産業構造に革命を起こすカーボンニュートラル 「コスト」を「未来の投資」に変えて経済を発展

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2050年までにカーボンニュートラルを目指す――。これは日本を含む120以上の国と地域の宣言だが、国内の環境に目を向けてみると目標達成は容易ではないとも言われている。化石燃料によるエネルギー供給が85%に達しているだけでなく、CO2排出量が多い製造業が占める産業構造比率が高いからだ。現在、排出されるCO2は自然界に吸収されるCO2を大きく上回っているため、カーボンニュートラルの達成のためには脱炭素化への取り組みが急務とされている。国内外の情勢を踏まえ、日本が成長への道筋を描くにはどのようなアプローチが有効なのか、三菱総合研究所(以下、MRI)の研究レポートから考えてみたい。

製造業はカーボンニュートラルの足かせなのか

まず、日本の産業構造の現状把握から始めよう(図1)。製造業は日本経済の中核を担っており、G7の中で比較しても、日本の製造業比率は21%と高い。この数値はドイツの23%に次ぐものである。一方の日本のサービス業は英国や米国、フランスよりも約10%以上も低く、69%となっているのが特徴だ。

各国のサービス業および製造業における、付加価値額当たりのエネルギー消費量を見てみると、一般的に製造業はサービス業よりもエネルギー消費量が大きくなる。さらに言えば、製造業は高温度帯の熱を利用する工程も多いために、化石燃料を直接利用するニーズが大きく、おのずとCO2排出量も増えてしまう。カーボンニュートラル推進の観点から見ると、エネルギー消費量のみならずエネルギー当たりのCO2排出量も重要である。そのため、日本の産業構造比率を考えると、他国よりも高いハードルがあることがわかるだろう。

とりわけ、製造業の中でも鉄鋼、化学、セメントの素材系3産業は、カーボンニュートラルとの相性があまりよくない。これらの業種は製造業の中でも、エネルギーを大量に消費し、製造プロセスでも、CO2発生が避けられないものが多いのだ。例えば、鉄鉱石を還元する際に利用される石灰とコークスを加えた焼結鉱の製造や化学品原料を製造するための石油の精製、セメントの中間生成物であるクリンカの生産時には、高熱が必要とされる。

とはいえ、こうした大規模設備製造業からの脱却を志向するのは早急である。今後、世界において製造業の需要は増すと見られており、その競争力は日本の将来を大きく左右するからだ。

「製造業に限らず、カーボンニュートラルは産業構造変化に伴う労働や移動、暮らし方や働き方のデジタル化およびスマート化など、多くの領域で変革を迫ります。そのため、カーボンニュートラルの達成は容易ではありません。しかし、重要なのは、脱炭素化への取り組みや課題を『コスト』ではなく『未来への投資』と位置付け、『新たな産業競争力』につなげていくことです。カーボンニュートラルに伴う社会変革は各国で始まっており、競争力をそがれないためにも、早期の意識変革と実行力が求められています」(MRI研究員)

脱炭素でエネルギー需給構造は大きく変わる

他国と比べて日本のエネルギー供給体制が弱いことはよく知られている。まず、こうした課題を抱える日本では、産業にエネルギーがどういった形で供給されているかを見ていこう。

日本のエネルギー政策の基本は「S+3E」である。これは「安全性(Safety)」を大前提とし、「エネルギーの安定供給(Energy Security)」を第一に、「経済効率性(Economic Efficiency)」の向上による低コストでの供給を実現し、同時に「環境への適合(Environment)」を目指すものだ。カーボンニュートラルなどの気候変動対策は、この中でもとくに「環境への適合」に対する課題認識から始まっており、現在の世界的な潮流となっている。では、こうしたエネルギー政策を掲げる日本のエネルギー需給構造はどうなっているのだろうか。

「日本は2019年の1次エネルギー供給(国全体が必要とするすべてのエネルギー量)構成の中で、CO2排出量が少ない非化石エネルギーは15%にとどまっています。つまり、エネルギー供給の85%を化石燃料に依存しており、カーボンニュートラルの実現は、これらをすべて脱炭素エネルギーで賄うことと同義です」(同)

以下のグラフで日本のエネルギー需給構造の変遷を見ると、半世紀もの間、化石燃料比率が高い割合を占めていることがわかる(図2)。カーボンニュートラルの達成は、非常に難易度の高いチャレンジだと言えるだろう。

だが、このチャレンジは日本経済の弱点を解消する可能性も秘めている。非化石エネルギーの大部分を輸入に依存しているため、日本のエネルギー自給率は12%(国産の化石燃料は1%)と、主要国の中でも突出して低い。エネルギー問題を語る際、安定供給は最優先のテーマであり、エネルギー自給率の低さは長年にわたって解決できずにいた日本の“アキレス腱”だったのである。これが脱炭素エネルギーへの世界的なシフトによって、大きく様変わりするかもしれないのだ。

化石資源によって、高いエネルギー自給率を維持している国であっても「脱炭素エネルギー自給率」の観点では3割を下回る国が多い。例えば英国では19%、米国では18%であり、11%である日本とのエネルギー自給率の格差が小さくなる。もともと化石資源の乏しい日本にとって、カーボンニュートラルはエネルギー自給率を向上させるチャンスとも言えるだろう(図3)。

脱炭素イノベーションで日本は世界を牽引できるか

新興国を中心とした人口増加や経済成長に伴い、製造業への需要は世界的に増加すると見られている。2050年には、世界全体で鉄鋼蓄積量や乗用車保有台数が約2倍になるとの試算もあるほどだ。このような中で、日本のGDP(国内総生産)において、鉄鋼・化学・自動車の3業種が占める割合は7%。これはG7の中ではドイツの8%に次いで高く、製造業比率の内訳でも他国より上回っている。

製造業において革新的な脱炭素イノベーションを起こすことができれば、カーボンニュートラル時代に増加するグローバルな需要に対応して、市場を拡大するチャンスにもなるだろう。

化石燃料の依存度も高く、エネルギー自給率が低い日本だからこそ、カーボンニュートラルによって得られる経済的、技術的な恩恵は大きくなるのだ。カーボンニュートラルを契機に、日本の産業全体のイノベーションを加速させ、経済成長につなげていくことが重要ではないだろうか。

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>>カーボンニュートラルを契機とした日本のエネルギー安定供給と経済成長(前編)

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