新規事業続々生み出す企業が選ぶまちの正体 有楽町が「オフィス移転」で熱い注目を浴びる訳
建物からまちへ広がるオフィスの概念
日本経済が「失われた30年」といわれて久しい中、生き残りをかけて新規事業創出に攻勢をかける企業が増えている。イノベーションの成否を左右する要素については多くの議論があるが、名だたる企業が集まる日本有数のビジネスセンター「大丸有エリア(大手町・丸の内・有楽町)」に長年携わってきた三菱地所 執行役副社長の谷澤淳一氏は、その1つにオープンイノベーションを挙げる。
「日本は、社内のこれまでの蓄積から新たな事業を生み出そうとする企業が多い傾向にありますが、自前主義だけにこだわらず、社外とのコラボレーション機会を模索することも必要であると考えています。そうした時代の流れに合わせ、当社では、社員一人ひとりの『個』を大切にして、その多様なポテンシャルを最大限に発揮できるようなまちづくりを進めています」
2020年には、大丸有エリアに求められる役割を、「就業者28万人×8時間」から、「多様な就業者100万人×最適な時間、交流するまち」へと再定義した。
「昨今はフレキシブルな働き方をする企業も増え、オフィスは単に仕事をこなすだけでなく、知的生産性を高め、交流する場に変わってきています。100万人の方々がオフィスでもまち中でも好きな場所で仕事をして、アイデアに行き詰まったら多様な人との交流から刺激を得られる。そんな循環のあるまちを目指し、オフィスの概念をまちまで広げています。社内では得られない偶発的な交流やアイデアをまちから吸収していただきたいと思っています」
個を活かし交流が生まれるまち・有楽町
「長期経営計画2030」においては2020年以降を「丸の内NEXTステージ」と位置づけ、“人・企業が集まり交わることで新たな「価値」を生み出す舞台”をつくることを目指す。とくに重点エリアとして、多くの「個」を引きつけるのが有楽町だ。
「金融系企業が集まる大手町、本社機能が集中する丸の内に対し、劇場やホールがあり芸術の要素が強いのが有楽町。そこで、有楽町では芸術に触れたり、人と交流することで、新たな発想やコラボレーションが生まれる仕組みづくりを始めています。兼業・副業可能な会社も増えた今、『個』の発想や能力を生かせる交流の場を有楽町で提供したいと考えています」
幅広い分野の第一線で活躍するプロデューサーたちと協業のまちづくりプロジェクト「有楽町Micro STARS Dev.」をはじめ、さまざまな有楽町再構築プロジェクトが着々と進行中だ。
「有楽町では既存のものを生かしながら周辺のインフラも整備し、人が集まり、回遊しやすいまちを目指しています。さまざまな再構築プロジェクトを通して、このまちからイノベーターやアーティストを育てていきたいです。まちづくりは終わりのない、『変化の象徴』。これからも時代に合わせてつねに変わり続けていきたいと考えています」
discussion
「街の輝きは人がつくる」をコンセプトに、三菱地所が2019年から始めたのが、「有楽町Micro STARs Dev.」だ。このプロジェクトは、アイデアが生まれる場所としての会員制ワーキングコミュニティ「有楽町『SAAI(サイ)』Wonder Working Community」(以下、SAAI)、アイデアが磨かれる場所としての複合施設「有楽町 micro FOOD & IDEA MARKET」(以下、micro)、アイデアを試す「大手町・丸の内・有楽町」のまちという3つの要素からなり、SAAIで生まれたアイデアがmicroで磨かれ、やがて大丸有のまちに実装され羽ばたいていくという循環が目指されている。
「おもいつきを、カタチに。」がコンセプトのSAAIには、大企業やスタートアップの会社員や起業家から、デザイナーやクリエーター、俳優、畳職人まで多種多様な会員350名が集まる。なぜこれほど多彩な人々がSAAIを利用するのか。SAAIに立ち上げから携わる三菱地所 プロジェクト開発室 有楽町街づくり推進室 マネージャーの牧亮平氏と、SAAIで事業創造に取り組むはこぶん代表取締役の森木田剛氏、大手酒類メーカー勤務の西上早織氏が語り合った。
事業創造への道筋がここにある
牧 SAAIは、単なる場所貸しではなく、会社員や起業家など多様な「個」の横のつながりをつくりたいという狙いでスタートしました。個のポテンシャルや思いを大切にした事業創造コミュニティを目指しています。
