リクルート「高校生に事業ノウハウ伝授」する理由 垣根を越えて伝播する「価値の源泉は人」の理念
心理学に造詣の深い創業者が重視した「個の尊重」
人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出して事業の成功につなげる「人的資本経営」。近年、その重要性が高まっている背景について、リクルート人材・組織開発室の堀川拓郎氏は、4つの視点から考察する。
「1つ目は『社会的視点』です。人材への投資は、株主や従業員、顧客などすべてのステークホルダーとの関係性構築に不可欠です。2つ目は『戦略的視点』。ビジネスシーンが目まぐるしく変化する今、経営と人事を連動させてイノベーションを起こすための有効な手法として期待されています。3つ目は『経済的視点』。企業価値の中心は、財務情報から非財務情報へとシフトしています。4つ目は『世代価値観の視点』です。若い世代は企業と人材との関係に関心が高く、人的資本経営は将来の人材確保まで左右すると考えられます」
リクルートは、1960年の創業当初から「価値の源泉は人」という発想が息づいている企業。人材の価値を最大限に引き出すことを、経営の本丸としてきた。
「当社は、創業者の江副浩正をはじめ、心理学の知識を持つメンバーが中心となって誕生しました。そのため『人は内発的動機に基づいて行動するときに最もパフォーマンスを発揮する』と、人間の心理を捉えた組織づくりを展開してきました。企業の成長においても『個の尊重』が最も大切だという価値観を重んじてきました」
人的資本の価値を社会に開放する「CO-EN思想」
60年以上にわたりこうした理念を受け継いできたリクルートには、メンバーの内発的動機を高めるマネジメントのノウハウが蓄積されている。
「1つは『個が生きる』ためのマネジメントの徹底です。当社では、社員の自主性を伸ばし新しい挑戦を後押しするために、マネジャーが『あなたはどうしたい?』と働きかける文化があります。もう1つは、組織活性化のために意図的に変化を起こすこと。具体的には、多様性を担保する『採用』、慣れを生じさせないための『異動』、実体験とフィードバックを重視した『教育』、部署を越えて自発的にチームを組む『小集団活動』、ナレッジや成果をシェアする『イベント』の5つを掲げています」(堀川氏)
こういった創業時からの思想を引き継ぎつつ、2021年に7つの事業会社を1つの会社に統合したタイミングで、時代に合わせて人材マネジメントポリシーをアップデートした。そのスローガンが「CO-EN思想」だ。「社内外の垣根を越えた協働・協創が生まれるCO-EN(公園、Co-Encounter:出会い)のような場」を目指す狙いだという。
「人材にまつわるノウハウも含めて、当社という1つの共同体に閉じるのではなく、柵もなく出入り自由な場に解き放とうという発想です。さまざまな人が多様な過ごし方をする公園のように、企業の垣根を越えてたくさんの人の情熱と好奇心が集う場をつくりたい。そして、当社の知見や人的資本を外部と融合させながら社会に還元していきたい。この思いを『CO-EN思想』と表現しています」と、堀川氏は期待を寄せる。
新規事業提案制度「Ring」を高校生向けに展開
「CO-EN思想」を体現している取り組みの1つが「高校生Ring」だ。リクルートは、1982年から全従業員を対象とする新規事業提案制度「Ring」を実施してきた。毎年1000件近い提案が集まり、「Ring」を通過した案件は事業化を検討する権利を獲得。リクルートが持つリソースをもとに事業開発を行うことができる。これまで「Ring」から『ゼクシィ』『スタディサプリ』など数多くの事業が誕生した。
この「Ring」を高校生向けに再構築したものが「高校生Ring」だ。個人または数人のチームを組んで、自分たちが設定したテーマに合わせてサービスを考案する。リクルートが作成した「プランシート」の項目に沿って課題や顧客セグメント、提供価値、収益構造に至るまで探求する。
与えられた問いから1つの正解を導き出すのではなく、自ら問いを生み出して向き合うことで、社会を生き抜く非認知能力を育むことを主眼に置く内容だ。実際に新規事業開発に携わるリクルートの社員が審査に参加したり、メンターとして案のブラッシュアップをサポートしたりしている点も特徴的。2022年度は検証段階だが、すでに23校・約6000人が体験している。
「『高校生Ring』は、当社が培ってきた事業開発の方法論を広めるための施策ではありません。支持されるビジネスは、自分の半径5メートルにある気づきから生まれること、そして発案者の情熱があってこそ事業の成功を手繰り寄せられることを、高校生に体感してほしいと考えています。これは当社に長年流れる『個の尊重』にもつながります。
『高校生Ring』はリクルートの社員にとっても、若い世代のマインドを知ったり、ノウハウを言語化して説明する過程で自分の考えを整理したりできるチャンスです。まさに、社内外の個を融合させる『CO-EN思想』を象徴する取り組みです」
ほかにも、学生と社会人が垣根を越えて出会い、課題に向けて共創する場として「WOW! BASE」を提供。行政や企業が抱える課題を解決するプログラムを展開しており、実際に大学生のアイデアが活用される例もあるという。学生が自分の強みや弱みを把握するため、リクルート社員がキャリアプラン策定に活用する「Will・Can・Must」のフレームワークを学生向けにアレンジして配布している。
さらにリクルートの人事に属するR&D(研究開発)組織の「HITOLAB(ヒトラボ)」では、10年後の社会を描くため、リクルートの外に「CO-EN」をつくる取り組みを始めた。「地域のサステナビリティ」「教育」「キャリア形成」の3テーマをもとに、日本全国に社員を出向させて現場の課題を探索しているという。
いずれも人的資本やノウハウの流出にも思える取り組みだが、堀川氏の説明でそれは狭小な考え方だとわかる。
「企業が成長していくには、これまでの常識を越えた、非連続な自己変容が必要です。同属の集団に属しているだけでは、自分自身の新陳代謝が滞ってしまいます。これを乗り越えるには、ノウハウをオープンにして外部と共創すること、さらにフィードバックをもらいアップデートしていくことが重要だと考えています」
社内外の人間が自由に往来するリクルートの「CO-EN思想」。リクルートは人的資本の価値を「絶え間なく自己変容と進化を続ける個」に見いだしており、その「個」を生かす場所を、組織として生み出そうとしている。柔軟さを保ち続けるリクルートは、不確実性の高い時代にも負けない強靱な組織へと成長を続けている。