コンサル解説、岐路に立つ「日本の製造業」の勝算 世界市場でも持続的成長へ、必要な「変革」とは
ジャスト・イン・タイムに限界。「データ駆動型」の戦略を
「日本のものづくりのお家芸である『ジャスト・イン・タイム』の生産方式が崩壊しようとしています」
そう話すのは、製造業コンサルティングに従事するリッジラインズの赤荻健仁氏。コロナ禍や国際紛争などの影響で、製造業では工場の生産停止や仕掛かり状態での滞留、納期の遅延など、サプライチェーンの混乱が各所で見られる事態となった。
「従来の垂直統合型のサプライチェーンでは、需要に対して効率的に、必要なときに必要なものを必要な分だけ供給してきました。しかし昨今のような予測できない事象が発生すると、さまざまな要因で部材の調達が困難になり、設計や仕様、納期の変更対応に追われます。そのシワ寄せが広がってサプライチェーン全体で分断が起き、結果としてビジネス機会の損失や対応のための業務コストの増加を招いています」
予期せぬ大きな変化の発生により、あらかじめ定められた計画やプロセスに合わせる形でのサプライチェーン管理が限界に来ているというわけだ。レジリエンス(強靱性)を高め事業継続を目指すには、そうしたサプライチェーン管理のあり方を見直す必要があるだろう。
赤荻氏は「経営とサプライチェーン計画を同期させ、戦略的にサプライチェーンを回すこと」が重要だと説く。供給サイドのリスクに対し、経営視点からプロダクトミックスの再考、生産拠点の変更や戦略的調達、代替部品への設計変更など、バリューチェーン全体での対策を戦略的に講じる必要がある。現場に生産調整を委ねるのではなく、経営と一体になって、起こりうる変化を予測しながら需給をコントロールする視点を持ち、かつその予測を「データ駆動」で行うべきだとする。
「データで生産や在庫の状況を把握することだけではなく、調達サイドの状況やマーケットの需要をいかに把握し供給に反映させる仕組みをつくるかがポイントになります。それには単にERPを導入すればいいわけではなく、業務に最適なサービスを選択し、ビジネスの変化に応じてサービスを柔軟に変更できるSaaSなどを組み合わせながらデータをつなぎ、ビジネスに活用できる仕組みをデザインすることが重要です」(赤荻氏)
ものづくりのシフトではブロックチェーンが基盤に
リッジラインズでは、製造業が未来に向けて目指す方向性として、サプライチェーンの強靱化のような「既存のビジネスモデルの深化」とともに、デジタル技術を用いた「新たな事業の探索」が重要と位置づける。同社の佐藤浩之氏は次のように語る。
「大企業が企画した製品をサプライヤーの協力で実現していくという従来型のものづくりが、VUCAといわれる環境の中で新しい形に移行していると感じています。それをブロックチェーンのようなWeb3の技術が加速させていくと見ています」
現在のものづくりが特定の企業に閉じる形で、一定の品質を保ちながら大規模かつ効率的に行われてきたのに対し、新たなものづくりでは、さまざまな人や企業が関わる形でより価値の高い技術やアイデアに投資され、作り出されたものが共有されていくというのが佐藤氏の見方だ。その基盤となる技術が、取引情報を改ざんが困難な形で分散的に記録するブロックチェーンで、それを使った事業アイデアを同社では構想している。
一例が、熟練工の技能の伝承だ。熟練工の持つノウハウをAI化したうえでNFT(非代替性トークン)に変換して移転可能にし、マーケットでスキルを売買する。熟練工はスキルが利用されるたびに報酬を受け取ることができ、技能伝承の活性化を狙えるという。「人に依存していたスキルをAIと連動させることで、熟練工の引退後もそのノウハウがデジタルの世界に残ります。熟練工が持つ技能の価値にスポットライトを当てる取り組みです」(佐藤氏)。
さらにブロックチェーンは、現在の垂直統合型のサプライチェーンを変革する際のキーテクノロジーにもなりうる。それをリッジラインズとともに模索するのが、栃木県足利市に本社を置く航空機エンジン部品メーカーのエアロエッジだ。
AM×ブロックチェーンで新ビジネスの可能性
エアロエッジは、自動車や建機、油圧ポンプ用のギアなどを手がける「菊地歯車」からスピンアウトする形で2015年に設立された、従業員数110人程度の中小企業だ。もともとはより付加価値の高い産業として航空分野に着目し、菊地歯車として00年代初頭に参入した経緯がある。
