JTBが「人的資本開示」支援に強みを発揮する理由 旅やイベントを通じて提供してきた「EVP」とは
日本の従業員エンゲージメントは「世界最下位レベル」
「人的資本」とは、人材をコストではなく価値を生み出す投資対象と捉える考え方のことを指す。2020年9月に経済産業省より公表された「人材版伊藤レポート」にてその重要性が指摘されたことを契機に、持続的な企業価値の向上へ人材戦略をどう展開していくかが企業に問われるようになった。
「人事領域がHR(Human Resource)といわれるように、従来は人材を『人的資源』と呼んでいました。資源ですから、すでにあるものを“いかに管理するか”という方向性の考え方になります。
対して、欧米では早くからHuman Capital、つまり『人的資本』の考え方が根付いていました。資本ですから、教育などの“投資”によっていかに『人財』を成長させるかが求められるわけです。
当社も人的資本の考えに基づき、人材を財産の1つである『人財』と捉え、お客様への提案として、その価値を高めていくことを重視しています」(JTB ビジネスソリューション事業本部事業推進チーム事業推進担当部長の上山毅氏)
当然、人的資本の考え方の下で働くほうが社員エンゲージメント(会社に対する愛着心や帰属意識)も高められ、それがひいては企業の成長にも結び付く。しかし残念ながら、日本の「人への投資」は十分とはいえないのが現状だ。
「熱意を持った社員が日本にはたった数パーセントしかおらず、100カ国以上に上る調査対象国の中で最下位レベルにあるという海外の調査もあります。その背景には、終身雇用や年功序列といった日本型雇用によって、『役割を果たせば生活が保障される』文化が根付いている影響もあるのではないでしょうか。日本のよい部分でもありますが、それでは残念ながらイノベーティブな発想は生まれにくいと考えられます」(上山氏)
もちろん、そうした状況に危機感を覚える企業が増えてきてはいた。先述した人材版伊藤レポートの発表に加え、近頃はESG(環境・社会・企業統治)への取り組みが投資判断の指標となってきているほか、21年6月には政府の成長戦略や東京証券取引所の改訂コーポレートガバナンス・コードに人的資本の情報開示を強化する方針が盛り込まれている。
ただ、いずれも“努力目標”の段階だった。それが“義務化”となると話は変わってくる。上場企業は有価証券報告書や統合レポートに記載しなければならないからだ。
「近年、人事総務部門は女性活躍推進や健康経営、ダイバーシティーなどに随時対応してきましたが、そうした無形資産についてすべて開示せよとなると、対応すべき範囲は多岐にわたります。どこまで義務が課せられるのかまだ確定していませんが、相当の準備が必要なことは間違いありません」(上山氏)
EVPとは「社員が共感できるその企業で働く価値の提案」
人事情報と一口に言っても、数値化できる状態で保管されているとは限らない。例えば、算出する際の分母となる社員数一つを取っても、さまざまな雇用形態の社員がいるので、どの立場までカウントすべきかなど、数値化するのも一苦労といえる。
そして、企業としてさらに大変なのが、情報の開示に当たってただ人的情報の数値化を実施すれば完了ではなく、将来に向けた人財への投資計画である「人財ポートフォリオ計画」のような定性的な情報も記載する必要があるからだ。
「人財ポートフォリオ計画は、いわば社員や社会への約束ですから、投資家は最も注目しています。具体的な計画を示すとともに、どのように実行したかを毎年開示する必要があります。絵に描いた餅では話になりませんし、前年と比べて改善しているかどうかも問われます」(上山氏)
とはいえ、これは難問だ。人財ポートフォリオ計画を構築するには、目指すべきビジネスモデルや経営戦略からバックキャストして必要な人財の要件を定義しなければならない。さらに、計画を実行させるには、社員のエンゲージメントを向上させるための具体的な取り組みも不可欠となる。これらをクリアするにはどうしたらいいのか――。
そうした背景の下、取り組みのカギを握る考え方としてJTBが提唱しているのが「EVP」である。JTB ビジネスソリューション事業本部事業推進チームグループリーダーの安達原祥子氏は、次のように説明する。
「EVP(Employee Value Proposition)とは、直訳すれば『社員への価値提案』ですが、JTBでは『社員が実感できる、その企業で働く価値の提案』と考えています。熱意を持って取り組める仕事、上質な企業文化、自身の仕事に見合う報酬、成長や能力開発を促す環境など、その企業にいる間に経験し、受け取るすべてを意味しています」
