サプライチェーンの「強靱化」に欠かせない視点 不確実な情勢に左右されない「供給網」の形とは
サプライチェーンの要求はコスト削減から変化への対応にシフト
新型コロナウイルスの感染拡大やウクライナ情勢などの地政学リスク、大国間の貿易摩擦に自然災害の多発など、グローバルサプライチェーンを揺るがす環境変化が後を絶たない。そうした状況下で、企業には安定的な消費者への供給と事業継続のため、変化に対して柔軟に対応できるようにレジリエンスを強化していくことが求められている。
しかし、日本で強靱性を備えたサプライチェーンを構築できている企業は決して多くないのが現状だ。長年にわたり製造業のオペレーション改革などを支援し、現在はリッジラインズでプリンシパルを務める瀧澤健氏はこう分析する。
「2000年ごろにサプライチェーンの見える化が流行し、各社がこぞって取り組んだ時期がありましたが、当時と今では企業の目線が異なります。かつては一方通行でいかに需要に供給をミートさせて届けるか、スピードを追求していましたが、現在は付加価値を追求したサービスが主流になり、少量多品種生産でライフサイクルも短くなりました。多品種を生産するために多数の部品をどう持つかが問題となっており、多大なコストをかけて在庫を持つ企業も増えています。
ただそれは“なんとなく怖いから”と特段のロジックもなく在庫を持っている状況で、いざ何かが起きたときにサプライチェーンのどこにどれだけのインパクトが出るのか、システマチックに動ける企業は非常に少ないのが現状です。つまり多くの企業で、正しいオペレーションをしているかがわからなくなっています」
かつて、メーカーのサプライチェーン強化の方向性は、低コストを極限まで追求することにあった。その結果として近年では物流危機などの問題が生じ、コスト削減も限界に。そして現在の不確実な状況下では、調達から生産、物流、販売まで、サプライチェーン全体のあり方を見直す方向に意識を変革することが経営者には求められているという。企業のサプライチェーン戦略を支援する同社プリンシパルの野村昌弘氏は次のように語る。
「サプライチェーンに関する課題の解決は、これまで企業にとって付加価値を提供するものではなく、ほとんどの場合、コストをどう抑えるかという目的で行われてきました。多くの企業の経営者にとって、サプライチェーンはコスト削減という1つの目標を目指すもので、環境変化に対応して柔軟に変えるべきものだとは思われていません。絞り込み、集中させてコストを削ってきたサプライチェーンを、リスク対応のために分散させれば、コストが大きくかかります。この二律背反をどう解決していくべきかが、企業に問われています」
デジタル化と有事のシナリオで急な環境変化に備える
そうした背景から、DXコンサルファームのリッジラインズでは、企業のサプライチェーンのレジリエンス強化を支援している。では、レジリエントなサプライチェーンを実現するポイントはどこにあるのか。瀧澤氏は、まず正しい判断によるオペレーションを実行するために、各部門に閉じてバケツリレーになっている運用を「標準」をベースに一本につなぎ合わせていくことだと話す。
「属人化を排除し、誰でも同じ仕事ができるようにする必要があります。そのときに大切なのが、生産だけでなく上流のプロセスとの連携です。環境変化に対応するには、企業内のバリューチェーンを強化する必要があります。また同様に、社外を見たときにはサプライヤーのネットワーキングが重要です。業界団体を含めた標準化が大切になってきます」
一方、海外生産のリスクを回避するため、ものづくりの日本回帰の動きも出てきている。瀧澤氏はその際、どの部分を日本で作り、どの部分を外部調達するか見極めることが重要だと指摘する。
「新しいサプライチェーンの中で、どこを自社の強みに持っていくのか。それが今後の成長のカギを握るポイントであり、チャンスでもあります。これまではコスト要因だったサプライチェーンを、開発や営業など利益貢献の文脈で、経営者が積極的に投資すべきテーマとして語られるものにしていくことが求められます」(瀧澤氏)
