「海洋プラ」問題に挑む若狭高校生徒の本気姿勢 米大手分析機器メーカーも研究をバックアップ
人間にも被害を及ぼすかもしれない可能性
マイクロプラスチックは、歯磨き粉や洗顔料などに使われるマイクロビーズのような製品に含まれる細かなプラスチックと、もとは大きなプラスチックごみが紫外線や波によって劣化し砕かれたものの、大きく2種類に分類される。プラスチックは自然環境下で簡単には分解されず、回収も困難なため、いったん海洋に流出してしまうと、多くが数十年から数百年もの長きにわたり残り続けることになるといわれている。
マイクロプラスチックが問題視されるのは、単に海が汚染されるからだけではない。劣化とともにマイクロプラスチックに有害物質が吸着し、さらにそれを海洋生物が取り込むことで体内が汚染され、生態系に影響を与えることや、食物連鎖の中で人間にも被害を及ぼす可能性が懸念されているのだ。
2016年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、2050年までに海洋中のプラスチックごみの重量が魚の重量を超えるとの試算が発表されて以降、マイクロプラスチックについても発生を抑止する法規制の議論がしだいに活発化。日本でも国や自治体、地域の団体などさまざまなフィールドで、マイクロプラスチック問題への対策が進められている。そしてそれは大人に限ったことではない。未来を担う若い世代も、この問題に挑んでいる。
生徒の自主的な取り組みから研究がスタート
若狭湾に面した福井県小浜市にある県立若狭高校。文部科学省の「スーパーサイエンスハイスクール」としての指定(※)も受けた同校では、生徒の思考力・判断力・表現力を養うため、生徒自身が課題を発見し、3年間を通じて研究する課題探究学習を教科として展開している。その中で2016年以降、歴代の生徒たちの間で脈々と受け継がれている研究がマイクロプラスチック問題だ。
同校で課題探究学習を推進する、海洋科学科教諭の小坂康之氏は、マイクロプラスチックの研究が始まった経緯をこう振り返る。
「きっかけは海藻を海底に植えるプロジェクトに参加したり、若狭湾の海の水質調査をしていた海洋科学科生徒の希望でした。砂浜に打ち上がっていたプラスチックごみを見つけて『なぜこんなにごみが発生するのか調べたい』と。そこから2人の生徒がマイクロプラスチックの研究に取り組むようになりました」
研究が始まった当時は、今ほどマイクロプラスチック問題に光が当たっていなかった。そのため研究に必要な調査方法がわからず、まずは海岸の砂を集めて、ピンセットでマイクロプラスチックを収集するところから開始したという。
その後、小坂氏がマイクロプラスチック研究を行う大学の研究室とコンタクトを取り、厚意で生徒の研究への協力を得られるように。生徒から直接質問をメールで送信したり、サンプルを送って分析してもらったりするなどして研究を進めていった。
※2011年度~15年度、2017年度~21年度の2期10年
材質の特定が研究の要、今後は分析装置を本格活用へ
若狭高校におけるマイクロプラスチック研究の内容は、砂浜から採取したプラスチックごみの発生源を特定するものから、魚がマイクロプラスチックを誤食することによる影響、製品の素材に生かす方法の模索まで多岐にわたる。ただプラスチックにはさまざまな種類があることから、どの研究においても種類の特定は必須だ。
「どのような材質なのかを分析して特定できないと、どこから発生したものなのかわかりませんし、適した生かし方も見つかりません。まずは、マイクロプラスチックの性質を明らかにすることを研究の前提にしています」(小坂氏)
例えばある生徒たちの研究チームでは、魚醤や食塩に含まれるマイクロプラスチックの有無を調査。サンプルを分析したところマイクロプラスチックを検出、材質を特定し、魚醤に使用されている魚の生息地とマイクロプラスチックの分布の関係性を推測した。実際に、地元の魚醤製造企業や食塩を扱う企業に対し、マイクロプラスチックの混入を防ぐ対策について提案するなどの活動を行ったという。
年を追うごとに、海洋科学科以外の普通科や文理探究科でもマイクロプラスチックを研究テーマに選ぶ生徒が増え、今では毎年全学年合わせて20人ほどの生徒が研究に取り組んでいる。卒業前には、課題探究の授業の集大成となる論文も執筆する。卒業生の中には、若狭高校時代のマイクロプラスチックの研究がきっかけで、大学入学後も海洋環境の研究を継続し、今は研究者を目指しているという人もいるそうだ。
