「食品ロス大国」から日本は脱却できるのか 5兆円超分の食料が捨てられている日本の実態

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食品ロス問題ジャーナリスト 井出 留美
office 3.11 代表取締役、食品ロス問題ジャーナリスト
井出 留美
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊食品加工隊員を経て日本ケロッグ広報室長など歴任。東日本大震災での食料支援の廃棄問題に衝撃を受け、誕生日を冠したoffice 3.11設立。食品ロス削減推進法成立にも協力する。著書に『食べものが足りない!』(旬報社)、『SDGs時代の食べ方』(筑摩書房)、『捨てないパン屋の挑戦』(あかね書房)、『食料危機』(PHP新書)、『賞味期限のウソ』(幻冬舎新書)など多数。第2回「食生活ジャーナリスト大賞」食文化部門、令和2年度「食品ロス削減推進大賞」消費者庁長官賞など受賞
世界では今も8億人以上が十分な食べ物を得られず飢餓に苦しんでいる。一方、日本国内の食品ロスは年間約522万トン。これは人道的な問題だけでなく、環境破壊や経済的損失につながる社会的課題だ。世界で頻発する気象災害や紛争なども大きく影響し、食料問題は今、重大な局面を迎えている。この問題をどう解決すべきか、食品ロス問題ジャーナリストの井出留美氏に聞いた。

毎日お茶碗1杯分のご飯を捨てている

約522万トン。これは日本国内で発生した1年間の食品ロスの推計です(2020年度)。食品ロスとは、まだ食べられる食品が廃棄されることを指しますが、数字だけ見てもどれくらいのロスが発生しているのか、ピンときませんよね。

これは、日本人1人当たり、お茶碗1杯分のご飯を毎日捨てていることと同等です。WFP(※1)によれば、2021年の世界の食料支援は約440万トンでした。日本1カ国だけで、世界80カ国余りの飢餓を救うために支援された食料以上の食品を捨てているのです。さらにわかりやすく、膨大な食品ロスを「経済」「社会」「環境」の3つの側面から考えてみましょう。

まず、食品ロスは多額の経済的損失をもたらしています。とあるスーパーでは食料品の価格を試算し、平均すると1グラム約1円としました。日本の年間食品ロスが約522万トンですから、単純計算すると約5兆2200億円の損失になります。

次に、食料安全保障という問題です。コロナ禍に加え、ウクライナをめぐる紛争で世界的に食料価格が高騰し、食料危機がいっそう深刻な事態に陥っています。日本は、欧米に比べると物価の高騰はまだ抑えられています。しかし、紛争の影響が食料価格に反映されるまでにはタイムラグがありますので、本当に影響が出てくるのはこれからという意見もあります。

日本の食料自給率はカロリーベースで38%。6割以上を海外に依存していますから、このまま世界的な食料争奪戦になれば、日本の食料事情が極めて逼迫するのは目に見えています。

そして何より、食品ロスは環境に大きな負荷をかけています。FAO(国連食糧農業機関)によれば、世界全体で年間生産量の3分の1に当たる約13億トンの食料を廃棄しています。

世界の食品ロスによる損失は、2.6兆ドルともいわれます。仮にこれが1つの国から出ていたとすると、温室効果ガスの排出量としては、中国、米国に次ぐ世界第3位の国に相当します。まずは、これらのファクトを認識したうえで、食品ロス問題を考えなければなりません。

2015年に国連サミットで採択されたSDGsでは、2030年までに小売り・消費段階の食料廃棄を半減し、飢餓と貧困を終わらせることを目標としています。この理念を最もわかりやすく表しているのが、「SDGsウェディングケーキモデル」(図1)と呼ばれる図だと私は考えています。

SDGsウェディングケーキモデル

「経済」「社会」「環境」は3層構造になっています。経済は社会の上に、社会は自然環境、地球環境の上に成り立っています。社会課題の解決なくして経済問題を解決することはできません。さらに、その土台となる環境問題を解決しなければ、社会も経済も立ち行かないことを示しています。

