カーボンニュートラル実現の「4つのシナリオ」 行動変容を促すかそれとも技術革新に懸けるか
そもそも「カーボンニュートラル」とは何なのか
日常生活から排出されるCO2の量は多く、衣食住や移動が、国全体の排出源の6割を占めるという分析もあるほどである。こうしたCO2の排出を抑えて脱炭素社会を実現させるため、2050年までにカーボンニュートラルを実装しようというのが、世界の約束事だ。
実際に取り組んでいくために、まずは用語について整理したい。よく報道などで目にする「脱炭素」は、シンプルに言えばCO2やメタンといった温室効果ガスの排出量を減らすこと。家庭における日々の節電や省エネ家電への移行とともに、官民が連携し、化石燃料への依存からの脱却や、産業構造の抜本的な変革をしなくてはならない。
そこで求められるのが、「カーボンニュートラル」への取り組みだ。植林や、CO2を吸収する技術革新によって、吸収作用を保全・強化することで「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」考え方だ。
三菱総合研究所(以下、MRI)は、2050年のカーボンニュートラル達成は可能だと分析する。同社自身、2022年4月からは利用電力を再生可能エネルギー(以下、再エネ)100%に変更。加えて、国が開発業者を選定する洋上風力の公募評価制度を改善するよう提言するなど、社会の変革を後押ししている。
「『電力部門の早期ゼロエミッション化』『戦略的なイノベーションの誘発』『需要側の行動変容』の3つをキーポイントとして『2050年カーボンニュートラル達成に向けた提言』を発表しました。電力供給バランスなどから見ても、日本のカーボンニュートラル達成のハードルは他国以上に高い(図1)ものの、3つのキーポイントに適切な時間軸で取り組んでいけば実現性は増してきます」(MRI研究員)
「備えない備え」がカギとなる
もともとは政治的なアジェンダだったカーボンニュートラルへの見方は、徐々に変化している。2021年10月から開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)で「産業革命以降の平均気温上昇を1.5度未満に抑える」ことが共通のゴールとなり、脱炭素の潮流が加速したことで各分野でのルール形成が進み、あらゆる産業が構造変化を迫られるに至った。つまり、ビジネスルールとなったのだ。
また、カーボンニュートラルを目指すことは、今後わが国に起こりうる「情報爆発」や「自然災害の多発・激甚化」といったリスクへの備えになるという考え方もある。
自動運転やメタバースのような近未来技術の社会実装が進めば、情報爆発に伴って電力需要量が現在より約2割増える可能性がある。電力消費の勢いが、技術革新による省電力化などの抑制効果を上回れば、エネルギーの海外依存度が高まるリスクも無視できない。自然災害でいえば、気候変動による風水害の頻発化・激甚化に加えて、2050年までには70~80%の確率で南海トラフ地震や首都直下地震が発生するとの試算もある。
そのため、リスクに備えて需要側の行動変容を促す施策が重要で、そのカギとなるのは「備えない備え」だ。平時の利用を主な目的としつつ有事に備えることができるもの――例えば電気自動車は、日常で使用しながら、緊急時には移動可能な蓄電池として利用できる。つまり、カーボンニュートラルへの対応を進めることが、同時に備えとなるのだ。
CO2削減率がいちばん高く、コストのかからないシナリオは?
「カーボンニュートラルを目指すシナリオは1つではありません。当社は、『需要側の行動変容』と『供給側の技術革新』を軸に2050年に向けた4つのシナリオ(図2)を設定し、カーボンニュートラルによる社会影響を試算しました。『需要側の行動変容』とは、エネルギーを利用する個人や企業などの需要側が、価値観の変化やインセンティブによって脱炭素へ向けた取り組みを行うことです」(MRI研究員)
まずシナリオ1は、行動変容と技術革新がいずれも起こらないパターン。日本政府が目標とする、2050年までのカーボンニュートラル達成は難しい。シナリオ2は、行動変容のみが起こるパターンで、需要側の省エネルギー・省資源・省消費によってカーボンニュートラルを目指す。ただし、大規模な技術イノベーションは起こらず、経済的な成長は見込めないだろう。
シナリオ3では、供給側のイノベーションは実現するが、行動変容は起こらない。これまでの大量消費の価値観を維持したまま、カーボンニュートラルを目指すパターンだ。人々の意識は変わらないが、経済的なインパクトはある。
そしてシナリオ4は、両者のバランスを取るパターンだ。前出の「2050年カーボンニュートラル実現に向けた提言」の3つのキーポイントである「電力部門の早期ゼロエミッション化」「戦略的なイノベーションの誘発」「需要側の行動変容」のすべてが実現する世界を想定した。まさに目指すべき理想の社会に向けたシナリオである。
大切なのは、バランスを取ること。例えば、温室効果ガスの削減率は、行動変容と技術革新の両輪で挑むシナリオ4がいちばん高い。2013年度に比べて90%も減少するなど、相乗効果が期待できる。削減に要する費用は最も低く、企業や消費者への負担も少ない。
技術革新がなければ、温室効果ガスや費用を削減することができず、人々の行動変容を促すことはできない。行動が変わらなければ、カーボンニュートラル社会への移行は難しい。つまり、両輪がそろって進んでいくことが重要といえる。
シナリオ4に見られるカーボンニュートラルへの移行は、日本の産業・社会全体に変革を迫るものだ。電力関連産業はより成長し自動車産業は縮小する、というように推測される産業構造の変化に合わせて、人材移動を円滑に進めることが今後の大きな課題となる。
例えば再エネの大量導入には省人化が不可欠だが、日本では、太陽光導入量に対する就業者数が欧州など先進国の3倍程度と、対応が遅れている。脱炭素化推進のためには、産業構造に伴って必要となる人材像を明確化し、官民を挙げて人材を育成していかなければならない。
世界全体で中長期的に脱炭素化が進むと想定される中、変化することに及び腰になっていては、後れを取るばかりになってしまう。現在の日本は、産業構造における製造業比率の高さや、火力発電比率の高さ、国内脱炭素エネルギーの乏しさ、再エネ適地の少なさ、大規模災害の多さなど、カーボンニュートラル達成に向けた課題は多い。しかし、産官学のステークホルダーが一体となり、世界に先んじて課題をクリアしていくことができれば、新たな事業機会や雇用が創出され、国際競争力は強化される。その経験を、同様の課題に直面する他国への貢献につなげることができる。カーボンニュートラルはその端緒となるだろう。