テクノロジーが切り拓く日本の未来新都市構想 地方創生の道はデジタル技術の活用にあり

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人口減がますます深刻になる中、NFT(代替できないデジタルデータ)での財源確保やデジタル村民制度などを採用する、まったく新しいタイプの自治体が誕生するかもしれない。 未来のまちづくりには、デジタルテクノロジーの活用と“第2の自治体”が必要だと話すのは、一般社団法人Next Commons Lab代表理事の林篤志氏だ。既存の枠組みからのパラダイムシフトをどのように実現させるのか、その道筋と戦略を語る。

ブロックチェーン技術で限界集落を活性化

持続可能なまちづくりに向けて、デジタルテクノロジーの活用や新たなモビリティーの導入などが喫緊の課題となっています。そこでまずは、私自身が携わったプロジェクトの中から、とくに興味深い事例についてお話ししたいと思います。

林 篤志
一般社団法人Next Commons Lab 代表理事。1985年生まれ。ポスト資本主義社会を具現化するための社会OS「Local Coop」を立ち上げる。2016年、一般社団法人Next Commons Labを設立。自治体・企業・起業家など多様なセクターと協業しながら、新たな社会システムの構築を目指す。16年、「日本財団 特別ソーシャルイノベーター」に選出。翌年、「Forbes Japan ローカル・イノベーター・アワード 地方を変えるキーマン55人」にも選出された

新潟県長岡市にある山古志地域(旧・山古志村)をご存じでしょうか。村民800人ほどの小さな集落ですが、今、新しい取り組みが行われています。山古志は2004年の新潟県中越地震で被災し、震災前には2200人ほどだった人口のほとんどが村外への避難を余儀なくされました。限界集落となってしまったこの地域を活性化させるため、私はアドバイザーとして参画し、21年よりNFTを活用した取り組みを始めました。

具体的に何を行ったかというと、山古志が発祥とされる「錦鯉」をモチーフにしたデジタルアートをNFT化して販売し、購入者にデジタル住民票を発行するというものです。結果的には1500のデジタル住民票を世界中で発行し、当時の円レートでいうと1600万円近くを集めました。特筆すべきは、集まった予算をどのように使って山古志を盛り上げていくのか、オンライン上でプロジェクトを進めたこと。デジタル村民からアイデアを募ったプロジェクトは投票で選考し、予算を分配。その際、NFTがガバナンストークン(投票権)の役割を担いました。これらは新しい試みとして注目されています。

支援の仕組みとしてクラウドファンディングが知られていますが、それとは根本的に異なります。NFTには2次流通、すなわち転売可能なマーケットも存在し、「1回いくら集めて終了」というクラウドファンディングとは違うのです。山古志での取り組みでは、NFTが2次流通で取引されると、そのうち10%が山古志に入るようになっています。コミュニティーが盛り上がれば、自分の持つNFTの価値が高まり、それが取引されて山古志に利益が入るため、必然的にコミュニティーを盛り上げようという意識が醸成されます。

デジタル村民間ではオンラインツールを用いて活発なコミュニケーションが交わされていますが、「実際に山古志を訪れてみたい」という人も出てきました。“帰省”と称して来訪したり、イベントを共に開催するなど、リアルなコミュニケーションも生まれています。デジタル村民にも帰属意識が芽生えるため、概念として、山古志のスピリットや文化、ビジョン、経済圏が広がっていく。物理的な制約を超えて、一気に伝播させることができます。

この取り組みの成功は、人口減にあえぐ地方自治体が生き延びる大きなヒントになるのではないでしょうか。物理的なレイヤーで人口を増やしていくのは、すでに限界がきています。しかし、NFTに用いられるブロックチェーン技術を活用すれば、世界中から財源を調達し、デジタルのレイヤーで人を集めることが可能です。空間を超えた関係人口を創出し、地域を活性化させることができるのです。