同校では最近、生徒をはじめ地域で海洋研究をする団体も共同で研究に活用できるように、「FT-IR(エフティーアイアール)」と呼ばれる分析装置を導入した。従来は生徒が収集したマイクロプラスチックを研究に協力してくれる大学の研究室に送り、FT-IRで分析してもらっていたが、小坂氏をはじめ学校として「自分の手で分析をすることで、研究の実感を深めてもらいたい」と、FT-IRの導入を決めたという。今後、生徒たち自身でのマイクロプラスチックの材質の特定にFT-IRを本格的に活用していく予定だ。
海洋ごみ問題の解決に重要な役割を担う「FT-IR」
FT-IRとは何か。簡単に説明すると「物質に赤外線を照射して赤外線の吸収パターンを測定し、波形グラフに表して材質を特定できる機器」である。固体、気体、液体のいずれも測定でき、データとしてストックしている分子の波形のライブラリーと照合させることで材質の特定につなげる。食品や医薬品などの異物混入の分析をはじめ、さまざまな分野で利用されている。
マイクロプラスチックの分析においては、一定量当たりに含まれるマイクロプラスチックの種類やサイズ、個数などをFT-IRを用いて測定する。これらの情報を基にマイクロプラスチックの発生源や混入経路の特定、製品中のマイクロプラスチックの有無などの確認に活用できる。言い換えれば、FT-IRはマイクロプラスチックの分析において欠かせない機器というわけだ。
若狭高校が導入したFT-IR「Thermo Scientific Nicolet iN10 MX」を開発したのが、米国に本社を置く科学機器メーカー・サーモフィッシャーサイエンティフィック(以下、サーモフィッシャー)。同社製FT-IRの特長は、誤差の少なさや測定スピードにあるという。製品の責任者を務めるシニアマネージャーの服部光生氏は、次のように説明する。
「1ミリメートル×1ミリメートルの範囲にある材質の測定にかかる時間は、当社の従来機器で通常数十分から約1時間以上ですが、Nicolet iN10 MXでは高速マッピングあるいは赤外イメージングと呼ぶ技術によって、その10分の1以下のスピードで測定を実現します。これによって、マイクロプラスチックの種類の特定がスムーズになります。また、目視では確認が難しいような小さなマイクロプラスチックについても高い精度で分析することが可能です」
若狭高校へのFT-IRの導入サポートを担当した澤田寛己氏は、製品の使い方を説明するだけではなく、さまざまなノウハウの提供を通じて同校を支援していきたいと話す。
「若狭高校さんのように、地元の海を守っていこうという考えの下で積極的にマイクロプラスチックの調査をされているというのは、日本国内においてもまだ珍しいのではないでしょうか。先進的な事例として今後国内でも広がっていくことを期待しています。これから生徒さんたちが本格的にFT-IRを活用されていく中で、分析手法についてなど何かご相談をいただいた際には、当社としてもサポートを行っていきたいです」
人々の生活に深く根差しているプラスチック。脱プラスチックの流れがグローバルスタンダードになる一方で、多用途で使われていることから、完全に手放すのは現実的ではない。この相反する状況を乗り越え、マイクロプラスチック問題を解決するためには、的確な分析に基づいた策を練る必要がある。その意味でFT-IR、およびそれを開発するサーモフィッシャーは重要な役割を担っているといえるだろう。
「マイクロプラスチックは海洋ごみの問題にとどまらず、カーボンニュートラルにもつながる重要な社会課題の一部分だと捉えています。われわれは分析機器メーカーとして迅速な測定を支援し、製品を幅広くご利用いただくことで、社会課題の解決をサポートしていきたいと思っています」(服部氏)
同社ではFT-IRのほかにもさまざまな分析機器やバイオ関連機器、臨床診断用機器、研究・臨床検査試薬といった幅広いソリューションを提供。コロナ禍においてはPCR検査機器が感染対策に大いに活用されるなど、さまざまな社会課題の解決に貢献してきた。まさに、同社のミッションである「私たちの住む世界を、より健康で、より清潔、より安全な場所にするために」を体現している。