ファイザー「前例なき開発の速さ」支えた企業文化 グローバル連携で「次なる有事」への備えを

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ファイザーの藤本陽子氏
ワクチン開発は通常、10年ほどの時間がかかるといわれているが、ファイザーは新型コロナウイルス感染症のワクチンの開発から供給開始までを、約9カ月という前例のない期間で成し遂げた。グローバルのパートナーや政府・自治体など多くのステークホルダーと連携を取ってパンデミックに立ち向かった学びを生かし、来るパンデミックへの備えをすでに始めているという。日本法人のワクチン部門トップとしてパンデミック対応に尽力した藤本陽子氏に、今回のワクチン開発と今後の取り組みについて聞いた。

ワクチンの開発にはグローバルなネットワークが不可欠

――藤本さんは臨床医、医学研究を経て製薬会社に転身されたそうですが、経緯をお聞かせください。

藤本 陽子(以下、藤本) 私は神経内科医として6年間勤務した後、同じ職業である夫と共に米国に留学し、基礎免疫学のラボで研究を行っていました。充実した日々でしたが、専門の神経内科で扱う疾患には治療薬がないものも多く、それを「なんとかしたい」という思いが強くなり、製薬会社への転職を決めたのです。

そして、ファイザーでは11年間新薬開発に従事し、2013年には医療関係者へ薬剤に関する正確な情報を提供する専門部署である「メディカル・アフェアーズ」の統括部長に就きました。

2019年からはワクチン部門長を任され、新型コロナワクチンの供給に関して、政府・自治体ほかさまざまな組織との調整役を務めることとなりました。

ファイザーの藤本陽子氏
ファイザー 取締役 執行役員
mRNA・抗ウイルス医薬品部門長 (2019年~2022年12月までワクチン部門長)
藤本 陽子

――日本へのワクチン供給に当たって、ファイザーの日本法人としてどのように動いたのでしょうか。

藤本  日本への早期供給を実現するため、2020年の春ごろから、日本への供給について米国本社に提案し、流通・接種体制の構築に向けた準備を始めていました。

同時に日本政府との話し合いも進めていました。他国では首脳と合意すればトップダウンで事が進むことが少なくありませんが、日本では組織のキーパーソンを見極めて段階を踏んで協議を重ねることが大事だと学びました。

次の有事には、今回の経験を生かしもっと迅速に調整を進められるよう、平時から官民の信頼関係を維持しつつ、アカデミアを含めた官民学のパートナーシップをさらに強固にしていきたいと考えています。

――「国産ワクチン」を待望する声もありましたが、ファイザーはどのように考えていましたか。

藤本 ファイザーの社員は誰一人、当社のワクチンを米国製ワクチンとは考えていません。mRNAワクチン技術の確立には世界中の多くの研究者が関わっていますし、ワクチンの原材料は約20カ国、90社近いサプライヤーから調達しています。

製造は世界に点在する施設で行われ、グローバルなネットワークがあります。世界のどこかで自然災害や紛争などがあっても供給に支障が出ないよう、体制を整えています。

今回のワクチンの開発に当たり、弊社は米国をはじめ、どの国からも補助金などの支援を受けておりません。これは、グローバルな製薬企業として、特定の国の意向に縛られることなく、可能な限り速やかに、かつ公平に全世界へワクチンをお届けできるようにするためです。

こうした背景から、さまざまな国の医療規制や品質管理基準を満たすことを念頭に、製品化を進めることができました。多くの専門家や複数の規制当局のチェックを受けることで、よりよいワクチンを届けることができたと考えています。

※mRNAワクチン技術:mRNAはメッセンジャーRNAとも言われる。ファイザーが手がけた新型コロナワクチンはmRNAワクチンと呼ばれ、ウイルスのスパイクタンパク質(ウイルスがヒトの細胞へ侵入するために必要なタンパク質)の設計図となるmRNAを脂質の膜に包んでいる。mRNAがヒトの細胞内に取り込まれると、それに対する抗体ができると考えられている

