リスク大幅減「受けたくなる乳がん検診」の秘密 複合的な社会課題を解決するための必須事項

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社会にはさまざまな問題が山積している。身近な例で言うと、「乳がん検診」の受診率の低さもその一つだ。こういった社会課題は1つの側面だけでなく複雑化し、これまでの解決方法では太刀打ちできなくなっている。われわれは解決のために、どのような道筋を立てていけばいいのだろうか。三菱総合研究所(以下、MRI)が、「受けたくなる乳がん検診」までの道筋をひも解きつつ、社会課題解決策の本質を解説する。

職場環境も日本人のがん罹患率が高い原因

世の中にある社会課題は1つの要因からだけでなく、さまざまな問題が絡み合って生まれている。

例えば、日本人の死因第1位である「がん」。治療には早期発見が重要だが、検診の受診率は低いままだ。検査自体の苦痛や、罹患(りかん)が周囲に知れると働き続けにくくなるという職場環境が、障壁の一つとなっている。つまり、受診率の向上には、これまでのような行政による広報だけでは不十分なことは疑いの余地がない。検査機器の開発や職場環境の変化など、多面的な対策が必要となる。

あらゆる社会課題は経済社会の高度化により、現象・原因の両面で複合化し、複雑化してきた。その解決は、画期的な一大発明というよりも、さまざまなアイデア、技術の組み合わせによって実現されるケースが増えている。さらに技術の進展で、新機能・新サービスを開発するための期間やコストが激減。スタートアップやNPOなどの小規模事業体が参画しやすくなり、この動きは今後いっそう顕著になっていくだろう。

こうした複合的(コレクティブ)な社会課題を解決するのが、異なるセクターから集まった多様なプレーヤーの協働によって実現させる「コレクティブインパクト」だ。コストやリスクの少ないスモールスタートを起点に、コレクティブインパクトで大きな社会課題の解決を図るのが、これからの新常態となるだろう。

協働で生み出す「受けたくなる乳がん検診」

では、具体的にどのように協働し、コレクティブインパクトを実装していくのか。冒頭に出た「がんの早期発見」という社会課題で解説しよう。

がんの中でも、早期に発見して治療すれば5年相対生存率が100%近い乳がん。乳がん検診を必ず受ける仕組みをつくることができれば、多くの女性が健康で生き生きと暮らせるだけでなく、出産を望む女性が安心して子を産むこともできるだろう。

現在推進されている乳がん検診は、視触診、X 線撮影(マンモグラフィー)、超音波検査の3種の組み合わせだが、ここに課題がある。

日本の女性は、乳腺の濃度が極めて高かったり不均一だったりするデンスブレスト(高濃度乳房)の傾向が強い。マンモグラフィーは検査の精度は高いが、乳腺の組織が白く映ってしまい、本来発見しなければならない腫瘍が隠れてしまうことがある。死亡率の減少効果についてのエビデンスはないが、超音波検査のほうが乳がんを発見しやすいとされる。

そのため、3種の組み合わせの健診が推奨されているのだが、マンモグラフィーでは痛みを感じるケースがあったり、微小ながらも被曝のリスクがあったりする。出産期に当たる女性の中には、リスクを避けたいと考える人も多いのだ。これらが乳がん検診の受診率を押し下げている原因となっている。

これを解決するには、「受けたくなる乳がん検診」の導入を進める必要があるだろう。

「これは一例ですが、MRIが出資・提携するベンチャー企業では、従来方式よりも痛みや被曝リスクを大幅に抑制し、検査精度も高い乳がん検診技術を開発、製品化しています。しかし、技術開発だけでは解決にはなりません。検診受診率向上に向けて行政、機器メーカー、健康保険組合などが連携することに加え、女性が罹患しても働きやすい職場環境の整備も求められます。

乳がんを早期に発見して治療しながら、仕事や普段の暮らしを続けられる社会を構築する。こうした共通の目的に向け、スタートアップや企業、健保、行政といった多種多様なプレーヤーが各自の解決策を組み合わせること。これがまさに、『コレクティブインパクト』です」(MRI研究員)

ただそれには、経済的な裏付けも重要だ。痛みや被曝リスクの少ない検査機器が多くの健診実施機関に納入されれば、開発元のベンチャー企業の収益が上がるほか、行政や医療保険者の医療費削減につながる。企業にとっても、乳がんの発症によって有望な働き手を失うことを回避できる。このような経済の好循環をつくり、コレクティブインパクトを机上の空論で終わらせず、社会実装していくことが重要なのだ。

大きな解決策を得るための「3つの要素」

では、「がんの早期発見」のような社会課題に対し、大きな解決策を得るために必要な要素は何か。MRIは、以下の3つを指摘する。

「まず第1に、『解決すべき重要課題の設定』です。解決効果(インパクト)の大きい問題を見極め、それが現在の社会にどのような損失や負担、コストをもたらしているのかを整理・比較して、重要度・優先度を評価することです。

望ましい姿(未来像)を想定し、そこから現状とのギャップを埋めていくのもいいでしょう。例えば、SDGs(持続可能な開発目標)の1つである『すべての人に健康と福祉を』というゴールに日本が到達するには、いかに医療・介護サービスへのアクセスを向上させるか、という考え方です。

次に、『ビジネスエコシステムの構築』が肝要でしょう。しかし、出会いを促進するだけでは共創の成果は出にくい。大きな課題解決を得るには、多数の関係者が各自の技術や機能、ソリューションを持ち寄って、自律ないし自然発生的に協力・協調しながら事業に育て上げる仕組みが必要です(図1)」(同)

そして最後の要素については、こう指摘する。

「『自律分散・協調と個人の自己実現』が重要でしょう。協働には、多様な人材が必要です。それも、目的や価値観が異なる人たちが集まるという“取り組み全体としての多様性”だけでなく、その人自身の能力や経験の違いによる“個人の多様性”が求められます(図2)」(同)

コミュニケーション技術の発達で、地方など遠方に住むことのハンディキャップが解消し、個人の価値観や行動パターンも変わった。住む場所だけではなく、働く場所や働き方への制約も少なくなり、転職や複業への抵抗感も減ってきている。このように、物理的にも心理的にも自律分散や協調が進めば、個人を起点としたつながりで大きなインパクトを実現させる環境が整っていくだろう。

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