京都産業大学が推進する次代を見据えた教育改革 Society5.0時代の社会を牽引する人材を育成
DXによって実現する先進的な教育
日本が提唱した未来社会Society5.0が現実のものとなろうとしている今、変化の兆しは社会の随所に表れている。「産業界もいよいよ本格的に動き出したと感じています」。ソフトバンク代表取締役会長の宮内 謙氏は、そう実感を語る。あらゆる企業でDX(Digital Transformation)の動きが加速しているのが端的な例だ。「2018年にスタートさせたキャッシュレス決済サービス『PayPay』の加盟店は、今や380万店を超えます。小規模な小売店までがスマートフォン1つでデジタルデータを活用し、ビジネスを行う世界がすでに到来しています。もちろん大企業では工場のスマートファクトリー化が進み、またオフィスでも、RPA(Robotic Process Automation)によって、人にしかできないと考えられてきた知的業務さえネットワークにつながったロボットが代替できるようになっています」と言う。
こうした社会の変化に伴って、大学に求められる教育も変わりつつある。京都産業大学学長の黒坂 光氏は、「デジタル技術の進展によって社会や産業がどのように変わるのか、まずは最先端の未来像を見せ、その中で自分に何ができるのかを考える機会をつくることが、大学の役割だと考えています」と語る。
「将来の社会を担って立つ人材の育成」を建学の精神に掲げ、数多くの有為な人材を産業界に輩出している京都産業大学は、社会の要請に応え続けていくべく教育DXを進めている。その取り組みの1つが、21年度に開講した全学共通のデータサイエンス科目「データ・AIと社会」である。この教育プログラムは、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」に認定されている。「この科目は、ビジネスへのデータ活用例、人工知能の創造性や倫理的な側面、予想される未来など、学生が幅広く関心を持って学ぶことのできる授業です」(黒坂氏)。
本科目について宮内氏がまず評価したのは、文理を問わず全学部に開かれている点だ。「今後必要とされるのは、最先端のデジタル技術を開発する人材だけでなく、業務に精通し、データやAIを活用して新たな価値やイノベーションを生み出せる人材です。そう考えるとデータサイエンスの素養が必要なのは、文理に共通しています」と宮内氏。たとえ人間の知能を凌駕するテクノロジーが登場しても、それを有意に使いこなせれば、人も自らの価値を発揮できる。
その好例としてソフトバンクでは「Smart & Fun!」のスローガンの下、ITやAIを活用した新しい働き方の実践を進めているという。「テクノロジーを徹底的に活用することで、よりイノベーティブでクリエーティブな仕事が可能になる。それによって企業をもっと成長させられると考えています」と宮内氏は言う。
DXの推進によって「学生の気づきと主体的な学びを促進するデータ駆動型教育」の実現に向けて、京都産業大学は、教学データの活用も進めている。「産業界のニーズも踏まえ、学生が修得すべき『8つの資質・能力』を定めました。これを軸に学生に成長を実感できる学修データをデジタルで示します。大学は膨大な学生諸データを分析し、学生の成長を最大化するための教育の質保証や改革を進めます」と黒坂氏は狙いを明かす。データ活用によって、同大学の教学はさらに進化していくことになる。
大学が育成するアントレプレナー
社会の要請に応える人材育成の取り組みとして、京都産業大学はもう1つアントレプレナー教育にも挑戦しようとしている。23年度、「アントレプレナー育成プログラム」を新設するという。「アントレプレナー教育自体は珍しくありませんが、本学のプログラムの特長は、全学部の教員がリレーで担当する全学部生対象の正課教育としていることです。また起業に必要な知識やマインドを教授することにあります。そのうえで企業や人とのつながりを支援することで『起業』の実現に結び付けます」と黒坂氏は強調する。ビジネスチャンスを見いだす実践的な演習に加え、具体的なビジネスモデルの策定や事業化に向けた計画、資金調達、企業とのマッチングなど、起業までのプロセスを、大学が人的・物的資源を投入して伴走支援するところまで体系化したという。
