社会課題解決でなぜ資金が集まり成長するのか? ソーシャルインパクト・ファーストの未来図

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ユーザーや若い働き手の意識が大きく変わり、企業には利益至上主義ではなく社会課題の解決が求められる時代になりつつある。わが社は何のために存在するのか――。そんな根源的な問いを、経営者は突き詰めてゆく必要がありそうだ。では、社会課題と企業の間にはどのような関係性があるのだろうか。テクノロジー・スタートアップを多数支援するTomyK Ltd.代表の鎌田富久氏に聞いた。

課題解決先進国である日本が目指す未来

企業と社会課題解決の関係について考えるためには、まずは日本が今置かれている状況について把握しておく必要があります。戦後の復興期から高度成長期を経てバブル期に至るまで、日本は経済規模を拡大してきました。しかし、その後は世界的なグローバル化・IT化の波に乗ることができず、現在まで経済は停滞しています。明治維新から約150年間、右肩上がりを続けていた人口カーブも2009年に減少に転じました。日本のような成熟した先進国では、人口減少の局面でモノ消費が増えることは望めないと考えています。

しかし、悲観する必要はありません。むしろ、日本は「モノ経済の成長」をいち早く、しかも優秀な成績で“卒業”して、他国に先駆けて新しい課題に取り組む「課題解決先進国」という次の段階に進んだと言えるのではないでしょうか。企業と政府、個々人が「新たな豊かさ」を共に考えていく時期に来ました。だからこそ、GDP成長のような旧来の豊かさの指標に、いつまでもとらわれないことが大切です。

経済成長を優先してきたわれわれは多くの課題を抱えています。カーボンニュートラルや環境問題、エネルギー、食料や水、その他SDGsで掲げられている目標など、どれも簡単に解決できないものばかりです。企業がこれらの問題に取り組む場合、コストアップになり経済合理性からは踏み込みにくいことが多いでしょう。ここで、まず企業や政府、個人がマインドを切り替える必要があります。言うなれば「売り上げ・利益ファースト」から「ソーシャルインパクト・ファースト」への転換です。

TomyK Ltd.代表の鎌田富久氏
鎌田 富久(かまだ・とみひさ) 東京大学大学院理学系研究科情報科学博士課程修了。理学博士。東京大学在学中にソフトウェアのベンチャー企業ACCESS社を設立。組み込み向けTCP/IP通信ソフトや、世界初の携帯電話向けウェブブラウザなどを開発。携帯電話向けのコンパクトなHTML仕様をW3C(World Wide Web Consortium)に提案するなど、モバイルインターネットの技術革新を牽引。2001年に東証マザーズに上場し(現在、東証プライム)、グローバルに事業を展開。2011年に退任。その後、スタートアップを支援するTomyKを設立し、ロボット、AI、人間拡張、宇宙、ゲノム、医療などのテクノロジー・スタートアップを多数支援。東京大学大学院情報理工学系研究科 特任教授。2020年より、LPIXEL Inc. 代表取締役も務める

ソーシャルインパクトとは、社会と共有できる新たな価値を創り上げることで、社会に影響力を及ぼすことです。これからの時代は「ソーシャルインパクト・ファーストの時代」だと私は考えています。

実際、社会課題意識をもつ人、企業は増えてきています。スタートアップにおいても、社会課題の解決をうたったほうが、資金が集まりやすくなっています。ESGは企業の長期的な成長に欠かせない要素となっており、企業の意識の変化を感じます。実際、ソーシャルインパクトを重視して投資活動を行う投資家も増えており、ESG投資が広がりつつあります。

では、ソーシャルインパクト・ファーストの時代のスタートアップの成功モデルとはどのようなものになるでしょうか。私は、どちらかと言うと、数社の巨人よりも、規模はそれより小さいかもしれないが「100社の元気のいいスタートアップが全体として協力し合う」というイメージをもっています。どこか1つ、2つが倒れても全体としては強くサステイナブルですし、こうした形のほうが日本に合っているのではないでしょうか。

22世紀までに何をすべきか考える

人口が自然減少するという、人類が誕生以来初めて迎える社会の新たな課題とはどんなものなのでしょうか。私は2つあると考えています。労働力不足、そして高齢化社会における健康と長寿の問題です。どちらも日本特有の課題だと錯覚しがちですが、実は遅かれ早かれ世界中が直面することになる、人類にとっての根源的な課題なのです。

まず、労働力不足ですが、解決のカギはテクノロジーの進歩にあります。AI・ロボットを用いることで人間がやるべき仕事を減らせる一方、よりクリエイティブな業務にフォーカスできるようになります。その結果、さまざまな分野で新しいイノベーションが生み出される可能性も高くなるでしょう。とくに日本では、ロボット技術の研究も古くから盛んですし、ロボット関係のスタートアップもたくさん出てきています。

しかし、ここに日本的な問題もあります。万が一、何かあったら大変という意識が強いので、ロボット一つ取っても非常に高い信頼性を要求して、本格的な導入に踏み切れない傾向にあります。高い品質レベルを求めることよりも大切なのは物事の捉え方です。ロボットやAIの技術革新が「あと何年かかるのか」と心配するのではなく、「いつまでに必要か」を考えることです。

厚生労働省の予測によれば、2060年には働く人の割合が総人口の約半分になってしまいます。それまでに完全自動化が進んでいないと間に合いません。ゴールから逆算してバックキャスト思考で開発を進めていく、そのタイムスケジュールを目標に、作り手と使い手が協力して製品・サービスを育てていくという発想が大切なのです。

