦略物資としての存在感を増しているのがイメージセンサーだ。イメージセンサーとは人間の目に例えると、「網膜」に当たる役割を果たす半導体の部品である。カメラのレンズから入った光を電気信号に変換し、1つの「 」を生み出す。その用途は幅広く、デジタルビデオカメラからスマートフォン、そして現在では「センシング」の領域にまで広がっている。そのイメージセンサーの中でも、CCDとCMOSイメージセンサーの世界シェアにおいて首位※1を維持しているのが、ソニーの半導体事業を担う、ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、ソニー)だ。なぜソニーが、この地位を確立できたのか。その背景を理解するために、ソニーのイメージセンサー開発の歴史と、それを支える企業文化に迫ってみたい。
※1 金額ベース2022年12月時点ソニー調べ

撮影文化を進化させた「電子の眼」

ソニーがイメージセンサーの開発を始めたのは、1970年のことだ。当時、商品としては存在しなかったCCDという半導体に着目したソニーは、その仕組みを使い「レンズから取り込んだ光を電気信号に変えて、その信号から写真を作り出すためのイメージセンサーができないか」と、開発に着手した。当時の開発について、同社の執行役員である高野康浩CFOは、次のように話す。

ソニーセミコンダクタソリューションズ 執行役員 CFO
高野 康浩 氏

「CCDイメージセンサーを低コストで作ることができれば、ビデオカメラの価格も抑えられます。そうすれば一般家庭にもビデオカメラが普及し、撮影の楽しみが広がり、ライフスタイルの一部になっていく。この実現に向けて、開発と生産の現場メンバーは数々の課題に挑み続けました。最初の結果を出したのは、80年、CCDイメージセンサー『ICX008』の商品化です。このセンサーは、全日空のジャンボ旅客機の機体に取り付けられた、離着陸の様子を機内に映し出すカメラに搭載されました」

その後も、性能や生産面でも山積した課題を乗り越え、85年、ついにCCDイメージセンサーを搭載した初の※2家庭用ビデオカメラ「CCD-V8」が発売された。ついで89年には、大ヒット商品となった8ミリビデオ「CCD-TR55」が発売され、790グラムという超軽量化を実現したこの“ハンディカム”は、『パスポートサイズ』というキャッチフレーズで一世を風靡した。これがソニーのイメージセンサー事業を大きく飛躍させるきっかけとなった。

25万画素CCD搭載の「CCD-V8」(左)、世界最小・最軽量※3 を実現した「CCD-TR55」(右)
※2 1985年1月発売時点ソニー調べ
※3 1989年6月発売時点ソニー調べ

人を育み、未来をつくる。ソニー「挑戦のDNA」

高野氏はこう続ける。

「ソニーには創業者をはじめ、好奇心旺盛なメンバーが多く、新しいことへのチャレンジが奨励される文化があり、私自身も、20代で100億円規模のジョイントベンチャーの設立責任者にアサインされた経験があります。若いうちから大きな仕事を任せて、仮に失敗しても学びの過程と見守ることで人を育てていく。これはソニーらしい企業文化の1つです」

創業時から、社員一人ひとりの個を尊重し、成⻑と挑戦を支える機会や場を提供してきたソニーの企業文化。それこそが、未到領域であった半導体事業においても数々の挑戦と成功を支えてきた。その1つが、2009年に世界で初めて※4量産化に成功した「裏面照射型CMOSイメージセンサー」だ。

CMOSとは、CCDとは大きく異なる構造を用いて撮像するイメージセンサーであり、CCDイメージセンサーに比べてはるかに高速で信号を伝送できる。さらに、低電圧、低消費電力のため、動画や高精細な画像の撮影に向いていた。反面、CMOSイメージセンサーにはノイズが乗りやすく、画質の面で致命的な欠点もあった。

「当社は、すでにCCDイメージセンサー市場で盤石な地位を確立していましたが、ソニーが目指す撮影文化はCMOSイメージセンサーでないと実現できない、つねに業界をリードし、テクノロジーで感動を提供できる存在であり続けたいと、CMOSイメージセンサー開発に向けて一気に舵を切りました」と、高野氏は力を込めて話す。

そのかいあって、試行錯誤の末09年、明るくノイズの少ない映像を実現する裏面照射型CMOSイメージセンサーが搭載された、デジタルハイビジョン“ハンディカム”を世に送り出すことになる。しかし、ソニーの目線は、すでに次の目標である「携帯電話」に使用できるイメージセンサーの開発に向いていた。

