日本は宇宙・月面ビジネスで世界と戦えるのか 民間視点を入れたルール作りが市場活性のカギ

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宇宙月面ビジネス
宇宙・月面ビジネスにおける日本の検討意欲は、世界トップレベル
「生きているうちに宇宙に行ってみたい」と考える人は多いかもしれない。日本の実業家の宇宙旅行がニュースで取り上げられるなど、宇宙空間はもはや人類にとって遠い夢ではなくなりつつある。さらに言えば、宇宙・月面ビジネスにおける日本の検討意欲は、世界トップレベルといえるほど旺盛だ。宇宙での活動におけるルール作りでも他国をリードすることで、さらなる躍進が見えてくる。

国内100社以上が参入を検討する「月」でのビジネス

2025年に月面に降り立つ──。アルテミス計画は、米国が中心となり、欧州、カナダなどが参加して半世紀ぶりの月面着陸を目指している。日本政府も参加を表明し、遠い未来の夢としてではなく近い将来に現実的なビジネスになるものとして、当初から民間企業が協力している。しかも、今回はアポロ計画とは異なり、月に行くことがゴールではない。月で継続的な活動を行うことが視野に入っているのだ。

宇宙や海洋などのフロンティア領域は、これまで市場自体が存在していないため、市場を創る段階も含めてビジネス開発を行わなければならない。そのような困難がある中で、今回は官にもまして産業界がリスクを取っている点が大きな特徴だ。

自動車大手は3社が名乗りを上げ、スーパーゼネコンや食品会社、素材メーカー、さらにはバイオテクノロジー企業から玩具メーカーまで、多様な業界から多くの企業が宇宙ビジネスへ参入の意向を示している。また、国内で100社を超える企業が月面ビジネスに関心を示し、具体的な検討も始めている。企業数だけでなく業種の多様性から見ても、ここまで盛り上がりを見せている国は極めて少ない。つまり月面ビジネスの「検討」という面で見て、日本は世界のトップレベルにあるといえるだろう。

その一方で、月面での資源開発などをはじめとする具体的なビジネスについては、多様化、複雑化するリスクへの対策の必要性が高まったとの見方もある。前出のアルテミス計画に関しても、過去に誰も経験したことがない宇宙での事故や、資源・環境管理、紛争などのリスクが考えられるからだ。これらのリスクに対して、日本は世界に先駆けて軌道上サービスの運用に関する国内ガイドラインを策定済みである。そこに含まれる情報共有の仕組みの国際ルール化を、世界に向けて訴えかけることも選択肢であろう。また、軌道上サービスの国際標準化などを目的とした民間中心のコンソーシアムCONFERS(Consortium for Execution of Rendezvous and Servicing Operations)とも連携して進めることも検討している。

「三菱総合研究所(以下、MRI)では、月面での商業活動を検討している国内企業を対象にアンケートを実施し、『月面活動に伴うリスクへの懸念』と『安全保障のためのルール形成に対するニーズ』を確認しました。この結果を踏まえ、国際民間団体と連携しながら、アルテミス計画に参加していない国からも合意を得られる提案を検討していきます」(MRI研究員)

※軌道上サービス:宇宙空間の軌道上で衛星に対して、デブリ(宇宙ゴミ)回収、衛星燃料の補給、ロボットアームを用いた衛星修理などのサービスを行うこと

持続可能な国際秩序の形成が不可欠

アルテミス計画に限らず、これからの宇宙での活動全般において技術外交戦略を重視するMRIは、20年から3年事業として「宇宙・サイバーリスクガバナンス:新たな脅威に対する官民連携・国際協力による秩序形成及び持続可能な利用に向けた技術外交戦略の研究(以下、技術外交戦略の研究)」(図1)を行ってきた。

「技術外交戦略の研究」概要

「宇宙活動の変化や、プレーヤーの増加により、新たなリスクが予見されています。軌道上サービスの安全リスク(事故、サイバー攻撃)、同技術の軍事転用(衛星攻撃での利用)の脅威などを予防するために、主要国の活動の透明性を高めることが求められます。透明性を高めることで偶発的な事故や、不信・誤認による衛星への攻撃などを回避することが可能となり、民間による安全かつ持続的なサービス提供が可能になるのです」(MRI研究員)

実際、21年11月には、ロシアによるASAT(対衛星兵器)実験で新たな大量のデブリが発生し、衛星や宇宙機に対するリスクが高まるという事象が起きている。

「これらのリスクによって、インフラや産業として重要である宇宙活動を妨げられることのないよう、国際的な枠組みの具体化は急務です。宇宙分野においては、技術や活動内容が日々変化していくため、迅速かつ柔軟に対応できる『ソフトロー』による国際秩序形成が有効となります。その際に重要になるのは技術外交戦略の視点です。日本の重要な宇宙技術・サービスを、国際的に優位な形で守り育てるという視点を持って、ルール形成の議論をリードしていくのです」(MRI研究員)

「技術外交戦略の研究」では、ソフトローの具体的ツールとして情報共有メカニズムによる透明性、信頼醸成措置が注目されている。政府間で情報を共有するメカニズムを利用して、誤解や不信による衝突が起きないようにするものだ。

※ソフトロー:国際的変動が激しい分野の場合、法もそれに対応して変化が求められるため、将来の条約・慣習法化を念頭に、まずは法的拘束力はないものの合意可能なルールを作るアプローチ。宇宙空間においては技術開発や活動内容の変化が続いており、それらに迅速に対応するためにもソフトローの形成から開始することが有用となる

技術外交で日本が飛躍する可能性

宇宙空間において活発な競争と秩序を両立させるためには、官民の連携は不可欠だ。前述のように、現在産業界が主導するこの分野では、すでに宇宙空間の利用や管理に関してベストプラクティスの整備、標準化のような秩序形成を進めているが、国際的な合意を取るには官民の力を合わせることが必要になる。

また、宇宙分野の経済安全保障の必要性も明らかになっている。22年2月に開始されたロシアによるウクライナ侵攻では、米民間衛星通信事業者へのサイバー攻撃が確認された。加えて欧州などがロシアと協力して行っていた宇宙国際活動も停止せざるをえなかった。このような有事の際に、いかに宇宙活動の機能を維持させるか。官民が連携してその能力を高めることが重要だ。MRIは「技術外交戦略の研究」において、経済安全保障的側面も含めて、宇宙活動を維持可能にするための外交・安全保障戦略を検討していく。

今後、日本が宇宙開発を進めるうえで重視したいことは、⽇本の活動に不利益が被らないようにすることだ。そのためにも、日本は得意とする分野において国際的な議論をリードするような技術外交戦略の視点を持ち、国際的な合意の下、ソフトローの構築に貢献することが必要になる。

具体的には、デブリ除去や衛星通信の暗号化、月面ローバーなどのロボティクス技術といった、日本の得意とする宇宙技術やサービスを守り育て、そして、それらのルール形成の議論の先頭に立つことが期待されている。そのような積み重ねによって、宇宙・月面ビジネスにおける日本の国際的な立場はより強固なものになるだろう。

>>月面ビジネスが示す新たな官と民の関係

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>>持続可能な宇宙利用に向けた技術外交戦略