新型コロナの経験を踏まえ、ユニークな部門を新設

――来るパンデミックへの備えを開始しているそうですね。

藤本 新型コロナウイルス感染症対策には予防のためのワクチンと治療薬が必要ですが、当社はその両方の開発に成功し、製造・供給を行っている数少ない企業のうちの1つです。

今回の経験と技術を生かして、2023年1月には mRNA・抗ウイルス医薬品部門というユニークな部門が新設され、私がその長を務めることになりました。ここでは、新型コロナに関する問題を解決するだけではなく、次のパンデミックへの備えを進めていく予定です。

パンデミック対応では、医薬品の開発・製造だけでなく、政府や自治体をはじめ、社会のさまざまなステークホルダーの方々との連携が重要であることが、今回の経験を通じて改めてよくわかりました。連携体制を平時から構築しておき、有事には迅速に対応できるよう備えるのも新部門の役割です。

――部門名にmRNAとありますが、この技術の展開を担うということでしょうか。

藤本 はい。mRNA技術をより広範に展開し、継続的なイノベーションを促していくのも重要な当社の使命です。しかし、同時に「技術ありき」で物事を進めてはいけないと考えています。

新型コロナについては、従来型のワクチンも含めて検討した中で、まだ成功事例がなかったmRNA技術が有効であると判断しました。決して、mRNA技術を世に出すことを目的としていたわけではありません。次に解決すべき難題に直面したときにmRNA技術よりも有望なものがあれば、ためらうことなく乗り換えていきます。

一人ひとりが挑戦できる文化がイノベーションを起こす

――今回、短い期間でのイノベーションが求められたと思います。製薬に限らずイノベーションを起こすには、何が重要だと思われますか。

藤本 当社がワクチンを開発・供給できているのは、多くの研究者やパートナー企業の協力があってこそだと考えています。私たちには、オープンイノベーションの文化があります。たとえば、当社のケンブリッジ研究所は社外研究者の出入りを可能にしており、さまざまな人と議論を交わすことができます。

国際学会などでは研究者同士が自由に自分の意見を言い、情報交換することが珍しくありませんが、日本の研究者の中には、そうした議論において情報をどこまで出していいのかに迷いがある方も見受けられるようです。オープンイノベーション文化の醸成や知的財産に関する理解を深めていくことで、こうした状況が改善することを期待しています。

また、日本では、上場によるキャピタルゲインを期待して、大企業がベンチャーに資本投資する形の連携が多いように思いますが、もっと長期的でフラットな連携が重要ではないでしょうか。

当社とビオンテック社は企業規模が異なりますが、2018年からインフルエンザmRNAワクチンの共同研究に対等な関係性で取り組んでいました。このような連携があったからこそ、迅速に新型コロナのワクチンを生みだすことができたのです。

ファイザーの藤本陽子氏

新型コロナウイルスの遺伝情報公開から、わずか9カ月でワクチンの特例承認に至ったことは驚きをもって受け止められましたが、社員は成功を疑っていませんでした。有望な技術、すばらしいパートナーに恵まれていただけでなく、本社CEOやトップマネジメントがリスクを恐れず迅速な決断をすることを知っていたからです。

また、成功の重要な要因として、挑戦する社員が尊重され、経験から学ぶことが推奨されているということが挙げられます。そうした環境のおかげで、どのポジションであっても迅速に意思決定をすることができました。

企業の大小を問わず、結局は「人」が大事だと思います。どれだけ大きなプロジェクトであっても、一人ひとりがどう動くかが重要であり、だからこそ個々人が挑戦できる文化が必要です。私たちに根付いているこうした文化を大切にしつつ、今回のワクチン開発の学びを生かし、さらなるイノベーションを起こしていければと考えています。

ファイザーのHPはこちら
ワクチンを学ぶ | ファイザー