“余白”のある地方こそ新たな可能性が広がる

私が16年に立ち上げ、代表を務める一般社団法人Next Commons Labは、日本の過疎化が進む地域をフィールドにした活動を行っています。実は、私はもともとエンジニアでした。退職した直後に東日本大震災が起こり、11年3月末にそれまで住んでいた東京・渋谷を離れて、人口1000人弱の高知県高知市の土佐山地区(旧・土佐山村)に移住。そこで初めて、日本の過疎地域、中山間エリアの現状を肌で感じたのです。地方には過疎化が進み、衰退している地域も多くありました。当時は地方創生という言葉が、そもそもなかった時代です。

地方が抱える課題の解決に向けて取り組みを進めましたが、これは地域だけの問題ではなく、日本社会全体、ひいては全世界の問題だと感じました。社会構造そのものの課題と捉え、解決のためには構造的に新しい社会をつくることが必要です。

解決の方法においても、ピンポイントで対処するモグラたたきのようなことは終わりにすべきです。もちろん、既存の枠組みの中で課題解決を図るというやり方もあるでしょう。しかし、戦後77年かけて築かれた日本社会というシステムは、そろそろ寿命がきている。古くなり、不具合が出てきたシステムを改善していくには時間がかかります。それならば新しい枠組みをつくったほうが、ずっと早い。そして、地方だからこそ、そうした新しい枠組みづくりが実現可能だと思ったのです。 

都市部には多くの人がいて、資本主義経済のど真ん中にいるため、新しいことに取り組むための“余白”がありません。実証実験をするにしても、ハードルが高いのです。一方、地方の過疎地には限界集落となる危機感はあるものの、新しいものを試してみる余白があります。ずっとそう思いながら、地域の知られざる資源を可視化する活動をしてきました。地域の資源を使ってスモールビジネスやコミュニティービジネスを生み出せる人材に都市部から移住してもらい、数年間伴走することで事業を生み出すのです。個人だけでなく、大企業やスタートアップと提携することも多々あります。

今、消滅の危機に瀕した地方自治体が全国に存在しています。少子高齢化による社会保障費増大や、税収減に伴う公共サービスの限界で、40年までに約半数がなくなるとも言われています。現在の私たちは、自治を自治体にアウトソーシングしている状態です。しかし、税収減で公助のスケールはどんどん小さくなり、自助も核家族化や独居世帯の増加で厳しくなるでしょう。そこで、共助のシステムを構築し、テクノロジーの力でカバーするのです。

そうした構想を描いて21年に立ち上げたコンソーシアム「Sustainable Innovation Lab」で推進しているのが、「Local Coop構想」です。メインシステムとなっている自治体に対してサブシステムをつくり、住民が主体的に関わる装置をつくる。いわば、「第2の自治体」ですね。住民共助による自治機構と地域内外の企業などが連携して、必要な機能や仕組みを実装していきます。自治機構が、再生可能エネルギーや住環境、教育、食、自然環境、交通など、これまで自治体に任せていたところを担うのです。

すでに実現に向けて、自治体や地域の方々、大企業、スタートアップなどさまざまなステークホルダーを巻き込んでの取り組みが始まっています。第1弾として、22年春から三重県尾鷲市と奈良県奈良市月ヶ瀬エリアで実証プロジェクトをスタートさせました。

“第2の自治体”が目指している未来

NFTを使ってデジタル村民を集め、循環・拡張しうる経済圏をつくった山古志での取り組みは、いわば“飛び道具”的な施策でした。同様の取り組みはほかの自治体でも可能ですが、住民に危機意識があり、自治意識が醸成されていることが前提になっています。この自治意識は一朝一夕では醸成されず、生活習慣として培われていくものです。

林 篤志氏

そこで今、Local Coopを展開するうえでの基盤ソリューションとして、「MEGURU STATION®(開発:アミタ株式会社)」という資源回収とコミュニティ活性化機能を融合させたシステムを全国につくろうとしています。従来のごみステーションとは違い、住民自らが持ち込んだ資源を細かく分別し、ごみの資源化を目指すものです。