そうした企業が13年、航空機エンジン製造大手の仏Safran Aircraft Engines(以下、サフラン社)と次世代航空機用エンジンに搭載されるタービンブレードの長期供給契約を締結。航空産業において、日本の中小企業が世界の大手と直接取引することはまれだという。同社から選ばれた理由はどこにあるのか。エアロエッジでCOO/CTOを務める水田和裕氏はこう説明する。
「当時、欧米数社との競争でしたが、期限内にサフラン社の要求水準を満足する試作品を提供できたのが菊地歯車のみであったことで、信頼を獲得し、契約につながりました。航空分野ではQCD(品質・コスト・納期)を達成すると評価される傾向にありますが、とはいえ将来的にはQCDだけを競争力として訴求していくのは難しい。そこでよりハイレベルな供給を実現するために、ジャスト・イン・タイムのサプライチェーンの中でもデジタル技術を融合させて、生産性の向上を図っています。そうしたことがサフラン社からの評価につながり、22年には2000社を超えるサプライヤーの中からトップ5社のみに与えられる『サプライヤ パフォーマンス アワード』を受賞できました」
例えば、加工物の固定に使う「治具」を3Dプリンティングで内製できる十分なノウハウがある。これにより、コロナ禍でサプライチェーンが混乱し入荷が不安定になる中でも、必要なときに自給できるそうだ。サプライチェーン安定化のみならず、機能の向上も同時に実現する設計も行っているという。
同社は現在、従来の垂直統合型による量産部品の製造と並行して、新規事業のための分散型製造にも戦略的に取り組んでいる。それが先述の治具の内製化でも採用する「アディティブ・マニュファクチャリング(AM)」で、積層造形とも呼ばれる、3Dプリンターで金属を積み重ねて多様な形状を作り出す製造方法だ。
「当社の強みは、加工が難しい金属から複雑な形状の部品を作り出す『切削技術』です。一方で3Dプリンティングの発展は目覚ましく、将来的に『切削は不要』といわれる時代が来るかもしれません。しかしそれを脅威とは捉えず、製品性能の向上やサプライチェーンのスリム化に向けてむしろ先手でAMに取り組むべきと考え、設備投資を行っています。実際には多くの部品で仕上げ加工は必要であり、AMとの一貫されたプロセスで高付加価値な事業を描けます」(水田氏)
そして現在、リッジラインズと検討しているのが、AMを活用し、ブロックチェーン技術を取り入れたオンデマンド製造プラットフォームである。事業者から注文を受けた部品をAMで製造して納品。設計元や製造過程、品質といった取引情報はブロックチェーンに記録する。さらに、製造者や設計者のデータやノウハウはNFTで担保したうえで、関係者に利益分配する仕組みだ。
「3Dプリンティングには、造形時の条件開発や設計の最適化など高度なノウハウを必要とします。それを蓄積し、横展開するためにブロックチェーンやNFTのような知財を守る技術を活用できるのではと考えています」と水田氏。
リッジラインズの赤荻氏も、「製造者や設計者のノウハウを流通できるような市場を形成できれば、自分の価値が可視化されて市場に提供でき、モチベーションも高まりワクワク感を持って働くことにもつながるのではないでしょうか」と、この取り組みに期待を寄せる。
経営戦略目線を持った技術者が成長に不可欠
事業を取り巻く環境の変化から従来型ビジネスの転換が迫られる製造業が競争力を高め、世界へより存在感を発揮していくにはどうするべきか。海外大手企業と直接契約を果たした企業としての視点から、水田氏はR&D(研究開発)と事業化を推進できる人材の育成が重要だと思いを込める。
「とくにCTO(最高技術責任者)というポジションはとても大切で、新しい価値を生むための経営戦略目線を持った技術系の人材を育成していくことが、日本の成長のためには欠かせないと思います。私自身もCTOとして、社内にイノベーション専門の組織を直轄で持っています。フィジカル・デジタルの技術はより複雑化・細分化していますが、これらをうまく融合し事業化していくことが、グローバルで製造を展開していくうえで重要だと考えます」
リッジラインズは新技術を活用した製造業のビジネス変革を支援していく。「サプライチェーンは強靱化だけでなく、CO2の排出削減も含めてサステイナブルなあり方が求められています。当社は企業の戦略デザインから、ブロックチェーンなど先端テクノロジーの活用まで伴走できるのが強みです。実験的なことも行いながら、お客様と一緒に新たなビジネスをつくり上げていきたいと思います」と赤荻氏は語る。
強靱なサプライチェーンの構築や新しいテクノロジーを活用した新事業へ挑戦する両者の取り組みは、日本の製造業が持続的に成長していくためのヒントを示唆している。それが日本の製造業の未来を開くカギとなるのではないだろうか。