知ってる?「頭頸部がん」早期対策が重要な理由 早期発見・早期治療が「生活の質」を左右する

※1 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)より、口腔・咽頭、喉頭、甲状腺がん罹患総数(2016年~18年)の平均値
QOL左右する「頭頸部がん」、あまり知られていない訳
頭頸部がんは、鼻、口、喉、顎、耳など、顔から首(頸部)までの範囲にできるがんのことだ。代表的なものに、口の中にできる口腔がんやその一種である舌がん、声帯などにできる喉頭がん、扁桃腺付近などにできる咽頭がん、甲状腺がんなどがある。頭頸部がんの特徴について、丹生氏は次のように解説する。


日本頭頸部癌学会 理事長
丹生 健一(にぶ・けんいち)医師
「頭頸部には嗅覚や味覚、視覚、聴覚、平衡感覚に関連する感覚器が集まっており、それらの器官は日常生活で重要な機能を果たしています。例えば口や喉は呼吸だけでなく食事して咀嚼(そしゃく)・嚥下(えんげ)する役割を持っていますし、鼻は呼吸時に『空気清浄加湿機能付きのエアコンディショナー』として機能します。
そこにがんが発症すると、そうした重要機能が損なわれるリスクがあります。また、場所によっては治療によって容貌が変わり、にっこり笑ってコミュニケーションを取ることが困難になることもあります。つまり頭頸部がんは、QOLに大きく関わるがんだということです」
QOLを左右するがんであるにもかかわらず、「頭頸部がん」という言葉はあまり浸透しているとは言いがたい。舌がんなど、個別には耳になじみのあるものもあるが、なぜ総称としてはそれほど知られていないのか。
「胃がんや肺がん、大腸がん、さらに乳がんや子宮頸がんは、国が推奨するがん検診に入っているので、皆さんよくご存じです。しかし、頭頸部がんはその対象外のため、認知度が低くなっていると考えられます」(丹生氏)
一般的に頭頸部がんは、早期発見されづらく見過ごされがちながんだといわれている。がん検診の対象外であることも要因の1つだが、ほかにも理由がある。頭頸部がんの初期症状の一部はがん以外の日常的に見られる症状や病気ともよく似ており、自覚症状があっても「病院に行くほどではない」と考えられがちなのだ。
「例えば喉頭がんは、声がかれたりガラガラ声になったりといった症状が見られます。ガラガラ声は、ヘビースモーカーや声をよく使う人にとっては珍しくない症状です。
また、鼻や上顎のがんには鼻血や鼻づまり、蓄膿といった症状がありますが、鼻血は幼い頃からよく出す人もいますし、鼻づまりは風邪でもよく起こります。さらに、口内炎だと思って放置していたら、実は口腔がんだったというケースも意外と多いです」(丹生氏)
気づいたときにはがんが進行していたり、ほかの場所に転移していたりするケースもあるといい、何としても避けたいところ。だが、よくある症状だとすると、いつどのようなタイミングでどの医療機関を受診すればいいのか。丹生氏は「目安は2週間」とアドバイスする。
「何か症状が出て2週間経っても治らなければ、頭頸部がんの疑いがあります。早めに耳鼻咽喉科を受診することをお勧めします」

喫煙や飲酒、歯の生え方などがリスク要因に
代表的な頭頸部がんについて、もう少し詳しく見ていこう。
甲状腺がんを除く頭頸部がんの中で、最も多いのが口腔がんであり、頭頸部がん全体の約27%※2に当たる。

