Web3がもたらす顧客接点の「パラダイムシフト」 体験や共感、透明性が新たな価値を創出する
情報の保有・発信を自分で決められる「Web3」
まずはWeb3を理解するために、インターネットの歴史を振り返ってみたい。
1990年代の「情報革命」とも呼ばれたインターネットの普及初期は、情報の発信者と受信者が明確に分かれていた。ホームページを中心とした情報閲覧が主だったのが「Web1.0」と呼ばれる時代で、2000年代後半以降になるとSNSが台頭。情報の受信者と発信者の双方向の交流が可能になったのが「Web2.0」である。
22年現在は、このWeb2.0のフェーズにある。人々の生活にSNSや動画などのサービスプラットフォームが根付き、誰もが気軽に情報を発信できる一方で、巨大IT企業がユーザーや情報を囲い込み、力強さを増している状態だ。
そして新たに登場した「Web3」は、プラットフォーマーに依存せずに情報の保有・発信を自身で決められるという価値観をベースに、その世界の実現を目指している。リッジラインズの佐藤浩之氏は、Web3の特徴を次のように説明する。
「Web3の特徴は大きく3つあります。1つ目は、非中央集権的に記録されたデータの削除や改変を困難にする技術である『ブロックチェーン(分散型台帳)』の活用により、権限の分割・集中排除のための分散性を持つこと。2つ目は、DAO(分散型自律組織)に代表されるような、ビジョンや目的の下に参加者が協力し合い、活動に貢献すると報酬がもらえるコミュニティーをブロックチェーンに基づいてつくっていくこと。3つ目は、コミュニティー内におけるコラボレーションの仕方が非常にカジュアルで楽観的であり、また人を助ける文化があることです。
Web3でよく語られる概念にNFT(非代替性トークン)がありますが、これは代替不可能性をブロックチェーンによって担保されたトークンのこと。デジタルアートやメタバース(仮想空間)内のアバターやアイテム、土地などが代表例ですが、唯一無二であることで希少性が生まれ、価値と見なされます。こうしたように、Web2.0からWeb3へ移行する中で、データ自体が新たな価値の源泉になるということが明らかになってきています」
消費者の価値基準は「共感性」や「体験」へシフト
では、来るWeb3の世界で、消費市場における顧客接点はどう変化するのだろうか。非中央集権型のブロックチェーンという新たなテクノロジー活用により、社会のあらゆるところでコミュニティーやカルチャーの変革が予想されている。
現在のものづくりは、ピラミッド型サプライチェーンを基盤にしている。大企業が企画した製品をサプライヤーの協力で実現していく仕組みにより、品質・性能を一定の水準に保ち、大規模かつ効率的な製造と経済性を担保できるわけだ。
だが、Web3時代には、この仕組みも緩やかに変化することが予想されるという。分散型のコミュニティーやカジュアルなカルチャーという特性を踏まえると、次元を超えていろいろな人とつながることで生まれる偶然性への期待との連動により、「将来のものづくりは、バーチャルなアメーバ組織へと変貌する」と佐藤氏は読んでいる。
「例えば、クラウドファンディングで個々の技術やアイデアが公開され、価値の高いものに投資して具現化する流れがあります。これは、バーチャルなアメーバ組織の予兆だと捉えています。個人や企業がつながることで、開発・生産・流通・販売は特定企業で閉じた『縦』の関係ではなく、『円』の関係で実現していくことになります。そのとき、ものづくりに求められる価値は、価格や機能から、体験や共感、透明性へ移行すると見ています」(佐藤氏)
そうした背景から、「コンシューマーの役割が"消費"から"投資"へと変化していく」というのが佐藤氏の考えだ。「仮にすべての人が平等に参加できるDAOのようなプラットフォームを構築すると、多様な人々が参加して自由にアイデアが創出されるようになると思います。それに対して企業は、自社のブランドや設備、人材などを利用して、アイデアから生まれた製品や産業の成長フェーズを担うようになる、というイメージです。将来的にはこうした動きが出てくると期待しており、Web3がそれを実現していくと思っています」(佐藤氏)。
