鉄鋼メーカーの独自パーパス経営 30年先を見据えた差別化戦略オプション

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脱炭素化や鉄鋼需要構造の変化で鉄鋼メーカーは変革を迫られている。しかし、30年先の市場を見通すことはなかなか難しい。2022年10月に開かれたオンラインセミナー「鉄鋼メーカーの独自パーパス経営」では、企業が自らの「未来のあるべき姿」を追求するパーパス経営を提唱する一橋大学の名和高司氏と、グローバル鉄鋼業界の動向をウォッチしているアクセンチュアのティモシー・ヴァン・オーデナード氏が登壇。日本の鉄鋼メーカーの進路を考察した。
主催 東洋経済新報社
協賛 アクセンチュア

基調講演
30年先の視点から現在を捉え、自社特有の志本経営を磨き上げる

一橋大学ビジネススクール 国際企業戦略専攻 客員教授 京都先端科学大学(KUAS)ビジネススクール 教授 名和 高司氏
一橋大学ビジネススクール
国際企業戦略専攻 客員教授
京都先端科学大学(KUAS)
ビジネススクール 教授
名和 高司氏

企業経営におけるパーパス(志、夢や信念)の重要性を訴えて「資本主義から志本主義へ」を提唱している名和高司氏は、国連のSDGs(持続可能な開発目標)目標年である2030年のさらに先を見据えた「新SDGs」の取り組みを促した。

名和氏の新SDGsとは、50年に向けてサステナビリティ(S)、デジタル(D)、グローバルズ(G)の3点で、パーパスを軸にしたトランスフォーメーションを進めるもの。サステナビリティの取り組みは社会的意義があり売り上げを増やせるものの、需要に対して供給が少なく、そのままでは企業の利益にはつながらない。そこで社会価値と経済価値を両立するCSV(共通価値の創造)のためのイノベーションが必要になるとする。デジタルは徹底活用して、パーパスを実現する生産性の飛躍的向上を目指す。グローバル戦略は、安価な労働力の新興国とのコスト差を利用する戦略から、各地域が持つ異なる専門性をうまく結合させてイノベーションを生み出す戦略に進化させる。

今の市場においてパーパスを持つことは、サステナビリティへの配慮を求める顧客や金融、そして人材の3つの市場を引きつける土台として最低限必要な条件となっている。パーパス経営の実践により、従業員が会社に誇りを持つことで不正が減り、コンプライアンスコストが低下。ブランド、ナレッジ、人材などの無形資産も蓄積しやすくなって企業価値向上につなげることができる。

名和氏は、パーパスの「本当にありたい姿」は、「ワクワクする」「(自社)ならでは」「できる」の3条件を満たすように描くことを強調。今までそこにたどり着けなかった理由を内省しながら変革プロジェクトを進めれば「未来は開ける」と語った。

講演
2050年までのグローバル鉄鋼市場の潮流を踏まえた鉄鋼メーカーの変革機会

アクセンチュア 鉄鋼業界グローバル統括リード マネジング・ディレクター ティモシー・ヴァン・オーデナード氏
アクセンチュア
鉄鋼業界グローバル統括リード
マネジング・ディレクター
ティモシー・
ヴァン・オーデナード氏

鉄鋼業界は現在、構造変化の荒波の中にある。アクセンチュアで鉄鋼業界向けサービスをグローバルで統括するティモシー・ヴァン・オーデナード氏は「業界のディスラプション(破壊的イノベーション)シナリオの現実化が加速している」としてメーカーに変革の実行を促した。

鉄鋼需要は先進国で伸び悩み、インド、東南アジアなどアジア・太平洋の新興国の建設需要が成長ドライバーになる。オーデナード氏は「鉄鋼需要は一般にGDP(国内総生産)に同期するが、インフラ整備など経済成熟度にも左右される。中国は自動車からの需要が増すが、建設需要減少を補うほどではない」として中国の需要鈍化を予測した。

供給側はCO2排出コストが増大する。欧州ではバリューチェーン全体の脱炭素化を図る顧客からの排出削減要請も強まっていて、鉄鋼1トン当たり約200ユーロの排出コストが見込まれる。一方、新興国では依然として高炉・転炉への投資が中心になっていると指摘した。

この潮流に鉄鋼メーカーはどう臨むのか。導入技術や投資における市場環境のボラティリティを管理しつつ、①電炉や水素直接還元製鉄などの革新的技術への挑戦、②グリーン水素や高電圧電力を含めたエネルギーユーティリティへの適切なコストでのアクセス、③労働力不足に備えたプラントの自動制御、デジタルツイン、センサーによる予知保全などのテクノロジー活用、④製品の環境負荷情報の顧客への提供や、カーボンニュートラルなグリーンスチールの販売法などマーケティング・営業の検討――の4領域で変革を進める必要がある。日本メーカーは、①と②に偏る傾向があるとしたオーデナード氏は「4領域を網羅した取り組みが大切だ」と訴えた。

パネルディスカッション
企業独自の本質的な強みとは?

ファシリテーター アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 素材プラクティス シニア・マネジャー 花岡 直毅氏
ファシリテーター
アクセンチュア
ビジネス コンサルティング本部
素材プラクティス シニア・マネジャー
花岡 直毅氏

パネルディスカッションは花岡直毅氏の司会で、名和氏とオーデナード氏が50年に向けた鉄鋼業界の経営戦略を議論した。

最初のテーマは差別化戦略。オーデナード氏は差別化の前に、デジタルテクノロジーで迅速に入手する情報を活用したコスト削減や顧客アプローチ、優れた人材を引きつけられる魅力的なパーパス策定などの「基本が大切」と強調。名和氏は、グローバル戦略で各地域の特性を生かしつつ、1つにまとめ上げるマネジメントにおいては欧州企業に優位性があり、日本企業も学ぶべきところがあるとした。

2つ目はパーパス経営。オーデナード氏は、「欧州ではサステナビリティがパーパスの中心に構築されている」として、「鉄鋼生産の新しいイメージを浸透させる」事例を紹介した。名和氏は「その会社“ならでは”の思いを込め、ワクワクする未来イメージ」を描いてパーパスにすることを勧めた。日本企業は欧州の追随にとどまらず「日本流のプラン」を示すために、試験ベースの技術革新を「小規模でも実装段階に進めることが必要だ」と語った。

最後が将来に向けた経営戦略。名和氏は、パーパスの壮大なビジョンの実現には多彩な業種・組織を結集する必要があることや、将来が不透明で戦略を決めても変更を迫られる可能性があり、代替プランとなる選択肢を備える必要もあることから「人事だけでなく経営戦略においても多様性、ダイバーシティ&インクルージョンが必要」という考えを示した。オーデナード氏は、「グローバル市場では、鉄鋼生産時のCO2排出削減に向けた国際標準をはじめ世界ルールに従う必要があり、鉄鋼業界は立ち止まれない状況にある。決断しないことが最大のリスクだ」と強調。「決断力において欧州企業が特別に優れているわけではない。市場を洞察し、他社に学び、明確なビジョンに基づいて行動に移すことは、グローバル全体における鉄鋼業界の課題だ」と訴えた。