日本でスタートアップ支援に注力する外資系企業 神戸から世界を見据えた、製薬企業の狙い

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日本ベーリンガーインゲルハイムの神戸医薬研究所
日本でのイノベーションの拠点となる神戸医薬研究所
日本政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、若い起業家の育成に注力している。「日本発のイノベーションを自社のパイプラインに取り込むことで、世界に医薬品を提供していきたい」と、外資系製薬会社・日本ベーリンガーインゲルハイム(本社・東京)のシャシャンク・デシュパンデ代表取締役会長 兼 社長は強調する。50年以上前に日本に研究開発拠点を設け、グローバル戦略拠点として日本を重視するその理由について、デシュパンデ氏に聞いた。

日本との深い関係の背景

ドイツを本拠地とする製薬会社、ベーリンガーインゲルハイムが日本に支社を設立したのは今から61年前、1961年のことだ。世界最大の市場である米国での支社設立は、その10年後であることを踏まえると、当時から日本市場を重要視していたことがうかがえる。

「日本は大切なイノベーションの源泉。神戸市にある神戸医薬研究所は、当社のグローバルネットワークの要所として組み込まれており、日本向けだけでなくグローバルな医薬品開発に貢献しています」と、デシュパンデ氏は誇る。

シャシャンク・デシュパンデ氏
日本ベーリンガーインゲルハイム代表取締役会長 兼 社長
シャシャンク・デシュパンデ氏 
1973年ドイツ生まれ。98年ドイツ・ハンブルク大卒。2012年ベーリンガーインゲルハイム入社、22年9月、日本ベーリンガーインゲルハイム代表取締役会長 兼 社長就任

日本との強固な関係を象徴するのが、64年に創設され来年60年目を迎える「ベルツ賞」だろう。ベルツ賞は、日独の歴史的な関係を振り返り両国の医学面での交流を深めるため、また医学の発展を支援するため、優れた医学研究・論文に対して授与される。

「エルウィン・フォン・ベルツはドイツの医師で明治時代に日本に渡り医学を教え、日本の医学界の発展に尽くした人物です。ベルツが行ったことは当社が目指していることと同じ。ドイツと日本の科学、医療をつなげ、日進月歩の日本の大学研究とともにあるという“約束”のようなものがベルツ賞です。当社の伝統として受け継いでいるものです」

神戸市で創薬起業家支援コンテスト開催

日本の中でも、とりわけ研究開発拠点を置いている神戸市との関係は深い。2019年から革新的な創薬に取り組む研究者や起業家、スタートアップ企業を支援するためのピッチ・プレゼンテーション・コンテスト「ベーリンガーインゲルハイム・イノベーション・プライズ」を日本で開催しているが、今年は神戸市後援のもと、神戸で開催された。

3年ぶりにオンラインではなくリアルな会場で開催され「これまで以上の熱気に包まれた」(デシュパンデ氏)。集まった30ほどのアイデアやプロジェクトの中から投資家などの審査員によって第1位に選ばれ、オーディエンス賞も受賞したのは「聴覚障害への遺伝子治療および薬剤の開発」に関するもの。アイデアの独自性や着眼点のよさ、熱のこもった事業計画のプレゼンテーションが評価され満場一致、文句なしの受賞だったという。

イノベーションを起こすには「独自性」は何より大事だ。その点、日本はアカデミアを軸に20年、30年と自身の研究に心血を注ぐプロフェッショナルが数多くいる。デシュパンデ氏は「日本のアカデミアの土壌の豊かさは、世界的にも評価されています。こうした、日本が持つイノベーションのポテンシャルを引き出していきたい」と期待する。

日本でイノベーションの波を起こすために必要なこと

確かに、日本の多くの研究者が持っている優れた革新的なアイデアがアイデアにとどまることなく患者を助ける事業へとつなげていくためにも、資金調達や起業プロセスに伴走するプロフェッショナルたちによるスタートアップエコシステムのサポートが有効だろう。