口腔がんの中でも、半数以上を占めるのが舌がん※3だ。多くの場合、舌縁部(舌の側面)にできる。はっきりとした原因は明らかになっていないものの、飲酒や喫煙のほか、傾いた歯や合わない入れ歯が慢性的に舌に当たることなどが考えられている。早期では慢性の炎症が起き、少しずつ硬くなって白く変化していくという。
「舌はがんでなくても炎症を起こして痛みを伴うことがありますが、実は舌がんは進行するまで痛みがないことも多いのです。痛みがある場合はもちろん、舌の横にしこりがあったり、白くなっているのを見たら、すぐに受診していただいたほうがいいです。進行がんでは10年生存率は5割前後ですが、早期がんであれば治る可能性も高まります」(丹生氏)
喉頭がんの最大の原因はタバコで、圧倒的に男性患者が多く、10人中9人が喫煙者といわれている。「1日に吸うタバコの本数と喫煙年数を掛け合わせた『ブリンクマン指数(喫煙指数)』が700を超えるとリスクが高くなります。例えば1日20本を20歳から55歳まで吸うと、指数は700です。これを上回り、声がかすれてきた人は気をつけたほうがいいと思います」(丹生氏)。
咽頭がんは、がんができた場所により上咽頭がん・中咽頭がん・下咽頭がんの3つに種類が分かれる。中でも多い中咽頭がん(頭頸部がん全体の約17%)と下咽頭がん(同約22%)※2の主な原因の1つが飲酒。お酒は肝臓でアセトアルデヒドに分解されるが、このアセトアルデヒドが体内にたまると咽頭がんになりやすい。
「アセトアルデヒドは肝臓内でアセトアルデヒド脱水素酵素によって酢酸に分解されますが、日本人はこの酵素の働きが弱い人が多いとされています。とくに飲酒すると顔が赤くなる『フラッシャー』と呼ばれる体質の人は、アセトアルデヒド脱水素酵素の働きが弱い可能性が高いです。フラッシャーの人がのどに痛みやつまりを感じたり、むせることが増えてきたら要注意です」
また、中咽頭がんについては、HPV(ヒトパピローマウイルス)の感染も発がん原因となる※4。HPVは子宮頸がんの原因として知られているが、中咽頭がんは男性の発症が多く、若いときに性交によって感染したまま残り、働き盛りになってから発症させることもあるという。
「HPV陽性の中咽頭がんは年々増えており※4、今や中咽頭がんの2人に1人といわれています。ただ、飲酒が原因の咽頭がんと比べると、早期に発見できれば10年生存率は8~9割と高くなっています」(丹生氏)

早期発見・早期治療できれば「体への負担は小さい」
頭頸部がんから身を守るために、日頃からできることはあるのか。
「喉頭がんや咽頭がんは、喫煙や飲酒の生活習慣を改めることが基本です。改めきれない人は、年に1回程度は耳鼻咽喉科で診てもらったほうがいいでしょう。
実は咽頭がんの原因になるアセトアルデヒドは食道がんの原因にもなり、どちらかのがんになった人の6割がもう1つのがんにもかかってしまうというデータもあります。近年は、消化器の医師も咽頭がんについて詳しくなり、胃カメラで咽頭がんを発見することも増えてきました。フラッシャーの人は、定期健診や人間ドックで胃カメラを行うことをお勧めします」(丹生氏)
ここまで見てきたように、頭頸部がんの症状は日常的に起こる症状と似ているものも多い。違和感などの症状が長く続くようであれば(目安は2週間)、頭頸部がんの可能性も意識したほうがよいだろう。
「頭頸部がんの多くは、早期であれば切除できて負担も大きくありません。今は再建手術の技術も進歩しましたが、進行したがんに対する治療の後遺症のリスクを考えると早期発見・早期治療が大切であることに変わりはありません。心当たりのある人は、ぜひ気軽に耳鼻咽喉科に相談していただきたいと思います」(丹生氏)
※2 出典:一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「知っておきたい 頭頸部外科・頭頸部がんのこと」サイト「頭頸部がんの種類別の割合(%)」http://www.jibika.or.jp/owned/toukeibu/head_and_neck_cancer_2.html
※3 出典:一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「知っておきたい 頭頸部外科・頭頸部がんのこと」サイト「口腔がんに占める舌がんの割合」http://www.jibika.or.jp/owned/toukeibu/head_and_neck_cancer_2.html
※4 出典:一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「健康寿命への挑戦」サイトhttp://www.jibika.or.jp/owned/healthy-aging/viral-carcinogenesis.php