「ベンチャーの創出に関しては、やはり日本は遅れていると言わざるをえません」と指摘した宮内氏。「アメリカでなぜあれほど多くのベンチャーが誕生しているのかといえば、それを後押しする環境があるからです。若い世代のスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタルやエンジェル投資家も少なくありません。若いときほど失敗をおそれず果敢な挑戦ができる。その意味でも京都産業大学のプログラムには可能性を感じます」と期待を寄せる。
宮内氏自身もソフトバンクという企業を今日まで育て上げた経験者である。「最初は出版業とソフトウェアの販売業を行う会社だった当社が、インターネットや通信キャリアなどへ事業を拡大する過程は、新たな企業や人とのつながりを広げていくことでした」。そう振り返った宮内氏は、京都産業大学が改革の旗印に掲げる「むすんで、うみだす。」というスローガンは、まさにアントレプレナーを体現するものだと言う。
「そして何より起業に必要なのは、課題を解決したい、社会をよりよくしたいという『思い』です」と宮内氏。「資金も、人も、製品さえないところから事業を成功させるのは、本当に難しいことです。強い思いこそが、困難を突破するパワーになるのです」。そう語る宮内氏も、熱い思いを胸に燃やし続けている。19年にヤフー(現・Zホールディングス)を傘下に収め、21年にZホールディングスとLINEが経営統合したのも、通信キャリアにとどまらず、さらに多様にサービスを広げ、世の中の役に立ちたいという強い思いがあったからだと打ち明ける。「Z世代はとくに社会に対する関心が高いと感じています。世の中は社会課題であふれています。そこから自分が強い気持ちで解決に取り組める課題を見つけてほしい。それがイノベーションを起こす新しいサービスや製品の創出につながるはずです」(宮内氏)。
社会課題を探すうえで、多様な人や専門知に触れられるところにも、京都産業大学の強みはある。全10学部約1万5000人の学生が一拠点で学ぶ「ワンキャンパス」を実現していることだ。「すべての学年の学生が文系理系を問わず交ざり合い、さまざまな刺激を受けながら学んでいます。『アントレプレナー育成プログラム』においても、幅広い観点から社会課題を捉え、起業を通じてその解決に迫る文理融合の学びを実現します」と黒坂氏。京都産業大学の学生には、「神山(こうやま)スピリット」といわれる特徴がある。「元気、やる気があって、困難にも果敢にチャレンジし、最後までやり抜くのが本学に受け継がれる精神です。アントレプレナーにうってつけのスピリットだと自負しています」と自信を見せる。
教育DXを加速するスマートキャンパス構想
京都産業大学では、教育DXに対応したキャンパス環境の整備も進めている。新校舎や学生の活動拠点の設置に加え、キャンパスのどこにいてもインターネット通信が利用できるなど、IT環境も充実している。「教育がメタバース上で展開される時代は確実にくるでしょう。未来を見据えて、キャンパスのスマート化を進め、教育DXをさらに加速させます」と構想を語った黒坂氏。
宮内氏は「大学に5Gを整備し、完全な5Gキャンパスを実現することを提案したい。5G環境では、圧倒的なスピードでの通信や大人数の接続が可能になります。Z世代はスマートフォンを当たり前のように使いこなす世代です。例えばLINEをプラットフォームにしたeキャンパスが実現したら、面白いのではないかと思います」とアイデアを提示する。「本学は、創設間もない頃に他大学に先駆けて大型電子計算機を導入しました。この挑戦の姿勢を持ち続けて大学全体のDXを推し進めることで、Society5.0時代をリードできる大学でありたいと思っています。産業界の力もぜひお借りしたい」と意欲を見せた黒坂氏。「『産業大学』の名のとおり、今後も産業界に貢献する人材を育成していきます」と力強く語った。