トークンを起点に生まれる新たなビジネス
こうした次世代の顧客接点、消費構造の転換を見据えて、リッジラインズもWeb3技術を活用したOMO(Online Merges with Offline=オンラインとオフラインの融合)など、リテール向けビジネスに注力し、さまざまな取り組みを行っている。その1つとして開発したのが、FT(代替性トークン)とNFTの特質を併せ持つ電子通貨システム「ビジュアルコイン」だ。
ビジュアルコインは、電子コインにキャラクターのイラストなどさまざまなデザインをつけることで「コレクション性」を持たせることができるのが特徴だ。集客支援やファンエンゲージメントの強化などに活用できるという。
埼玉りそな銀行とKADOKAWA、富士通と連携し、昨年11月から今年4月にかけて埼玉県所沢市の大型複合施設「ところざわサクラタウン」で行った電子通貨決済の実証実験では、埼玉県のマスコットや漫画のキャラクター画像などをつけた「サクラタウンコイン」を発行。特定店舗で利用するとランダムなコインでおつりがもらえる仕組みを実現し、利用者はおつりでどんなコインがもらえるのか、もらったコインをコレクションするなどの"楽しみ"が生まれ、「消費のエンタメ化につながる取り組み」だと、佐藤氏は評価する。
さらにこの実証実験の途中からは、あらかじめ用意していたデザイン以外にも個人のイラストや画像をつける取り組みも開始した。「実際にデザインを作製した動画配信者の方が、コインを自身のSNSでPRしてくれたりもしました。こうしたトークンエコノミーのいいところは、参加する人がオーナーシップを持って一緒に普及させていってくれることです」(佐藤氏)。
そのほかにもリッジラインズでは、街や店舗をメタバース空間化し、その空間内で店員を呼び出したり商品の紹介サイトに飛んだりしながら買い物ができるようにするといった実証実験にも取り組んでいる。
ここまで見てきたように、Web3時代の消費行動は分散型を前提に、体験や共感を追求したものとなっていくことが予想される。一方で、Web3の活用は企業・消費者の双方ともにまだごく一部。とくに企業では、その多くがWeb2.0世界のOMOにも十分に対応できていない状況にある。
それでもいずれ到来するとみられる変化に、企業はどう備えるべきか。リテールビジネスコンサルティングをリードする西田武志氏は、次のように話す。
「スマートフォンの登場によって既存のコンシューマービジネスが転換したように、Web3によるコミュニケーションはあっという間に広まり、社会変革を起こす起点になるでしょう。それを見据えて今できることは、企業の経営層がWeb3のような新たなテクノロジーとその価値を理解すること、またDXはコストではなく、研究開発投資と捉えること。つまり、経営層の意識改革が非常に重要です。
例えばリテールであれば、カメラと画像認識AIの技術を利用し、売り場の商品の状態(品ぞろえや在庫)や人々の動きなどの情報をリアルタイムに捕捉し、サイバーの空間と融合すること。これらは投資効果と業務要件と技術的制約の狭間で最適解を見つけるなどの研究を行わないといけません。PoC(概念実証)を数回やって諦めてしまうのではなく、来るべき未来に向けて愚直に研究を続ける必要性があります。これらのチャレンジを企業内に内包し変化へキャッチアップできる状態を社内に根付かせることが重要だと思います」
Web3時代に訪れるだろう人々の行動変容やビジネスの地殻変動に備えるリッジラインズ。Web3が今年に入り注目されている背景に1980年代の「想像力」への懐古やオマージュがあると見る佐藤氏は、「80年代に描かれたデジタルドリームが、インターネットを中心としたデジタルテクノロジーの進化によってWeb2.0時代までに実現された一方、発展の過程において『技術や未来への明るい夢や期待』が失われつつあるように感じています。そうした状況のアンチテーゼがWeb3であり、こうした新たなテクノロジーで、これからの未来のデジタルドリームを一緒につくり出していきたいです」と思いを語る。同社はWeb3時代に求められるリテール企業のOMOやサプライチェーン改革に伴走していく方針だ。