開発発表時のサンプル比較画像。従来の表面照射型(左)、当時新開発の裏面照射型(右)
※4 2009年1月広報発表時点ソニー調べ

ゲームチェンジャーとなった「積層型CMOSイメージセンサー」技術

ソニーの挑戦の歴史は、先行き不透明な事業環境の中においても、絶えず新たな技術を生み出してきた。およそ3年9カ月にわたって開発が進められ、2012年に発表された「積層型CMOSイメージセンサー」も、その1つだ。現在、スマートフォンを筆頭に、社会のさまざまなシーンで活用されている。

「携帯電話」には、デジタルカメラやビデオカメラよりも、はるかに小型でありながら高い機能、そして手頃な価格帯のイメージセンサーが求められる。実現への突破口を開いたのは、社内にいる1人のベテランエンジニアのアイデアだったと、高野氏は明かす。

“2階建て”積層型CMOSイメージセンサーのイメージ画像

「イメージセンサーには、外部から取り込んだ光を電気信号に変える『画素部分』と、信号を処理する『回路部分』があり、当時の技術ではその2つが同一の基板上に並んでいました。これを『画素と回路の層に分けて“2階建て”にする』というのがそのアイデアです。これは当時の技術では、考えられない独創的なものでした。これがその後のイメージセンサーの飛躍的な進化と用途の発展を導くことになりました」

「積層型CMOSイメージセンサー」の構造イメージ

そのアイデアが結実し、現在、ソニーの売り上げの大半を占めるスマートフォン向けのイメージセンサーに採用されている。2階建て構造により、小型ながらも高機能なチップを、より手頃な価格で供給することが可能となるこの独自技術が発表されたのは、スマートフォン市場が成長拡大を続けていた時期であり、スマートフォンにとって重要なカメラの高機能化に大きく寄与し、多くのメーカーからの注目を集めるようになった。そして、現在もグループの成長事業として快進撃を続けている。

センシング技術が切り開く未来「センシング・ソサエティ」

「突然ですが、『カンブリア爆発』という言葉はご存じでしょうか? 今から約5億4000万年前のカンブリア紀に、カンブリア爆発というものが起こり、それによってたくさんの生物が生み出され、生物が目を持つようになり、進化したといわれています。ソニーのイメージセンサーは、『電子の眼』として、多くのエンジニアの発想力と絶え間ない努力により発展してきました。いまや美しい画像を残すだけでなく、目に見えない情報も捉える領域まで発展し、カンブリア爆発が起きた時代の生物のように、社会の幅広い分野に変化をもたらしているのです」(高野氏)

実際、どのような領域に活用されているのだろうか。例えば、自動車の自動運転技術への応用、製造業でのファクトリーオートメーション化、小売店でのDX化など、データ取得を目的とした「センシング」の用途でも、すでにイメージセンサーは不可欠な存在となっている。

さらに、2020年5月にソニーが発表した、世界初※5のインテリジェントビジョンセンサー「IMX500」では、イメージセンサーがAI処理機能を搭載し、いわば網膜と脳といえる部分が直結する形のチップが誕生した。また、センサー内でAI処理を行うため、クラウドへのデータ送信量やデータセンターの負荷低減による消費電力削減につなげることができる。すでにIMX500を使用し、市街地における交通渋滞や事故などの社会課題解決を目指した実証実験や、小売店舗のスマート化、ビル内の空調システムの消費電力の抑制を目指すソリューションなど、社会のさまざまな場面での使用へ向け、新たな取り組みが進んでいる。

IMX500を使用したさまざまな実証実験。小売店舗で、在庫検知などの新たなソリューションを提供(左)。ローマ市では渋滞緩和などの社会課題を解決する実証実験を実施中だ(右)

「また、イメージセンサーは、現実空間を捉える技術としても今後注目されています。メタバースと呼ばれる仮想空間が広がるほど、現実世界とのつながりは重要となってくるからです。目の前の世界を認識することができるイメージセンサーは、今後メタバースの広がりとともに、新たな成長領域でもコアテクノロジーとして活躍するでしょう」と、高野氏は続ける。

もともときれいな を捉えることから始まったイメージセンサー開発だが、今その領域は、はるかに広がっている。

「私たちはイメージセンサーを社会実装することにより、さまざまな社会課題の解消に貢献し、人々のよりよい生活を実現していきたいと思っています。ただ、これはソニーだけでできるものではありません。そのため、私たちは“Sense the Wonder”というコーポレートスローガンを発信しています。世界中のパートナー企業とともに、安心・安全や高効率化に裏付けられた豊かな “センシング・ソサエティ”を目指し、壮大な挑戦を続けていきたいですね」と高野氏は言葉に力を込めた。

※5 2020年広報発表時点ソニー調べ