メタバースは本物か?V-tecが切り開く2030年 空間、距離、言語という制約が取り払われる

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三菱総合研究所(以下、MRI)では、バーチャル・テクノロジー(V-tec)をリアルとデジタルが融合する未来社会の基盤技術として位置づけ、社会へのインパクトや将来の展望に関する研究を進めている。V-tecによりわれわれのコミュニケーションのあり方はどう変わっていくのか、そして山積する社会課題の解決にどう寄与していくのか。近年注目を集めるメタバースの解説も交えつつ、その可能性を探っていく。

「メタバース」のカバー領域が拡大していく

コロナ禍以降の社会においては、経済成長一辺倒の「量的な成長」に、多くの人々が懐疑心を持つようになった。そんな時代に社会課題を的確に捉え、その解決を進めていくにはどのようなアプローチが有用なのだろうか。MRIの研究員が説明する。

「心身の健康や自己実現、社会的つながりといった、『一人ひとりのウェルビーイング』を追求していくことこそが、社会全体の幸福量増大に直結していくだろうとわれわれは考えています。そのような豊かさと持続可能性が両立する社会を実現するためにカギとなるのがバーチャル・テクノロジー(V-tec)です」

V-tecは、リアリティーを再現する技術や、ボイスコンピューティング(音声をベースとした情報処理)なども含めて使いやすいUI (ユーザーインターフェース)をつくる技術、そしてバーチャル空間やオブジェクトの生成技術の総称である。V-tecをビジネス活用した事例として最も身近にイメージしやすいのは、「メタバース」だろう。

「メタバースとは、バーチャル空間のうち、複数のエージェント(アバター)と操作可能なオブジェクト(物体)からなる共有空間のこと。コロナ禍を経た現在では、大規模なイベントをオンライン空間で開催したり、ビジネスの現場でアバター同士が会議をしたりということも増えました。これらに用いられているオンライン上の3DCG仮想空間が、メタバースです」(MRI研究員)

さまざまなシーンで注目を集めているメタバースだが、社会の認知や実装の面ではまだまだ発展途上段階だ。

メタバースといえば、アバターをバーチャル空間で動かし、デジタルの服や靴といったオブジェクトを着用するようなものがイメージされがちだ。しかし本来は、バーチャルライフ体験のような娯楽要素のあるものから、製品設計・レビューといった実用性に振り切ったものまで、利用目的によって構成のバリエーションが無限に存在する。

それに対するV-tecの応用範囲は、仮想空間上で完結する原義のメタバースにとどまらず、リアルとバーチャルが融合した広義のメタバース(リアルバース)へ及んでいくことがわかる(図1)。

そうした応用型を整理したのが「メタバースの7つの応用型」だ(図2)。

「上下軸は3Dバーチャル空間の時間の取り扱い方に着目した軸です。下側は、予測や訓練の場として、時間の概念が含まれないバーチャル空間であることを意味し、上側は実際の物理時間と同様に、一定の速度で流れる固定的な時間を用いるバーチャル空間を意味します。左右軸は、オブジェクトとエージェントの精緻化や表現力に関する相対的な重視度に着目した軸です。例えばオブジェクト重視型ではハンドリングする製品などが主役であり、エージェント(アバター)の表現力は、それほど重視されません。逆に、エージェント重視型では、アバターがどのような表現力を持つかが重視されます」(同)

また、それぞれの応用型は、技術的な発展の経緯によって特徴が異なっているという(図3)。

「①②は産業利用がすでに大きく進展している3D CADの延長線上のメタバース応用型、③④はオンラインコミュニケーションツールの延長線上のメタバース応用型、⑤⑥⑦は大規模オンラインゲームの延長線上のメタバース応用型とみなすことができます。応用目的により、それぞれのメタバースの特徴は異なります。例えば、①の場合、オブジェクト(ここでは設計情報)は精緻である必要がありますが、アバターは基本的に不要。各人の視点などがわかる矢印型程度のエージェント機能があれば事足ります。一方、④の場合は、自然な本人の表情やジェスチャーを表現できるような精緻なアバターが求められます」(同)