企業の攻めの戦略に資するサプライチェーンの未来とは何か。それは通信でいうインターネットのように、複数の経路を柔軟に選び、有事の際にも製造と流通を止めない世界のことだという。
「この世界を実現するには、複数の物理的な供給網や製造・物流拠点のネットワーク化が必要になります。運用は極めて複雑であり、人間による管理を超えるものです。そのため、エンド・トゥ・エンドのサプライチェーン上で発生するデータを共通プラットフォームに載せデジタルツイン化し、かつサプライチェーンの変動をアルゴリズムやAIの利用によって最適となるように自律化を進めることが不可欠です」(野村氏)
そこでリッジラインズが企業に提案しているのが、デジタル化によるサプライチェーンの高度化。すなわち、複雑な変数を持ったサプライチェーンの方程式を高度な数理計算によって解き、最適値を導き出す「インテリジェント・サプライチェーン」への進化である。
サプライチェーンの変革は長期にわたるからこそすぐに取りかかるべき
インテリジェント・サプライチェーンとは、調達から販売までの各プロセスの情報がつねに一元管理され、変動が起きた際には高速に計画を見直し実行することができるサプライチェーン管理の仕組みを指す。あるべきサプライチェーンの姿をあらかじめデザインしておくことで、発生しうるリスクを平時から可視化し、コントロールすることでレジリエントなサプライチェーンを実現する。
野村氏は、「サプライチェーンのインテリジェント化の過程で最初に必要なのが、データの収集や分析を行う基盤です。グループ会社や取引先を含めて分断しているサプライチェーンのデータを論理的に1カ所に集め、それを可視化する必要があります」と語る。
そのうえでリッジラインズが行うのが、集約したデータを基に、まず机上でサプライチェーンの論理モデルを作ることだ。そしてそのモデルを使って、その企業の最適解は何かを検討していく。
次にそのモデルの上で、不確実性に対処するためのシナリオを策定する。「不確実な事態に対応するためには、デジタル上でのシミュレーションが非常に重要です。とくに有事のシナリオは、最初から用意しておかなければ役に立ちません。複数の事態に備えたプランを用意し、それぞれでシミュレーションをしておく必要があります。当社はそれを支援できる専門人材が多数いることも強みです」(野村氏)。
シミュレーションを通じたインテリジェント化による強靱なサプライチェーンの実現に向けては、企業内の組織の壁は言うまでもなく、企業の垣根も超えたエコシステムの構築が欠かせない。これは、不確実性の高い時代にあって、サプライチェーンの安定を必要とするすべての企業にとって最重要課題であることから、リッジラインズも積極的に動いていく方針だ。
企業間の協働について、日本には欧米流の全員を共通基盤にそろえる進め方ではなく、独自の方法論が必要だと、瀧澤氏は考えている。
「日本企業の大多数は中小企業です。多くの企業が参加するネットワークでは、いかに中小企業まで巻き込んだ情報流通の仕組みを作れるかが、成否を分けると思います。官の力もうまく活用しながら、オープン&クローズの考えで業界の成長を促し、参加企業のすべてが成長の利に浴するような関係で進めることが重要です。当社はコンサルティング企業の立場から、利害の異なる企業を共通価値でつなぎ、参加企業群の成長に資するエコシステム形成の支援ができると認識しています」(瀧澤氏)。
とはいえ、サプライチェーンは物理的なインフラを伴うため、短期間で変革できるものではない。10年、20年先を見据えた息の長いプロジェクトになるが、野村氏は「長期になるからこそ、すぐに手をつけなければいけないテーマです。まずはデータを集めるところからお客様と一緒に始めていきたいと考えています」と説く。
瀧澤氏も、「これまでに培ったノウハウを提供しながら、経営課題の解決に向けて現場を主役にしたボトムアップの“仲間づくり型サプライチェーン改革”に伴走していきたいと思います」と力を込める。不確実性が叫ばれる現在、世界で起こるあらゆる変化に対応するために、企業の持続的な発展に向けたサプライチェーン改革におけるリッジラインズの役割は、これからさらに重要度を増していきそうだ。