「日本は歴史的にも文化的にも医薬の基礎研究に強い国です。画期的な創薬のシーズがたくさんあって、気持ちが高まります。当社に限らず、大学の研究機関と大企業、銀行、ベンチャーキャピタル、公的機関などがネットワークをつくりスタートアップを生み出しながら発展していくシステムを作っていく。イノベーション・プライズをプラットフォームに、日本から次のイノベーションの波を起こしたいですね」

株式を公開しないから、長期に渡る投資戦略が可能に

多くの外資系製薬会社が創薬のための研究開発拠点を欧米に移す中、ベーリンガーインゲルハイムは、日本に研究所を残している。世界の潮流を考えると不思議に思えるが、アカデミアやバイオベンチャーとのパートナーシップを築き、長期視点で戦略を練ることができる同社ならではの理由がある。グローバルに展開する製薬会社としては珍しく、創業から137年一度も株式を公開せず独立したポジションを保っているのだ。候補となるシーズを探し創薬につなげていく投資は、長期化・大規模化が想定されるが、株式を公開しないからこそ独自の戦略を貫くことができる。

日本ベーリンガーインゲルハイムの製薬製造拠点
写真は、山形県東根市の製薬製造拠点。日本で研究開発と製造の2つの拠点を展開するという日本重視の戦略をとっている

「私どもは、自らの先見力に自信を持ち、長期的な視点で物事を考えられるからこそ、新しいイノベーションを巻き起こせると確信しています。ヒト用医療用医薬品だけでなく、アニマルヘルス分野でもユニークな展開ができているのも、株式を公開しない当社の強みが活かされているからなのです」

日本を"科学の種"が育つ土壌にする

インタビューの最後、デシュパンデ氏は、これからの展望について次のように語る。

「日本の研究者とバイオベンチャーへの支援が当社の医薬品開発のみならず、さらに重要な世界中の患者さんの利益につながる可能性を秘めていることは誇らしいことです。これは、私たちが社会に貢献している実感につながるものです。また、優れたアイデアを広く社会に発信できる基盤を作ることも、日本の創薬研究レベルを上げることにつながります。何よりも私たちは、日本の“科学の種”が大きく育っていくための良い土壌作りに貢献したいと考えています。そのためにも、当社では日本人社員を海外に積極的に派遣し、グローバルに活躍できる人財育成を通じて、イノベーションの実現を目指しています」

イノベーション・プライズやベルツ賞などの取り組みを通じて、日本のアカデミアやベンチャー企業が持つ科学の種が、数多く花開いて行くことが期待される。

起業家だけでなく、投資家も注目するコンテスト

山下 南海子氏(やました・なみこ)
日本ベーリンガーインゲルハイム
山下 南海子氏(やました・なみこ)
日本ベーリンガーインゲルハイム 事業開発&ライセンシング(日本&東アジア担当)
ライセンシングマネージャー
京都大学大学院・生命科学研究科の博士研究員、米国製薬会社研究員、ベンチャー企業での事業開発などを経て日本ベーリンガーインゲルハイムに入社

創薬起業家支援コンテスト「ベーリンガーインゲルハイム・イノベーション・プライズ」では、第1位には賞金として400万円が授与されます。実は、受賞者たちにとって助けになるのはこの賞金だけではありません。製薬会社がこのアイデアの革新性を評価したことになり、ベンチャーキャピタルはここを判断材料として、出資検討の後押しとなることも多いからです。私もベンチャーキャピタルに勤務していた経験があるので、このコンテストは日本の創薬開発において、非常に重要な役割を担っていると実感しています。

私自身、海外でアカデミアや企業の研究員として長く勤務した経験がありますが、独自性ある日本の研究アイデアが社会実装されて世界で開花するためには、海外との交流により異なる価値観に触れることも重要だと感じています。日本に根差した外資系製薬会社という特徴を活かしながら、日本における創薬エコシステムの発展に今後とも力を注いでいきます。

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