日本のイノベーションを妨げる「意外な弱点」 「共領域」づくりで人や組織の連携を強化する

日本にはイノベーションが生まれない――。経済大国だった日本に「失われた30年」をもたらしたのが、イノベーションの欠如であることは明白だ。しかし、「技術革新そのものが進まなかったのではなく、それが社会に根付かなかったのが最大の原因だ」と三菱総合研究所(以下、MRI)は指摘する。イノベーションを加速させるためには、社会や組織での連携が必須だ。そのためのキーワードとしてMRIは「共領域」という概念を提唱している。

社会の分断を克服する「共領域」の概念

コロナ禍にあって、日本では多くの問題が噴出した。給付金交付の手続きが遅れたり、行政と医療機関の連携が悪かったりしたことで、社会の非効率さを身近に感じた方も多いのではないだろうか。これらのトラブルで思い知らされたのは、日本では過去30年でイノベーションが阻害されてきたということ。それは、「種」である技術革新は途絶えていなかったが、「土壌」である社会組織に問題があったためだ。イノベーションの完結には社会実装が不可欠であるにもかかわらず、である。

日本では思い描いた将来を実現するために課題を解決しようとすると、組織や社会の分断、いわゆる「サイロ化」に突き当たってしまう事例が少なくない。

サイロ化を如実に表す例として、幼保一元化の問題が挙げられる。定員割れを起こしている幼稚園と、待機児童問題を抱えている保育園を統合すれば、需給バランスが取れ、親世代がより働きやすくなることは想像にかたくない。しかしながら、管轄する省庁が別々で、園の運営に携わる人材に求められる資格も異なるため、実現は困難を極めている。

分断を克服するためには、人と人、組織と組織、場合によっては人と組織の間での新たな連携の仕組みが必要となる。MRIは、この仕組みを「共領域」と名付けた(図1)。その活用を通じて、社会実装や社会の活性化、よりよい社会の実現をリードすることが重要だとしている。

「『共領域』とは単純な集合体ではない。信頼や相互承認に支えられ、かつ、参加者が『自分は周りの役に立っている』という実感も持てる関係だ。イノベーションは、天才的な発明や先端技術だけでは不十分で、社会実装が成ってこそ完結したと言える」とMRIは指摘する。

「その第一歩は、課題の大きさや複雑さを理解すること。そして幅広いステークホルダーを巻き込み、多種多様なソリューションの考案から、実装・活用するインフラの構築まで、協調して取り組むメカニズムも欠かせません。そのためには、共感を得られるビジョンや目標、あるべき将来像を提示し、実現に必要な知や機能を構造化する必要があります。共領域とは、イノベーションの社会実装に必要な集合体なのです」(MRI研究員)

次世代の若者は「共領域」と相性がいい

共領域を形成するカギは何か。結論から言えば、人材育成である。例えば、いち早くインターネットの原型やGPS(全地球測位システム)を開発した米国のDARPA(国防総省・国防高等研究計画局)がプログラムマネジャーに採用するのは、企業や政府、大学などで経験を積んだだけでなく、種々のステークホルダーと高いレベルでコミュニケーションが取れる人物だという。また、2021年からEU(欧州連合)で始まった、先端研究、社会課題解決、市場創出において連携を図る研究・イノベーション枠組みプログラムでは、EU全体の共領域形成を狙っている。このプログラムを担う人材育成に、EUが多額の予算を投ずる力の入れようだ。

いずれにおいても、内部の人材と社会の結び付きがプロジェクトの核となっている。同様の人材育成は、内向きで特殊と言われる日本では難しいのでは……と思われるだろうか。しかし実は、そうでもない。

「若い世代の指向性の変化は、実は共領域との相性がいいんです。彼らは社会貢献意識が高く、やりがいと他者とのつながりから生まれる信頼を重視しています。実際に、同じくやりがいと信頼を大切にしながら、地域やコミュニティーが1つのビジョンを共有して、社会課題の解決を目指す取り組みがあります。これが注目されつつある風潮も、追い風となるでしょう」(同)

また経済産業省によれば、2020年に立ち上げられた大学発のスタートアップは5年前より64%増えている(図2)。伸び率は米国の30%をしのいでおり、希望となるのは間違いない。現在の社会の流れは、日本にとってチャンスと言えるだろう。

人材育成によって共領域を形成し、反対に、共領域を活用して人材育成を行うこともできる。いいサイクルを生むためには、まず、産学官の壁を壊して人材の流動をスムーズにし、共領域を通して研究から社会実装までをシームレスに経験できる環境を整える。そして、この環境にアクセスできる人を増やし、産学官それぞれの立場を広い視野で見られる人材を育てていくことが必要だ。

「共領域」が縦割り行政を変える

官民ともに、イノベーションが社会実装されるまでの一連の流れをつくるためには、多様な価値観を持つ幅広いステークホルダーを巻き込むことが必須である。とくに、しばしば縦割り行政が批判される官公庁においては、共領域の仕組みによって行政サービスの利便性向上につなげることもできるだろう。

例えば、冒頭に挙げた幼保一元化の問題。保育園は厚生労働省、幼稚園は文部科学省の管轄で、従事者の資格も異なっている。両者の統合は難しいが、共領域の中でテクノロジーを活用する「行政DX」が進めば解決するかもしれない。

実際に、成功した行政DXもある。デジタル庁が整備を進めている「ベース・レジストリ」(公的基礎情報データベース)だ。公的機関のデータを整備する計画で、部局ごとに保有・管理している、人や法人、土地、法律などの情報を統合している。

このうち土地情報を例に挙げよう。現在は法務省、国土交通省、農林水産省、地方自治体などが個別に保有しているため、正確性や最新性が必ずしも担保されていない。これを一元化したうえでオープンデータとして民間と連携し、情報がつねに正確で最新な状態に保たれれば、土地の所有者が不明な問題や、都市開発の推進といった社会課題の解決につながるだろう。省庁間のデータを連携させることで、行政サービスの変革につなげる政策なのである。

行政DXには、上記のような「データやデジタル技術を利活用した変革」はもちろん、その利活用を政策立案の段階から見据えておくことも大切。そして、国民や民間企業といった受益者の利益を最大化するためのプロセスだという点も、忘れてはならない。生産性だけでなく、利便性の向上、ニーズに寄り添ったサービス設計の推進が求められている。

困難な道のりではあるが、今の日本なら無理ではない。若者の意識の変化やスタートアップが盛んに誕生する状況を生かして、共領域形成の視点からイノベーションを見つめ直すと、難局を打開する糸口が見えてくる。

>>「共領域」なくしてイノベーションは結実しない

>>官民連携による価値共創的な行政DXの推進

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