「食料安全保障」のために、日本が今すべきこと 国内生産が減っても届け続けるために

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お米の絵
日本の食料安全保障のために必要なことは?
食料品の値上がりが国民生活を直撃している。多少の値上げならまだいいのかもしれないが、供給が追いつかず手に入らなくなったとしたら――。自給率の低さや農業の衰退が指摘されている中、「食」をどう捉え、対応策を講じていくべきなのか。日本の食料安全保障について考える。

食料安全保障の本来の意味

1993年、記録的な冷夏による不作が日本を襲い、「平成の米騒動」が起きた。食べ慣れない外国産米に多くの国民が戸惑ってから約30年、今度はロシアによるウクライナ侵攻が、食品価格の高騰や流通危機に拍車をかけている。食料にまつわる難題は世界の至る所に存在し、このままだと遠くない未来に、深刻化することが予想されている。

「途上国や新興国の人口増加や生活水準向上により、2050年の世界食料需要は20年から3割程度増える見込みです。しかし、食料生産は、将来の気候変動などさまざまな要因から、逆に減少する懸念があります。米中の対立など不安定な国際情勢も相まって、食料安全保障への注目が高まっています」(MRI研究員)

食料安全保障(フードセキュリティー)と聞くと、「有事の対応」というイメージが先立つが、国連食糧農業機関(FAO)が定めるフードセキュリティーとは本来、「いつでも」「誰でも」「栄養だけではなく文化的にも」「食生活が満たされる」ことを目指している。

食料安全保障の考え方

日本の食料安全保障に必要な要素は大きく3つ考えられる。第1は「国内の生産」。これは残念ながら、年々減少することが予想されている。MRIの推計によれば、農業生産額は50年には、20年比52%減の4.3兆円にまで落ち込んでしまう。

日本の農業生産額推移

農業生産額の半減に大きく関係するのは、農業経営体数の減少だ。50年の農業経営体数は、20年実績の2割にも満たない水準に落ち込み、経営耕地面積は同50%減の163万ヘクタールとなる見込みである。

農業経営体数の推移

この落ち込みを少しでも緩やかなものにするには、農業経営体の法人化・大規模化促進に加え、生産性の高い中規模農家群の創出が必要となろう。官民の力を合わせて「儲かる農業」を実現する環境づくりも求められる。

物流の「2024年問題」に対応するには

第2に求められる要素が「流通の高度化・効率化」だ。前述のように努力をしても国内の生産量減少は避けられそうにない。となれば、おのずと食料の輸入が増えることになる。まずは、日本が食料調達のための経済力を保つ必要がある。日本は現在、米国、オーストラリア、カナダなど国内自給率が200%を超える友好国から主要穀物を輸入しており、これらの国々との友好関係を保つ必要があろう。

さらに踏み込むと、国外からの調達の先、つまり、国内における流通には留意が必要だ。たとえ国内に十分な量があっても、流通に問題があれば食料を必要としている人に行きわたるとは限らない。例えば「貧困により十分な食料を得られない家庭が増えている」ことも、価格や流通に関する食料安全保障上の問題だ。

すべての消費者に安全で安心な食料を届けるうえで最大の課題が物流業界の「2024年問題」だ。働き方改革の一環として2024年4月から、トラックドライバーの年間総拘束上限が3300時間となるのに伴い、最大で14%余りの輸送能力が不足し、4.1億トンの荷物が運べなくなるとされている。

この制約のあおりをとくに受けるのが、拘束時間の長いドライバーが支えている農産・水産品の卸売市場である。2024年問題を奇貨として、これまでも課題であった取引の効率化やデジタル化、広域連携を通じた市場改革を進めるべきである。

「食料安全保障全体の課題を解決するためには、有事の際の対応や農業経営体の維持といった特定の要素について考えるだけでは足りません。『届け続ける』には何が必要かを総合的に判断することが不可欠です」(同)

「技術」で日本が世界をリードできること

第3の要素が、「農業生産における温室効果ガスの削減」だ。

国連食糧農業機関(FAO)によると、19年の世界の温室効果ガス(GHG)総排出量の13%が農業生産に伴うものである。とくに温室効果の高いメタンや一酸化二窒素(N2O)は、排出の半分以上が農作物や家畜に起因している。

そこで期待されるのが、日本の「技術の輸出」だ。例えば、家畜由来のGHG削減に向けた有望な手法として、牛の給餌改良による消化管内発酵抑制が挙げられる。日本の研究ではカシューナッツの殻から抽出した液体を利用した製剤を乳牛に与えれば、20〜40%程度のメタン低減効果があるとされている

稲作に関しては、水管理の適正化による水田からのメタン発生抑制が有望である。農業環境技術研究所によると、土を乾かすための「中干し」を通例よりも1週間延長すると、メタン発生量が約30%削減される。全国の整備済みの水田で導入した場合、2.4メガトン(Mt)CO2程度のメタン発生抑制効果が期待できる計算になる。

代替肉や昆虫食などの活用も不可欠だろう。環境にも大きな負荷を及ぼしている畜産物について、その主要な栄養素であるタンパク質を代替物で賄えるようになれば、どうなるだろうか。

「50年に世界で消費されるであろう牛肉・豚肉・鳥肉の増加分を大豆由来の代替肉に置き換えられれば、タンパク源と飼料用穀物が20年比37%増となるはずのところを、同26%増に抑制できます。大豆消費が1.8億トン増える一方で、飼料用穀物消費を3億トン抑制できるからです」(同)

食料システムにおける有望なGHG排出削減技術は、ほかにも数多く存在する。削減効果や経済的インパクトなどを多面的に評価したうえで、優先して取り組むべき分野の技術開発と普及を早急に進めていくよう望まれる。

30年前に起きた平成の米騒動は、翌年の豊作によって収束した。しかし現在の食の課題は、国境をまたいで複雑に絡み合っている。日本は食料生産を支える技術の「輸出国」として世界をリードしながら、他国と連携して安定的な食料安全保障を確立していくべきであろう。

※出典:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構

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