山九の「人を大切にする」グローバル戦略とは 日本流の手厚い研修で外国人従業員をサポート
マレーシアに人材育成センターを開設
マレーシア南部ジョホール州ジョホール・バル地区。マレーシア政府が2006年から開発を進めるプロジェクト「イスカンダル計画」は、シンガポールとの国境沿いのウォーターフロントに、東京都とほぼ同じ面積の広大な都市開発を行うプロジェクトだ。その一角に、真新しい建物がある。山九が22年10月に開設したばかりの人材育成センター「SANKYU TECHNICAL ACADEMY(サンキュウ テクニカルアカデミー)」である。
同社は、プラント・エンジニアリング(機工)、ロジスティクス(物流)、オペレーション・サポート(構内操業支援)などを手がけ、とくにアジアで幅広いネットワークを持つ。
山九 代表取締役専務取締役の大庭政博氏は、この地を選んだ理由について「州内にスナイ国際空港があるほか、シンガポールのチャンギ国際空港も利用できアクセスに優れています。東南アジア各国の現地法人から年間延べ約3000人を集めて研修を実施する予定にしており、好立地だと考えました」と語る。
同センターの敷地面積は約1万6800平方メートル。広々とした敷地内に研修棟、事務所棟、宿泊棟などを備える。ここで階層別研修、安全教育、品質教育、技術研修、技能向上研修などを行っていくという。日本国内であれば、このような研修施設を持つ企業も珍しくはない。だが、なぜ海外に、しかも現地法人の社員を対象にした専門施設を建設したのだろうか。
大庭氏はその問いに「おかげさまで当社の海外における業務が拡大しています。それに応じてより高度な技術・技能を持った人材の確保、育成が急務になっています。これまでは、そのような人材は国内で育成し、プロジェクトが発生するたびに海外に派遣していました。しかし近年ではそのスピードが追いつかなくなっています。それであればいっそ、個々の現地法人の力を高め対応すべきだと考えました」と答える。まさに、グローバルな技術・技能集団の育成を目指しているわけだ。
独自の事業展開で100年以上の歴史
山九の創業は1918(大正7)年、実に100年以上の歴史を刻んできた企業である。
「ロジスティクス企業として誕生しましたが、現在はプラント・エンジニアリング、オペレーション・サポートの3つの事業を展開しています。これらを有機的に結び付けたビジネスモデルは世界的にみてもユニークであると自負しています」と大庭氏は語る。顧客企業にとっては、プラントの企画段階から、設計・建設・重量物輸送・据え付け・試運転までのトータルなサポートが受けられる。さらにその後の、操業のオペレーション・サポート、設備のメンテナンス、調達・生産・販売の物流まで、一貫して任せることができる。
「製造業のお客様では、熟練技能者・技術者の不足や高齢化により、アウトソーシングが進んでいます。人手不足は海外でも同様で、日系企業だけでなく現地企業からも、当社へのご相談が増えています」と大庭氏は紹介する。
山九グループが信頼される理由は長年の経験と実績だ。71年にはすでに初の海外現地法人を設立している。以来、50年以上になるが、海外ネットワークは、東アジア、東南アジア、欧州、米国、中南米、中東に広がり、約1万2000人のスタッフが活躍している。
「ただし、単に自社の利益だけを求めて進出したわけではありません。当社には、創業以来の『社訓三原則』という哲学があります。それは『公言実行』『自問自答』、そして『感謝』です。初めて海外進出したときから『山九で働いて得た知識や経験を、地域に還元し、その国の発展に貢献する』という創業者の言葉を今でも重視しています。現社長の中村公大はさらに企業理念にもある『人を大切にする』という言葉を掲げ、その徹底に国内外のグループ全体で取り組んでいます」(大庭氏)
「SANKYU TECHNICAL ACADEMY」にもその哲学は受け継がれている。「日本流」の充実した研修を施すのもそのためだ。主役はあくまでも、ここに集う現地従業員一人ひとりである。「ここで学んだ東南アジア地域内の従業員たちが、母国をはじめ、世界中で活躍できるよう支援をしたいと願っています」。加えて「人材不足の日本においても近い将来、活躍できる環境となることを期待しています」と大庭氏は力を込める。
座学だけでなく実機を用いた研修が可能