※1 世界食糧計画(United Nations World Food Programme、略称:WFP)。飢餓のない世界を目指して活動する国連の食糧支援機関

無駄を生み出している「3分の1ルール」

食品ロスを生んでいる要因の1つに、日本の食品業界に定着している「3分の1ルール」(図2)があります。食品には、賞味期限や消費期限が表示されています。製造してから各期限までの期間を3分の1ずつに区切り、最初の3分の1の期間内に食品を納品し、次の3分の1の期間内で販売しなければならないというものです。

3分の1ルール

仮に賞味期限が6カ月の場合、4カ月が過ぎたものは、まだ賞味期限が残っていても棚から撤去され、返品または廃棄されます。製造から2カ月を過ぎてしまったら、納品すらできません。2012年からこの納品期限緩和の動きはあるものの、このルールによって年間562億円(2017年度)の食品ロスが生じていると農林水産省は試算しています。

これに対して、京都市が市内のスーパー5店舗で販売期限を延長する社会実験を行ったところ、廃棄した点数は対前年で約10%減少し、売り上げは5.7%増加したという結果が得られました。「ロスが出るのを前提で大量に生産しないと、経済効率性が落ちる」との意見もありますが、京都市の実験結果は、必ずしもそうではないことを示しています。

販売期限を延ばすだけでなく、IoTを利用した食品ロス削減の取り組みも効果的です。飲食料品の情報は、現在はバーコードで読み取られています。これを電子タグのRFID(※2)に替えることで、フード・サプライ・チェーンのどの段階に在庫があるのか、リアルタイムで情報を把握できるようになります。

スーパーなどでは、閉店の数時間前から値引きシールを貼っていますが、時間ごとに割引率を変えたりするのも、すべて手作業で行わなければなりません。電子タグを使えば、電子棚札のように値段を自動表示できます。

ホテルや航空券の販売で、需要状況に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」というやり方がありますが、欧州のスーパーで食品の電子タグを利用して実証実験を行ったところ、食品ロスが30%以上削減できたという成果も出ています。

小売業者にとってはシール貼りだけでも大変な労力です。業務負担の軽減が、同時に在庫管理の効率化と食品ロスの削減につながれば、企業側も積極的に取り入れるはずです。電子タグは現状ではまだ実証実験レベルですが、コスト面の課題などが克服できれば、今後広く普及していくことが考えられます。

※2 Radio Frequency Identificationの略。電波を利用することで固体に触れずに識別できるシステム。商品検品・在庫管理・業務効率化などに活用されている

社会課題解決に向けての「コレクティブインパクト」

食品ロス問題ジャーナリスト 井出 留美

自治体や企業が協働して、ごみの削減、食品ロスの削減に取り組むケースは増えています。

宮崎県の新富町では、南九州大学、パナソニックとの産学官連携で、生ごみを循環させるプロジェクトを進めています。町民は、家庭内で出る生ごみを、パナソニックが提供する生ごみ処理機で乾燥させます。これを町が回収し、コンポストで肥料にします。この肥料を町内の市民農園やコミュニティーガーデンに還元し、農作物などの栽培、収穫につなげるというものです。現状ではほとんどが燃やされている生ごみを再利用し、地域住民が参加して食農循環システムを構築する試みです。

支援を必要とする個人や団体に、フードバンクなどを通じて余った食品を寄付する活動を「フードドライブ」と言います。このとき、回収された食品をフードバンクまでどうやって運ぶのか、また誰が運搬費用を負担するのかが課題になります。

神戸市では、ダイエー、サカイ引越センターと協働して、「フードドライブ」活動を推進しています。活動のネックとなる「運搬」を、サカイ引越センターが社会貢献活動の一環として担っているのです。

このように、企業や行政、NPOなどが共通の問題意識を持ち、お互いの強みを生かし合って取り組みを推進していくことを「コレクティブインパクト」と言います。社会課題はさまざまな要素が複雑に絡み合っているため、単体で解決することが難しいケースが多々あります。しかし、立場の違う者同士がそれぞれの得意分野を持ち寄ることで、より実効性の高い活動にすることができるのです。

食はすべての人が生きるベースとして関わっている重要問題です。食品ロスは、特定の業界だけが取り組めばよいことではなく、あらゆる立場、あらゆる業界がそれぞれの強みを生かし、知恵を出し合って解決していく。日本社会にそのような機運がいっそう高まることが期待されます。