つまり、社員が受け取るすべての経験である「社員エクスペリエンス」を企業が提供し、企業への共感と意欲を示す「社員エンゲージメント」を高めるのがEVPというわけだ。これにより、必然的に生産性やイノベーションを生み出す力が向上し、自律型人財が増えるとともに企業価値も上がる。効果的なブランディングにつながり、ビジョンやパーパスに共感した人が集まりやすくなって、採用活動が順調になり定着率も高まるという。
「そうした好循環を生み出すには、まず『ありたい組織の姿』(組織ビジョン)を描かなくてはなりません。そのうえでサーベイを実施し、可視化された現状と理想のギャップを埋めていくのです」(安達原氏)
実施の際にJTBが顧客に提案するのは、サーベイを未来軸に据えることだという。従来の組織サーベイやパルスサーベイ(社員への意識調査)では基本的に、過去もしくは現在のことがわかる。だが、これからのサーベイは、社員とともに未来の「ありたい組織の姿」を描くためのツールとして活用することが大切になる。
だからこそ、ビジョンを明示してそれに対する社員の考え方や現状を把握することが重要になる。そして、具体的な解決策は、組織を構成する5大要素である「ビジョン」「風土」「人財活用」「制度」「労働環境」をベースに設計し、各項目のKGI・KPIを設定して具体的な取り組みを行うことで、EVPが高まっていくのである。
EVPと旅・イベントをつなぐ「感動」
ところで、JTBといえば言わずと知れた大手の旅行会社だ。それがなぜ、企業の人的資本経営を支援する事業を展開しているのだろうか。上山氏は次のように語る。
「当社の事業ドメインである『交流創造事業』では、JTBならではのソリューションの提供により、地球を舞台にあらゆる交流を創造し、お客様の感動・共感を呼び起こすことを目指しています。その中核であるツーリズム事業では、旅行やイベントを通じて価値ある体験のお手伝いをしてきましたが、これこそはEVPであると考えています。
社員エクスペリエンスは旅行やイベントによって人流を生み出し、五感による体験を提供することで高めることが可能です。そのため社員エンゲージメントやモチベーションの向上をサーベイで図り、EVPソリューションを開発してきた経緯があります。そうした意味でJTBはまさに、共感設計のプロフェッショナルなのです」
実は、JTBの社内ベンチャー第1号は、1993年に設立されたジェイティービーモチベーションズという会社だ(現・JTBコミュニケーションデザイン)。現在、同社は組織開発を支援するHRテクノロジー「WILL CANVAS」の提供をはじめとし、人と組織のコミュニケーションを活性化することで企業力を高めるコンサルティングを展開している。
「旅の効能を追求した結果として、国内でもいち早く、モチベーションをビジネスに活用した」と安達原氏は明かす。「感動のそばに、いつも。」というJTBのブランドスローガンのとおり、本質的な体験の価値について、深い考察を続けてきたということだろう。
実際、JTBが提供するEVPソリューションは感動と共感をもたらし、組織の課題解決を促すものが多い。例えば、世界的ベストセラー『7つの習慣®』とコラボレーションした野外で行う社員研修プログラムは、「チーム一体となってシナジーを生み出す感動が味わえます。M&Aで一緒になった会社がワンチームになれたといった声も多数いただいています」と安達原氏。
最近では、福利厚生サービスを手がけるベネフィット・ワンとの提携によるインセンティブ(報奨)プログラムの提供も開始した。社員にポイントを付与して好きな商品と交換できるベネフィット・ワンのポイント制度と連動して、報奨イベントの非受賞者を含む全社員が報奨の対象になるように設計し、組織全体のモチベーション向上を促している。
「サーベイで明らかになった課題に対し、感動をもたらす演出と質の高いホスピタリティーを組み合わせた具体的な取り組みをご提案できるのが、JTBならではの強みです。風通しが悪くてイノベーションが生まれにくかった企業で、社長の思いを効果的に伝えられるイベントを行い、社内の雰囲気が一変した事例もあります」と上山氏。
「JTBグループの価値創造の源泉にあるのは『つなぐ・つなげる』という思想です。中でもEVPは、『企業と社員をつなぐ』お手伝いを通じてお客様の課題解決に『つなげる』ものとして、旅行やイベント、地域ソリューションと並び、交流創造事業の中核をなす重要なソリューションであると位置づけています。
予測不可能なVUCA時代だからこそ、必ずリターンとなって返ってくる人的資本への投資が重要です。そして、感動を分かち合う体験を深めることによって、企業と社員との絆は深まります。そうしたEVP経営を実現するためのお手伝いを、ぜひJTBにお任せいただきたいです」と力を込める。