労働力の維持のためにも、健康と長寿という課題解決はとても重要になってきます。がんなどの疾病だけでなく、認知症のような老化に伴う健康上の問題も、やはりテクノロジーが解決のカギを握ります。健康問題の解決のためには、メディカルやバイオに加えて、データサイエンスやAI、センサーやマテリアルなどさまざまな分野とのかけ合わせによるイノベーションが必要です。今後の世界全体にとっても大きな課題ですので、今、先頭を走っている日本がこの「長寿テック」分野に積極的に投資する意味は大きいでしょう

大きな社会課題と聞いて、地球温暖化を引き起こす環境・エネルギー問題を思い浮かべる方も多いかもしれません。この問題は世界中の人々が本気になれば必ず解決できるものだと思います。

TomyK Ltd.代表の鎌田富久氏

化石燃料は先々なくなることがはっきりしているので、先んじて本腰を入れて新しい方向に向かった者が、ゆくゆくは勝ち残ると思います。ガソリン車からEVへのシフトも同様です。バッテリーの劣化など、普及に向けての課題は少なくありませんが、技術は確実に進歩しています。

環境・エネルギー問題については、若い世代の意識が高いことも解決に向けて大きな力になります。私が東京大学の学部生や大学院生を対象に「あなたたちの世代は何歳まで生きると思うか」と質問したところ、その回答は平均して120歳ぐらいでした。ほぼ全員が、22世紀まで生きるという感覚をもっていることがうかがえます。彼らからすれば、再生可能エネルギーへのシフトやカーボンニュートラルといった問題は、22世紀を迎える前に解決していなければならない必須課題なのです。

しかし残念ながら、今、世の中の動きの中心となっている世代は、国家間の覇権争いや企業間のつまらない競争でなかなか前進できないでいるため、こうした課題を乗り越えるのは難しいかもしれません。次世代もしくは次々世代くらいが社会の中心になってくれば、よい方向に進むのではないかと期待しています。

ソーシャルインパクトで企業と人の関係性も変化

これまで利益第一主義で事業をやってこられた方々は、「社会課題の解決と利益第一主義とは相いれない」「ビジネスはきれいごとではない」と考えておられるかもしれません。しかし先述したように、ソーシャルインパクト・ファーストの時代では、社会課題の解決をうたう企業に多くの投資家が注目し、投資するケースが増えていきます。社会課題解決によって企業が成長する時代は、すぐそこまで来ているのです。

ソーシャルインパクト・ファーストの時代は、ユーザーは単に商品を消費する人という存在ではありません。「企業が目指している課題を一緒に解決する仲間」となるでしょう。企業の姿勢を評価し、商品の購入を通じて応援するというわけです。さらに、データを提供したり、SNSで宣伝に協力したりすることもできます。従来は事業の「目的」そのものだった企業の売り上げや利益の位置づけも、今後は問題解決のための「手段」に変わると考えられます。

これまでのように単なる売り手と買い手という関係ではなく、「共感を呼ぶ」「ファンになる」といった関係性が重要になってきます。 すると、企業が何のために、どんな考え方で事業を行っているのか、そのためのミッションと具体的な行動が大切になります。いわば、その企業の存在意義です。社会課題が企業を成長させるというより、むしろ社会課題を解決しない企業は生き残れず、存在価値すらないと見なされるようになるのではないでしょうか。今すぐ変わることは難しいかもしれませんが、少なくとも経営者は今からマインドを変えないと、次世代の人たちに相手にされなくなってしまいます。

もっとも、こういう変化を後押しするための仕組みが、まだまだ足りていないことも事実です。とくに重要なのは、ソーシャルインパクトによって企業を評価する指標です。現在の売り上げ・利益を中心とした評価軸だけでなく、収益性が低くても社会課題の解決力を大きく評価するような指標を考えて活用していくことが重要だと思います。

哲学的思考でビジネスの問題を解決

これからはあらゆる企業が、大切にしていることは何か、どんな未来をつくっていきたいのかといったビジョンやミッションだけでなく、哲学、倫理観まで問われます。AIソフトの責任問題やロボットの人権、生命の拡張の境界線、メタバース内での法整備など、従来のビジネスの延長線上からでは答えを出すことが難しい問題に次々と直面することになります。実際、米巨大IT企業では哲学者を雇用していますし、哲学コンサルティングを導入する日本企業も増えつつあります。

TomyK Ltd.代表の鎌田富久氏

未来に向けて経営者が前例のない問題を真剣に考え、取り組む姿勢を外部に発信し、具体的な活動につなげていくことが重要です。課題解決先進国である日本にとって、世界に先んじて新しい企業の形を示すことができる大きなチャンスと捉えるべきです。先頭に立って考えていく者と、決まったことに後からついていく者との間には、明らかな差がつくものです。

日本は「飽くなき利益追求にそぐわない」「格差を好まない国民性」とこれまで悪く言われてきましたが、今後、サステイナブルな課題解決の時代に入ることを考えれば、それが強みに転じる面もあります。

政府や企業のトップは、ほかに先んじて「22世紀に向けて日本が世界をリードしていこう。それに必要なテクノロジーを伸ばしていくんだ」と、腹をくくって動き出すべきです。また、先端テクノロジーを社会実装するスタートアップを支援して、新たな産業をつくっていくことも重要です。社会課題の解決と企業の成長という、一見すると相反することが1つにつながったソーシャルインパクト・ファーストの時代、そんな未来を日本がいち早く実現していくべきだと思います。

※このインタビューは『フロネシス23号 2050年、社会課題の論点』(東洋経済新報社刊)にも収録されています。

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