V-tec が「コミュニケーション変革」を加速させる

メタバースに見られるように、V-tecによって、空間や距離、言語の壁といった制約を超えた“つながり”が実現する。これをMRIでは、コミュニケーション・トランスフォーメーション、すなわち「CX」と呼んでいる。2030年代のCXは、V-tecによる非言語情報のデジタルメディア化を通じ、「強化」と「拡張」の方向に進むと予想される。

「『強化』とは、人と人とのコミュニケーションにおいて、感情や場の空気感といった情緒的な非言語情報のオンライン化やデジタルツールを介した見える化により、オンラインであっても対面に近いコミュニケーションができるようになること、さらには、オンライン/対面を問わず、対面を超えるコミュニケーションができるようになることを意味します」(同)

人と人のコミュニケーションの「強化」の具体例としては、相手の真意や感情の見える化、同時通訳、適切な語彙候補のリコメンドなどが挙げられる。それにより、距離によらないコミュニティーが成熟し、社会的孤立の抑制や、各種差別・偏見の抑止、相互の認識の共有促進へとつながるだろう。

「一方で、『拡張』とは、話し言葉や身ぶり手ぶりなどを含めた、自然なコミュニケーションスタイルで、人と機械(AI)、あるいは人と環境との間で言語/非言語で情報をやり取りできるようになることを意味します。例えば、手招きをするとゴミ回収ロボットが近くに寄ってくるとか、『あれ持ってきて!』などのあいまいな発言であってもAI が文意を解釈して適切な応答をするといったイメージです」(同)

人対環境のコミュニケーションについては、周囲の環境やモノに付随するさまざまな情報をARグラスに投影することで、人の情報認知能力を拡張させることも可能だ。また、ナチュラルUI(ユーザーインターフェース)の機能・性能が向上すれば、デジタル空間や情報へより直感的にアクセスできるようになる。

これらの変革により、リアルとデジタルが融合する社会の持つ利便性を、ITリテラシーのあるなしにかかわらず、誰もが享受できるようになるはずだ。

遠隔での問診や技術教育が実装される社会

V-tecの応用範囲は多岐にわたるが、ここでは人間存在の根幹である生命・健康を支える医療分野の見通しをまず紹介しよう。この分野においてV-tecが与えるインパクトは大きく、遠隔医療の可能性を高めることも期待できるだろう。

「例えば、問診。患者の表情やしぐさ、質問に対する応答具合などは、医師が診断を下すうえで極めて重要です。V-tecを活用すれば、離島や山村などにいる患者であっても、対面に近いレベルで遠隔地の医師が問診をすることが可能になります。また、医師が患者と対面して触診やリアルな医療機器での診察を行いつつ、遠方にいる専門的な医師と共同して診断することもできます」(同)

距離の制約からの解放だけでなく、言語化しづらい実践的な知識や技術を効率的に習得できるようにもなる……そんな可能性を秘めているのだ。

「医療においては、熟練の医師しか担当できないような希少な施術体験を、誰でも繰り返し模擬的に学べます。熟練技能者の作業データを蓄積しマニュアル化し、汎用的な技能として次世代の者が活用するということですから、これは、製造業や伝統工芸における技術教育や技能の伝承にも適用できるものです」(同)

V-tecにより各分野で高度な分業化やスキルの平準化が進むことにより、一部の高度人材に偏っていた業務負担が緩和され、全体の効率は大きく上がっていくはずだ。さまざまな可能性を持つメタバース。そのさらなる実用化に期待したい。

>>メタバースの概要と展望 第1回:メタバースの基本要素と7つの応用型

>>メタバースの概要と展望 第2回:メタバース経済への期待と課題

>>バーチャル・テクノロジーがドライブする行動変容編 第1回:2030年代のCXを担う基盤技術

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