生ごみは、オンサイト型の生ごみ資源化装置のメタン発酵によって、バイオガス(エネルギー)や液肥(資源)となり、地域に還元されます。焼却によるCO2排出もありません。さらに社会実験として、ICTを活用したスマートフォンアプリで、持ち込んだ資源に対して感謝ポイントが付与される仕組みを導入。結果、資源出しがやりがいのある楽しい日課に進化しました。同時に高齢者が多い地域では、地域の見守りの場としての機能も果たし、介護費の低減につながるとの試算が得られました(研究:千葉大学予防医学センター)。  

MEGURU STATION®は資源出しをきっかけに、多世代間の交流が生まれ、社会的なつながりの強化を担う社会インフラとなっています。これまでの成果をベースに、アミタと一緒に自治体と連携して全国に展開していく予定です。

目指しているのは、その地域や自治体に新たな価値を生むこと。コロナ禍を経て、私に寄せられる自治体からの相談内容も変わってきています。以前はどうやって観光客やインバウンドを増やし、DMO(観光地域づくり法人)を立ち上げるか、といった近視眼的なものが多かった。今はサステイナブルな面の危機意識が高まり、気候変動下での資源調達の方法や、公共交通やインフラ、行政サービスなどの機能をいかに縮小させて維持していくかがポイントになっています。自助や公助だけでは限界で、共助の概念を生かした効率のよい新しい自治体モデルをつくりたい、などの相談もありました。

大企業も同様です。これまでは、地方創生に関することは、CSR部門など社会貢献に関連する部署が取り組んでいました。今は、新規事業開発の部署の方が相談にいらっしゃいます。事業をつくることが社会課題の解決に包含されていると強く感じています。

ポスト資本主義社会での新しい通貨の可能性

ポスト資本主義では、これまでとまったく異なるものが資本化、定量化され、評価可能なものとなります。三菱総合研究所(MRI)が主導している「Region Ring®」プロジェクトの、環境にいい活動をするとポイントが付与されるという仕組みも、その文脈から生まれた取り組みだと言えます。ほかには、適切な森林管理によって吸収されたCO2の量をクレジットとして付与される「J –クレジット」制度などもあります。

Web3の世界でも、「Xをすることでお金(暗号資産)を稼ぐ」、すなわち「X to earn」のプロジェクトが進んでいくでしょう。健康的な活動をして地域全体の社会保障費を下げたり、森を整備して環境を維持したり、さまざまな貢献に対するインセンティブを通貨として受け取ることも可能になります。今後、環境価値を見いだし、マネタイズしていくことがさらに活発になっていくはずです。

地域で暮らしていく中で、さまざまな通貨や自分の評価が蓄積されていく。それがまさにブロックチェーンの魅力です。Region Ring®も、コミュニティや地域への貢献に対して多様なインセンティブで応えるシームレスな経済の姿と捉えることができるでしょう。

日本では長く円安が続き、数年後には円を持っているだけでは暮らしていけない懸念もあります。現在の地域通貨は実質的に円なので、別の経済交換の手段を持っている必要性も出てくるでしょう。ブロックチェーン技術を活用し、別の通貨システムや価値交換の仕組みを構築することに、Region Ring®の大きな意義と可能性があると考えています。

※Region Ring®は、MRIが取り組むデジタル地域通貨・地域ポイントの社会実装の実績を基に提供するブロックチェーン技術を用いた地域課題解決型デジタル地域通貨サービス。地域通貨やコインなどすべての取引履歴(トランザクション)が事業主体に分散共有されることで、サーバーにすべての取引情報を集約する必要がない。そのため導入コストを削減することができる。また、取引履歴が分散共有されることで、記録の改ざんが困難となり高いセキュリティを保てることも特徴。
●このタイアップは『フロネシス23号 2050年、社会課題の論点』(東洋経済新報社刊)に掲載されたインタビューに加筆・修正したものです