日本企業に突きつけられている4つの大課題 「失われた30年」で積み上がった企業リスク
国民の意識に根差した企業リスクに注目を
企業もしくは産業の新陳代謝によって、ダイナミックに産業構造を転換していく――。世界でこうした潮流が主流となりつつある一方、日本では伝統を重んじ、求心力を基本とする企業文化が根付いている大企業がリスクを抱えている。
イノベーション意識の欠如、人事制度疲労、SDGs対応やDXの遅れなど、日本企業に関してはさまざまな問題点が指摘されている。しかし、企業文化の変革を促すためには、欠点を個別にあげつらうよりも、日本人の意識レベルに根差した問題を見つめ直すべきだろう。具体的には、以下の4つの大きな課題が、日本企業に突きつけられているのだ。
①存続環境の理解
旧来の価値観に基づく商品やサービス提供によって顧客満足を追求し続けている。新たな社会課題を発見・解決する仕組みがなく、その労力も払っていない。
②人的資本の再建
専門的な知識や能力を軽んじ、組織内人材の能力を引き出せていない。人材に対する投資も不十分なままである。
③CGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)
ガバナンスを自社自身の問題と捉えず、外部から課される制約条件とする考えが横行している。
④新たな市場機会の創出
既存領域でのマーケティングやコスト削減の最適化に終始しており、新たな社会価値を創出できていない。
これら4つの課題は少しずつ絡み合っている。「①存続環境の理解」によって、はやりのキーワードに振り回されることなく、冷静に社会課題を観察する眼力が備われば「④新たな市場機会の創出」につながる。
そのうえで「②人的資本の再建」が求められる。時間的余裕に乏しいミドル層などでも経験や能力を価値に変えていける仕組みを構築する必要があろう。人で構成する組織の秩序維持も欠かせない。これに対応するのが「③CGX」という具合だ。
それでは4つの課題をもう少し具体的に見ていこう。
収益を追い、モノの所有欲を満たす時代の終わり
企業や産業に新陳代謝を起こすには、時代の変化と企業の意識の乖離を埋める必要がある。そのために欠かせないのが「①存続環境の理解」だ。
「この30年間、多くの日本企業は、業界内の他社動向には注意を払っても、社会の大きな流れの変化への対応は後手に回ってきました。今後は冷静な目で社会を観察し、自社が取り組むべき社会課題を抽出することで、事業として解決にコミットする方向性が求められます」(MRI研究員)
収益だけを追う時代が終わりを告げつつある以上、従来とは異なるアプローチが企業には必要となるだろう。家電製品や自動車といった「モノ」の所有欲を満たすことから、社会課題解決型事業を通じた価値創出へとパラダイムシフトする。これが「④新たな市場機会の創出」に結び付く。
そして、新たな市場機会の創出やサステナビリティを企業活動のベースに組み込むべきである。資本市場でESG投資が増えるなど、株主が求めるものが変化している。やみくもに短期的なアウトプットを追求すれば、ステークホルダーとの意識の乖離が生じることになる。
完全オフィスワークに戻すと従業員の半数が離職も
時代の変化と企業の意識の乖離は「②人的資本の再建」にも当てはまる。昨今、人的資本経営の重要性が指摘されているのはひとえに、これまで企業が人よりも組織を優先していたことの裏返しでもある。
コロナ禍で浸透したリモートワークに注目してみよう。国土交通省が2021年に実施したアンケート調査によると、就業者の約27%がテレワーク(リモートワーク)を導入していた。うち、自営ではない「雇用型就業者」の89%にテレワークを続けたいとの意向があるという。
大手新聞社実施の国内主要企業向けアンケートにおいても、テレワーク実施企業の約9割が感染収束後も継続させたいと答えている。企業と従業員の双方がリモートワーク自体の継続には同意する一方で、別の報道機関の調査を見てみると、リモートワーク制度の継続を考える企業の6割近くは規模を縮小する意向を示している。
しかし、従業員は企業が思っているより、リモートワークを求めている。MRIが行った意識調査では、リモートワーク経験者の3割が完全オフィスワークに戻ることに否定的であるとの結果が出た。
しかも、この否定的な層に、完全オフィスワークを推奨された場合の対応について聞くと、実に半数が「退職する」ないしは「転職活動を考える」と答えている(図1)。別の設問では、理想的な働き方実現のためには、平均して9.7%の給与ダウンまでなら受け入れるという回答結果も出ており、企業と従業員の間に横たわる、大きな意識の乖離が見えてくる。
企業と従業員の意識の乖離を埋め、人材の能力を引き出すには、どうすればよいのか。
「人的資本は目に見えない無形資本です。資金や設備などの物的資本とは性質が異なることに留意しなくてはなりません。経験や学習、意識やモチベーションを通じて、その価値が大きく変動するのです。だからこそ、その特性を最大限に引き出すためには、個々の人材の質を熟知した中間管理職層が経営と現場をつなぐ『ミドル・アップダウン・マネジメント』が極めて重要になります」(同)
つまり、人的資本経営の実現に向けて真っ先に取り組むべきは、中間管理職層のスキルアップである。彼らに最初にリスキリング(在職中を基本とするスキル更新)を施すべきであり、十分な時間と資金を投入し、新たな学びの機会を提供することが必須であろう。
「ところが、現状としては中間管理職層に業務が集中し、心理的、時間的余裕がないことが問題となっています。人的資本経営を実践する第一歩は、中間管理職層の権限と業務について選択と集中を図り、情報インフラや諸制度の改編によって業務品質・効率性を高めていくことです」(同)
不適切会計を行う上場企業が減らない理由
最後に、人が構成する組織という観点から「③CGX」の問題を考えてみたい。東京商工リサーチの調査によれば、「不適切会計」を開示した上場企業数は近年、高止まりを続けている。
これは、ガバナンス体制やリスクマネジメントシステム(RMS)が時代に合わなくなってきていることの証拠だ。
「日本企業のガバナンスは今、『3つの変化』にさらされています。それは対応すべきリスク範囲の拡大、企業価値向上のための攻めのガバナンスの必要性の増加、企業の社会的責任への注目の増加です。これらの変化に、企業が追いついていないという現状があります」(同)
不確実性が高まるVUCA時代に、企業は多様なリスクに対処しなくてはならない。また、これまでのコーポレートガバナンスは「ネガティブな影響をどうマネジメントするか」が中心だったが、今後は中長期的な価値向上のためのマネジメントも必要になる。さらに、地球環境や社会の持続性への意識が高まることで、企業に求められる社会的責任は年々大きくなっていく。
社会課題自体がつねに変化する中で、「こうすればよい」という正解は存在しない。既存の枠組みからのパラダイムシフトによって新たな価値を創出し、時代の変化に合わせて組織を柔軟に変化させていく。こうした絶え間ない変革こそが、これからの企業には求められる。
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