「SANKYU TECHNICAL ACADEMY」では具体的にどのような研修を行うのだろうか。センター長の堀口和彦氏に聞いた。
「座学だけでなく、大型のコンプレッサーやポンプなど、実際にお客様のプラントで使われている機械を用いたメンテナンス・整備研修を行えるのが大きな特長です」
化学プラントのメンテナンスは数年間の周期で実施されるため、実機を操作するタイミングに立ち会えればいいが、その機会を逃すと次は数年後、あるいは10年後ということもある。「SANKYU TECHNICAL ACADEMY」であれば、それがいつでも可能なわけだ。
「10月からすでに研修を開始していますが、どの従業員も非常に熱心です。『もっとほかの機械も学びたい』と言う者も多いですね」と堀口氏は話す。
現在30以上の講座が用意され、従業員の階層や技術・技能に応じて、体系的に知識を習得できるようになっている。講座の中には、VR(仮想現実)でプラント作業現場などを再現した安全教育など、最新のテクノロジーを生かしたものもあるという。
講義は現在、英語で行われているというが、国籍も宗教も文化も異なる現地法人従業員が一緒に学ぶことに混乱はなかったのだろうか。「むしろ、昼休みや休憩時間も一緒に行動するなど、親睦を深めたようです。同じ山九グループの一員として、アジア各地に仲間が増えたと感じているようです」(堀口氏)。
山九グループでは、現地法人でも勤続年数が長い従業員が少なくないという。さらに、退職した後に、再度戻ってくる従業員もいるという。センターの講師を務めるPrabakaran AL V Sivasankaran Nair氏もその一人だ。「10年近く山九グループの現地法人に勤務していました。息子の結婚などをきっかけに母国に戻るため山九グループをいったん離れましたが、やはり山九の文化や技術力が優れていると感じ、戻ってきました。センターの講師という機会をもらい、感謝しています。優れたカリキュラムと、私が培った経験などを生かしながら、施設全体をさらに強化していきたいと考えています」と抱負を語る。
今後はさらに多様な受講生が集まる場になるだろう。イスラム教徒の参加者にも配慮し、施設内には礼拝所が設けられているほか、食事面でも、社員食堂では「ハラル」メニューが用意されているという。
堀口氏は、「引き続き、講座を拡充していく計画です。国内の研修施設ではより高いレベルを目指すための競技大会を30年以上にわたり開催しています。『SANKYU TECHNICAL ACADEMY』でも、溶接や仕上げ、フォークリフトなどの大会を開く予定です」と話す。
すでに受講した従業員の評価を聞き、各国の現地法人からも、他の従業員も研修に参加させたいという声が集まっているという。「各社のスキルマップを描きながら、全社的な技術・技能の向上を目指していきます」と堀口氏は意気込みを語る。
「人を大切にする」ことがサステナビリティ
大庭氏は「マレーシアに続き、中東でも同様の施設を開設すべく検討が進んでいます。それぞれの地域での人材育成のみならず、リクルーティング(採用)、さらには技術の集積地としていきたいと考えています」と話す。グローバル展開がさらに加速することになりそうだ。
一方で、「自社の従業員だけでなく、地域社会、パートナー企業も含めて、『人を大切にする』取り組みも進めています。パートナー企業の資金繰りを支援し、共に発展を目指すプロジェクトもその1つ」と語る。これまで山九は、中小の取引先への支払いの一部に手形やファクタリングを使用していたが、これを廃止し、月末締め・翌月末の現金払いに統一した。「ソーシャルローン」を活用して複数の金融機関から資金を調達し、支払いに充てるが、支払いの早期化を資金使途とし、第三者評価を取得したソーシャルローンは本邦初※の試みだ。
「当社グループは、22年6月に『サステナビリティ基本方針』および取り組むべきテーマを公表しました。本プロジェクトも『地域社会への貢献』『経営基盤の強化』などのテーマに対応するものです」と説明する。これからも事業活動を通じて、社会課題の解決に貢献する考えだ。
さまざまな取り組みを通じて「人を大切にする」山九グループならではの持続的成長を実現しようとしている。日本で誕生し世界で活躍する企業としても、引き続き注目していきたいところだ。