アフターコロナに向けたシナリオと日本の未来図 テクノロジー活用の大前提となる共通認識

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地球規模で起きた新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)による大混乱で浮き彫りになった社会課題の一つが、医療・介護現場の疲弊だ。新型コロナをめぐる数々の教訓を踏まえて、今すべきことは何か。それは、先端テクノロジーを有効活用して感染拡大を防ぐための「制度運用」について、国民に共通認識を持ってもらうことである。

今なおインフルエンザより危険

新型コロナは、データを見ると危険であることに変わりはない。新型コロナ致死率は発生当初の6.0%からは大幅に低下したものの、オミクロン株中心の第6波(2022年1月~22年5月)でも0.19%であり(図1)、インフルエンザの0.02~0.03%と比較すると、まだまだ高い。

第6波の期間中、感染者数は約612万人まで増加した。新型コロナ流行前のインフルエンザの毎年1100万〜1500万人と比べれば少ないとはいえ、厳重な対策をしたにもかかわらず、これだけの感染者が出たのである。しかも、感染者が増えたことで、21年12月下旬~22年5月の死亡者は1万1194人に達している。

とくに感染症に対する抵抗力が低く、重症化しやすい高齢者や特定疾病の患者の感染動向については、引き続き予断を許さない。発生当初は70歳以上の高齢者致死率が25.1%に上っていた。高齢者施設の場合は集団感染の危険性も高い。こうした事態を回避する主な対策としては、①病原体を持ち込ませない、②感染経路を断つ、③宿主の抵抗力の向上、が挙げられる。
*厚生労働省厚生科学審議会(21年1月15日国立感染症研究所提出資料)https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000720345.pdf

新型コロナ対策にはテクノロジーが有効

取るべき対策は明確であるものの、そもそも高齢者施設はつねに人手不足で、職員に負担がかかっている状態だ。そのうえ、新型コロナ対策が必要となれば、必然的に過酷な状況に追い込まれる。

では、介護の現場では何が求められているのか。人材確保の切り札として期待されているのが、テクノロジーの活用だ(図2)。ロボット、センサー、ICT技術の導入が進んでいる高齢者施設では、職員が利用者を抱え上げる回数が減るなど、すでに効果が表れている。さらに、施設の消毒・清掃をロボットが担えば、職員の感染リスクを下げることができる。また、面会をオンラインにすれば、施設外からの病原体の持ち込みを防ぐことができる。

ほかにも、見守りセンサーを用いて遠隔で利用者の動きを確認したり、移乗支援機器を取り入れてフィジカルディスタンスを保って介助したりすることが可能だ。介護の現場にテクノロジーを活用する、と言えば人の手を使わず冷たいとの印象があるかもしれないが、実際には職員の作業負荷を減らすことで、対人サービスに使う時間を増やし、サービスの質を向上させることができる。技術革新による「介護のニューノーマル」は着々と進められようとしている。

今後は、介護だけでなく在宅医療でもテクノロジーの活用が期待されているという。18年に保険適用が開始されたオンライン診療は初診では利用できず、対象疾患も一部に制限されるなどしていたが、その後のコロナ禍において特例的に利用可能な範囲が拡大された。さらに22年4月の診療報酬改定で初診での利用も可能になり、疾患による制限も大幅に緩和され、普及の条件が今は整いつつある。

「並行してバーチャル化も進むと想定しています。バーチャル化は、医療従事者が都合のよいタイミングで効率的に知識・スキルをアップデートするのに適しています。例えば、過去の手術動画を基に作成されたバーチャル空間に若手の看護師が没入したとします。そこでは、あたかも手術チームの一人としての追体験が可能であり、時間を巻き戻したり、繰り返したりすることもできます。このような活用法を含め、バーチャル医療の国内市場は30年に約1600億円に達すると当社は試算しています」(MRI研究員)

大切なのは「制度の運用」をめぐる共通認識

テクノロジーの普及が、アフターコロナの人々に恩恵を与えるのは間違いないだろう。しかし、刻々と変わる感染状況に合わせた対策を講じていくためには、テクノロジーだけを進展させればいいというわけではない。制度運用に関する議論も必要だ。

「感染状況をリアルタイムで適切に把握したうえで対策を講じることが重要になります。経済への影響を最小限にしつつ行動制限を緩和するためにも、『情報収集』、情報を集める『技術』、そして情報・技術を十分に活用するための実効性を高める『制度運用の仕組み』が必要です」(同)

行動制限が必要な人の位置情報を確認するなど、デジタル技術をより積極的に活用することも有効だろう。Bluetooth機能を使った接触確認アプリ(COCOA)では新たな感染者を早期に確認する効果は限定的であったとされる。しかし、日本への入国者に限定されていた健康居所確認アプリ(MySOS)のような位置情報システムが国民一般に普及すれば、強制を伴わない行動自粛を促すことができるかもしれない。

「感染者、または感染者と接触があった人が集まる地域を位置情報システムで捕捉することで、『ハイリスク地域』などを指定し、リスクを可視化できます。リスクが可視化され、どう運用されるのか明確になったうえでの『要請』であれば、適切な自粛を促すことが可能になるかもしれません。強制力を伴う措置や個人情報の扱いには慎重になるべきですが、社会全体を制限することによる人権侵害は避けることができます」(同)

情報活用と制度運用が重要になるのはオンライン診療も同じだ。オンライン空間での言動がすべてデジタルデータとして記録されるため、プライバシー保護や情報漏洩防止などの観点から懸念を持たれかねない。国民の理解を得るには、オンライン診療で得られるメリットを伝え、同時にセキュリティーを強化することで、安心感を持ってもらう必要がある。

情報活用と制度運用に関する課題を放置したままであれば、有事の際に同じことを一から繰り返すことになってしまう。国民的なコンセンサスが取れていれば、個人の位置情報を確認することによって行動制限が必要な感染者を特定し、必要な人にだけ自粛を促すこともできるだろう。

国民に個人情報を利用することへの理解を求め、リスクコミュニケーションを十分に取ったうえで、課題を一つひとつクリアしていくことが、将来のパンデミックへの備えにもなる。

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