西上 本当に多様な方々がいらっしゃいますよね。知り合いで、イントレプレナーとして起業した方が、SAAI内にある「バー変態」でチーママをしていて。私はその方に誘われてSAAIに来たのですが、普段は出会えないような他業種の方たちとの会話がとても刺激的でした。その後、社内の新規事業ビジネスコンテストに応募した際、SAAIの会員になりました。
牧 SAAIでは事業創造支援を行うゼロワンブースターと共同で、ビジネスプランコンテスト「01Start」も開催しています。22年6月で4期目になりましたが、お二人とも4期で事業アイデアが採択されていますね。とくに森木田さんは、1期目からずっと挑戦してくださっていました。
森木田 最初は「店舗の混雑可視化」ができるサービスを検討していたのですが、SAAIでメンタリングなどを受けるうちに、ニーズがあるのは「顧客の本音の可視化」だと気づいたんです。そこでお店やサービスの感想を簡単に伝えられる「ホンネPOST」にアイデアをピボット。3期へ応募した後は、物販などアイデアを実装できる飲食店であるmicroで実証実験もさせていただきました。
牧 ビジネスコンテストではすでに技術やサービスがあるスタートアップだけでなく、事業にかける思い、熱量を大切にして採択しています。また採択後は、事業内容や収支計画のブラッシュアップ、資金調達、microでのテストマーケティングなど、事業創造を全力でバックアップする体制を用意しています。
多様なつながりがアイデアの突破口に
牧 スタートアップで直面するのが資金の問題ですよね。SAAIではベンチャーキャピタル(以下、VC)の方々に相談できるVCメンタリングデイなども設けています。月に一度、5〜10社のキャピタリストをお呼びし、予約なしで複数社に相談ができる取り組みです。森木田さんも01Start4期採択後、このイベントをきっかけに資金調達を実現されましたね。
森木田 ありがたいのは、SAAIではコミュニティマネージャーの方が常駐していて、「こういう人がいるよ」とつなげてくれること。VCの方もそうですし、先日は漫画家の方を紹介いただいたりして。そこが、一般的なコワーキングと大きく異なる点であり、SAAIならではの価値ですよね。
西上 有機的に人を結び付ける働きをしてくださっていますよね。私は飼い主と動物の専門家をつなぎ、ペットをいつでも安心して預けられる「ワンconnect」というサービスで採択いただいたのですが、コミュニティマネージャーさんが獣医さんや飼い主さんを紹介してくださって。ニーズをつかむためのヒアリングも、公園などで犬を連れている人に話しかけたら警戒されて全然話を聞いてもらえませんが(笑)、ここでは皆さんが親身になって協力してくれます。
牧 一般的な組織の中で思いつきを口にしてもすぐに「収支は? スケジュールは? シナジーは?」という話になって終わってしまう。でもSAAIではまず「それいいじゃん!」となるのが面白いところ。そうして生まれたアイデアが形になるよう、当社グループが持つさまざまなネットワークをフル活用し、SAAI会員の皆様に提供しています。
大丸有が新たな事業創造の聖地に
牧 大丸有エリアには、持続可能性を実現するための交流・実証・発信ができる「3×3Lab Future」、日本初のFin Tech拠点の「FINOLAB」、大企業とベンチャーの交流を促進する「Inspired.Lab」などがそろっています。こうしたさまざまな施設やコミュニティと連携できるのもSAAIの強みです。
森木田 事業創造は人と会ってどんどん行動することが大事ですしね。僕は、「ホンネPOST」というサービスを広げることで、大丸有を「フィードバックによって事業が生まれるまち」にするお手伝いができたらと思っています。そして、事業創造コミュニティの中心であるSAAIで成功したロールモデルになりたいです。
西上 私の事業はまだ卵の段階なので、思いに共感してくれる仲間をSAAIで見つけたいです。そして、いちばん大きな目標である、「ワンちゃんと飼い主とペット業界、そして地域社会が幸せな社会をつくること」を実現したいですね。現在勤めている会社はチャレンジをよしとする会社なので、同僚や上司もイントレプレナーを応援してくれる風土があります。会社の仕事と両輪で成立させ、それによってシナジーが生まれたらと考えています。
牧 有楽町には多様性があり、お二人のように熱い思いを持った起業家やイントレプレナーの方々が続々と集まり始めています。ぜひ一度、有楽町SAAIに足を運んでいただき、事業創造コミュニティの熱量や有楽町で進むオープンイノベーションの空気を肌で感じていただければと思います。